召喚術師はじめました

鈴野あや(鈴野葉桜)

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第一章

番外編(アーテル)後編

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 現地へ辿り着くと、森は悲惨な状態となり果てていた。

 若い木々はなぎ倒され、大地や倒された木々の至る所に争いの跡が残されていた。アーテルからしてみれば見慣れた景色だが、まだ学生であるクリスティーナはそうでもないらしい。まさかこれほどだとは思ってもみなかったのか、顔を引き攣らせていた。優しい者ならば、ここで引き返した方がいいと助言をしたことだろう。しかしアーテルはある一つの目的を達成するためにあえてそれをしなかった。

 人の姿へと戻り、ずんずんと森の奥へ足を進めていく。その後ろをクリスティーナたちがきちんとついてきているか一瞥しながら、魔物たちの元まで己の気配を隠すことなく近づいた。

「ひぃ、こんなの、……無理ですわ!!」

(だろうな)

 五メートルほどの樹木と大熊が盛大に音を立てながら戦う姿を見て、クリスティーナは震えた声で呟いた。

「最初に依頼内容を確認した上でついてきたはずだ。今更無理だっていうのか?」

 厳しいことを言うようだが、間違ったことは言っていない。アーテルが話しかけると、ようやくそこにアーテルがいたことを思い出したのか、そうですわよね、と何かを小さく呟いたあと、先程までの震えが嘘かのように元気な姿をしていた。おそらくアーテルの存在を認識して、アーテルがいれば勝てるとでも思ったのだろう。

 その姿を見ると同時に、元々冷めていた心が一層温度を失っていく。

(お嬢だったら、そんなこと絶対に思わないのにな)

 比べるほどの価値もないが、そんな想いが心に生まれる。ベルだったらアーテルの長所を最大限に生かして、司令塔や攻撃の補助を率先して行うはずだ。どれほど強大な敵でも、頼るだけではなくて、アーテルたちと共に戦ってきた。

 アーテルは深くため息を吐くと、アーテルの腕に抱き着こうとするクリスティーナを躱し、クリスティーナの護衛たちに向かって叫んだ。

「お前ら、こいつの護衛でもしてろ。あの魔物どもは俺がやる」

 ギルドで受ける依頼のほとんどが強敵の討伐だったのもあってか、アーテルの実績を知っているであろう護衛たちは、反抗することもなくクリスティーナの周囲を固めた。元々クリスティーナの護衛として雇われているので、ギルドの依頼よりもクリスティーナの命を優先するのは当たり前ではあるのだが。

 クリスティーナの周囲を固めたことを確認すると、アーテルは大地を蹴って、魔物である樹木と大熊の合間に入った。

 いきなり合間に入ってきた第三者であるアーテルに対し、樹木と大熊は一度は攻撃の手を止めるものの、すぐに攻撃を再開する。もちろん標的はアーテルだ。先にアーテルを潰して、戦いを再開させようという魂胆なのだろう。

 しかしそれを読んでいたアーテルからしてみれば、どうということはない。むしろ狙っていたのだから好都合だ。

 にやりと口角を上げると、両手からそれぞれ網を模した水を出し、二匹の魔物を閉じ込める。水の網から逃げようと樹木は根っこの足を使って走るが、相手は五メートルもある巨体だ。それほど早くはない速度な上に、自由自在に操ることができる水の網は樹木を追いかけ、己の内に閉じ込めた。対して大熊は自慢の爪で水の網を切り裂こうとするが、水の前では無意味だった。何度切り裂こうが水は水。すぐに網が元通りに形成され、簡単に捕まった。

(思ったよりもあっけないな……)

 もう少し強敵だと思っていたが、そうでもなかったようだ。

 魔物となった植物や動物は、もう元の姿へ戻ることができない。だからせめて楽に死なせてあげることがアーテルに出来る唯一のことだった。

 自身の周囲に水の刃を数十個ほど作り上げ、二匹の魔物へ放つ。水の刃に引き裂かれた二匹の魔物は、どしん、と大きな音を立て地面へと倒れ、息を引き取った。

 二匹の魔物が完全に死んだことを確認し、傍に近づいて討伐の証として体の一部を切り取り、持ってきた袋へと入れた。これで依頼は完了となる。

 クリスティーナたちの方へ振り返れば、最初は呆然としていたが、討伐されたことに実感を持つと次第にその表情が歓喜に変わり、アーテルを見る目が尊敬へと変わった。普通の冒険者であれば、自身の力の無さに悔しさを浮かべたりするものなのだが、クリスティーナからそういった反応は一切見受けられなかった。当たり前だろう。今回のクリスティーナの目的は、魔物の討伐ではなく、アーテル自身なのだから。

 ギルドの受付で聞いた話によると、クリスティーナは王都にある学院に通う学生で、契約術師を目指していたが適正がなく、違う専攻へ移ったらしい。それでもどうしても諦められなくて、父親に頼み込んだところ今回のような流れに発展したらしい。

