悪役令嬢のはずですが、年上王子が幼い頃から私を甘やかす気でいました

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第5話(前編)「約束したのに、また」

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 殿下と約束した。
 もう二度と、逃げないと。
 あの温かい腕の中で、私は確かに頷いた。
 
 けれど――

「エリーゼ様、今日の舞踏会のドレスですが」
 
 マリアが二着のドレスを持ってくる。
 一着は、深い蒼色。
 殿下の瞳の色。
 もう一着は、上品な銀色。

 私の手が、蒼色のドレスに伸びかける。
 でも――

「銀色の方で」

「……エリーゼ様」

 マリアが困ったような顔をする。

「本当によろしいのですか? 殿下は、きっと蒼色を――」

「大丈夫よ」

 私は笑顔を作った。

「たまには違う色も、いいでしょう?」

 マリアは何も言わなかったが、その表情は明らかに納得していなかった。

 私も――本当は、蒼色が着たい。

 殿下の色が、着たい。

 でも。
 昨日、殿下に抱きしめられて。
 優しい言葉をかけられて。

 私は思ってしまった。
 殿下は、優しすぎる。
 私のために、無理をしているのではないか、と。



 王宮の大広間は、華やかな装飾で彩られていた。
 今夜は、近隣諸国の使節を招いた舞踏会。

 私は殿下の隣に立ち、微笑みを浮かべている。

「エリーゼ」

 殿下が小さく囁く。

「その、ドレス……」

「はい。どうですか?」

 私は裾を軽く持ち上げて、くるりと回ってみせた。

 殿下の表情が、僅かに曇る。

「……綺麗だ」

 その言葉に、嘘はないと思う。

 でも――
 殿下の瞳には、落胆の色が浮かんでいた。

「蒼色ではないのか、と思っただけだ」

「ああ……」

 私は笑顔を繕う。

「たまには、違う色もと思いまして」

「そうか」

 殿下は何も言わなくなった。

 ただ、その手が――私の手を、いつもより強く握っていた。

 音楽が流れ始める。
 舞踏会の開幕だ。

「エリーゼ、踊ろう」

 殿下が手を差し出す。

 私はその手を取り、舞踏室の中央へ。
 周囲の視線が集まる。

 第一王子と、その婚約者。
 誰もが注目する、二人。

 音楽に合わせて、体が動く。

 殿下のリードは完璧で、私はただ身を任せるだけでいい。

「エリーゼ」

「はい?」

「君は、昨日の約束を覚えているか」

 心臓が、どきりと跳ねる。

「もちろん、覚えています」

「なら――」

 殿下の腕に、力が込められる。

「なぜ、また銀色のドレスを選んだ」

「それは……」

「昨日、僕は言ったはずだ。君のままでいい、と」

「はい……」

「なのに、君はまた――自分を押し殺している」

 殿下の声が、低くなる。

「僕の言葉は、君に届いていないのか」

「届いています!」

 思わず、声が大きくなってしまう。

 周囲の視線が、一斉に集まった。
 慌てて声を落とす。

「届いています……でも……」

「でも?」

「殿下は、優しすぎるんです」

 私は殿下の胸元を見つめたまま、呟いた。

「私の我儘を、全部受け入れてくださる。でも、それは……」

「それは?」

「殿下が、無理をしているのではないかって……」

 殿下の動きが、止まった。

 音楽はまだ流れているのに。
 周囲の人々は踊り続けているのに。

 私たちだけ、時が止まったように。

「エリーゼ」

 殿下が私の顎に手を添える。

 顔を上げさせられ、蒼い瞳と目が合う。

「僕は、無理などしていない」

「でも――」

「君の我儘を受け入れるのは、僕の喜びだ」

 真剣な眼差し。

「それを、無理だと思うか?」

「……分かりません」

 正直に答えた。

「殿下がそう言ってくださるのは、嬉しいです。でも、周囲は……」

「また、周囲か」

 殿下の表情が、険しくなる。

「エリーゼ。君が気にしているのは、周囲の目だけか?」

「それは……」

「それとも――」

 殿下が身を屈めて、私の耳元で囁く。

「君は、僕を信じていないのか?」

「……っ!」

 胸が、締め付けられる。

 違う。
 信じていないわけじゃない。

 ただ――怖いだけ。

 殿下の優しさが、いつか尽きてしまうのが。
 あの本の令嬢のように、私も捨てられてしまうのが。

「殿下……私は……」

 言葉を探す。

 でも、何も出てこない。

 殿下はため息をついた。

「今夜は、もういい」

「え……」

「疲れたのだろう。部屋で休むといい」

 殿下が私の手を離す。

 その瞬間、世界が冷たくなった気がした。

「殿下……」

「僕は、ここに残る。使節との挨拶がまだ残っているから」

 殿下は背を向ける。

「先に帰っていてくれ」

「お待ちください!」

 思わず、殿下の袖を掴んだ。

 殿下が振り返る。

 その表情は――とても、悲しそうだった。

「エリーゼ。君が僕を信じてくれるまで、僕は待つ」

「殿下……」

「でも、それがいつになるのか――僕にも、分からない」

 そう言って、殿下は人々の中へ消えていった。

 残された私は、ただその場に立ち尽くすしかなかった。
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