 曰く、九年も眠り続けたままの主を待っているアーテルの心に寄り添えば、クリスティーナと契約をしてくれるかもしれない、と。

 親子の思惑がこうしてアーテルまで伝わってきているのは、ギルドに貼ってあった依頼書が個人指定のはずなのに、ずっと掲示板に貼り続けろという意味不明な指示が出されたからだ。確かにアーテルは個人指定の依頼を引き受けたことはないし、今後引き受ける予定もない。それを知っての、指示ということだ。ギルドはこの依頼書を張り出す際に不信に思って、探りを入れたらしく、その際にこうした内容が発覚したらしい。とはいっても、相手はこの国の公爵。ギルドも下手に逆らうことができず、困り果てていたところに、アーテルが事情を聞いて引き受けたのが一連の流れだ。

 詳細をアーテルが知っていることをクリスティーナは知らず、アーテルに可愛らしく礼を言ってくる。

「アーテル様、ありがとうございました。わたくし、これほどまでに魔物が怖いものだと知らなくて……。足手まといになってましたよね」

 事情を知らなければ、見た目可愛らしい少女が申し訳なさそうに謝っているようにしか見えないだろう。

「構わない」

 最初から期待はしていなかったので、その件に関しては何も思うところはなかった。しかしそんなアーテルの言葉をどう脳内で翻訳したのか、クリスティーナは頬を桃色に染め上げた。

「あの、アーテル様」

「なんだ」

「アーテル様がベル様のことを大事に想っていらっしゃることは、重々承知しております。ですが、ずっと目覚めないのもまた事実。ベル様の代わりとまではいかないかもしれませんが、わたくしを傍に置いてはくれませんでしょうか? アーテル様のことをもっと知りたいのです」

 暗にパートナーになりたいという発言に、にっこりと笑顔を浮かべる。そんなアーテルの表情にさらに勘違いをしたのか、クリスティーナはアーテルに抱き着こうとしてきた。

「アーテル様!! ……え?」

 しかしクリスティーナの足はすぐに止まった。アーテルが水でクリスティーナの体を拘束したからだ。クリスティーナの体を拘束すると同時に護衛が動いたので、彼らの体も邪魔をされないようにしっかりと水で拘束する。

「どうして、こんな!!」

「どうして、だと? 決まってる。俺がお嬢以外とパートナーを組むなんてありえないからだ。お嬢の代わりになる? どこまで自分に自信があるのさ。お嬢の代わりなんてどこにもいない。だから俺がお嬢以外の人とパートナーを組むなんてありえないんだよ」

 笑顔のまま毒を吐けば、クリスティーナの顔はどんどん青くなっていった。

「今回こうして依頼を受けたのも、お前という害ある者をお嬢に近づけないために忠告するするためだ」

 アーテルは笑顔を消し、クリスティーナの首元へ水で出来た刃を一本創り出す。それを見たクリスティーナは体を震わせた。

「お嬢に害なすものは例え、女子供でも容赦はしない。今度その口でお嬢の代わりなるなどと言てみろ。命の保証はしない」

 予めギルドから脅してもいいという許可はもらっていた。ギルドからしてみれば、アーテルは国王よりも立場の高いベルの召喚獣だ。むしろ存分にやってくれとお墨付きをもらっていた。

 アーテルは獣姿になると、クリスティーナたちから水の拘束を解き、水の刃も消失させた。その場で力なく座り込むクリスティーナを一瞥し、アーテルは一人街へと走った。










「ってなことがあったんだよ」

「あー、なるほどね」

 話を聞いたベルは、それはアーテルも怒るわ、と小さく零していた。

「クリスティーナ、さん?」

「は、はいぃ!!」

 クリスティーナは当時のことを思い出してか、それともベルの怒りに触れてしまったと思っているのかがたがたと体を震わせていた。自身が代わりになろうとしていたベル本人や、ロセウスやアルブスという二人の召喚獣も目の前にいるのだ。恐怖はあの時の比ではないはずだ。

「別にそこまで怯えなくても……まあ、いいや。私の召喚獣たちはもちろんだけど、他の契約獣たちだってそう。クリスティーナさんが思っているよりも、お互いが大切で切れない絆を持っている。だから代わりになるだなんて、そんな発言はしちゃだめだよ」

 けれどベルは頭ごなしに怒りを顕わにする性格ではない。アーテルからしてみればそれでも全然かまわない、むしろ嬉しいのだが、それはアーテルの知るベルではない。だからこそ、アーテルは別の手を打つことにした。

 アーテルはその場で獣の姿へと変えると、ベルへ頭を擦りつけた。

「ん? どうしたの、アーテ」

「いや、別に? ただ俺がこうしたかっただけ」

 ベルがアーテルたちの毛並みが大好きなことは知っている。だからこそ、こうやっていきなり獣の姿へ変わっても、驚きはしても拒みはしない。むしろ嬉しそうに顎や耳を撫でてくれる。クリスティーナへと視線を向ければ、その口元が微かに動いていた。

 ――完敗ですわ、と。

 むしろ最初から勝率はゼロパーセントだったのだが、と心の中で呟きながらも、その気持ちよさに目を細めた。
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