余命七日の治癒魔法師

鈴野あや(鈴野葉桜)

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第二十七話

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 まるで分厚い風船が割れたかのような音が耳に届く。そして数秒後には赤い雨が森全体に降り注いだ。

「想像以上だわ……」

 エマの想像では、雨水によって肥大した剣で攻撃し、絶命させるところまでだった。ウィルフレッドは、完全に絶命させるために心臓を刺しつつも、体内から全てを破壊したのだろう。さすがという言葉しか頭に浮かんでこない。

 『オムニア』を使用した治癒魔法は、血の雨を皮切りに静かに消えていった。騎士たちの治癒が完了したという印でもある。まだエマの中には魔力過多症によって増大してしまった魔力が有り余っている。しかしこれ以上使うあてもないので、己の治癒魔法に使用する魔力を増やすしかない。体に負担がかかるが、魔力過多症で苦しむよりはずっとましだ。

 膨れ上がった魔力で自身を傷つけ、癒す。生きながらえるためにずっと行ってきた行為。痛みをなるべく感じたくないがために、治癒魔法を研究したりもした。だから魔力量が増えても大丈夫だとどこかで過信する自分がいた。

 もう騎士たちに治癒魔法を使わなくていいのだと、赤い雨が証明をしている。エマは増えた魔力をどうにかするために、自身にかけている治癒魔法をさらに強めた。

「お嬢様、大丈夫ですか? 苦しくはありませんか?」

 討伐が終わり、すぐさま駆け寄ってきたウィリアムはエマの体調を心配そうに確認してきた。

 魔物が討伐されたおかげで、魔力の増幅は終わった。今ある魔力をどうにかして扱えば魔力過多症で苦しむことはないはずだ。けれどいきなり体へかけている治癒魔法を増やしたため、負担がかかるのも確かだ。だからある程度の痛みは覚悟していた。

(でもこれくらいなら問題ないわ)

 想定内の痛みだったこともあり、問題ないと判断する。

「ええ、だいじょ……っぁ!!」

 しかし、大丈夫とウィリアムに告げようとしたその時だった。

「お嬢様っ!?」

 赤い雨がようやく止み、透明な雨のみが降り続く中、ベルは込み上げてくるものに耐えきれず吐き出してしまった。吐いた後は立っていることすらままならず、体が傾いていく。それを近くにいたウィリアムが咄嗟に抱きかかえてくれたが、まるで神経が無くなってしまったかのように、抱きかかえられている感覚が全くない。先程まで鬱陶しく感じていた肌に落ちる雨粒すらも感じられなくなってしまった。

 ウィリアムが、そして遠くにいたアネットやウィルフレッドが駆け寄ってくる。

 必死にエマへ声をかけている顔がぼんやりと映るくらいで、耳鳴りが酷く何を言っているのか聞こえなかった。ウィリアムに抱えられながら、治癒魔法でかろうじて保っている意識の中考える。どうしてこうなってしまったのかと。そうして行きついた先は、魔物を倒したことしかなかった。

(もしかして、魔力過多症の者が魔物を倒したら、魔力がさらに膨れが上がるってこと?)

 一度は止まった魔力の増幅。これで魔力の増幅は終わったのだと油断していた。

 しかし止まったのはほんの一瞬。実際には急激に膨れ上がる嵐の前の静けさだったのだろう。

 魔物に近づけば魔力が増える。

 魔物を倒せば魔力が急激に膨れ上がる。

 得体の知れない体に恐怖で震えあがる。

 もし魔物もエマと似たような症状で魔力を膨らませていたとしたら。同時に知りたくもない魔物の生態まで知ってしまう。

(だから強い魔物は数十年単位でしか出てこないってこと? そんなの知りたくなかったわ……)

 いつか魔物のように我を忘れてしまうことが怖くなった。だから治癒魔法で意識を保った状態をどうにか維持し続けた。

 状況説明と、念のための治癒魔法担当として残ったアネットとその護衛騎士を置いて、森の中を走るウィリアムに抱きかかえられながら辿り着いたのは、魔法師団員によって描かれた魔法陣。行きと一緒で、皆と共に歩いてくぐるものだとばかり思っていた。

 魔法陣をくぐった先は、もちろん王城の鍛錬場だ。森とは違い、雨雲はなく太陽が輝いていた。本来ではあれば列をなして帰還するはずが、ウィルフレッドとエマを抱えたウィリアムだけが魔法陣より帰還したので、魔法師団員が何事かと駆け寄ってきて、ウィルフレッドと二、三言喋ったあと、すぐにどこかへ消えてしまった。

 しばらくして王城の医務室から複数の医師と一つの担架が運ばれてきた。まるで壊れ物を扱うように担架に乗せられ、王城の中へと運ばれた。最初はこのまま家に連れてかれるのだと思っていた。しかし王城に在中している医師たちに、今動かすのは危険だと判断されたらしい。

 客間の中でも一等立派な部屋に運ばれ、使用人たちによって汚れた体を真綿を触るような丁寧な手つきで拭われる。

 エマが王城で貸し与えられている一室にあるベッドよりも上等なベッドで寝かせられているにも関わらず、まるでその感覚がなかった。

 時間の感覚も薄く、あれからどれだけ経ったのかもわからない。自身にかけた治癒魔法がようやく効いてきたのか、ぼやけた視界が少しだけくっきりとしてきた。耳鳴りはまだしているが、人の声を拾うまでは回復してきている。しかし様子を窺うために治癒魔法の大半をそちらに注ぎこんだため、体の回復にはまだまだかかりそうだった。というより、魔力が多すぎて回復に手が回らないのが現状で、治るのかどうかも定かではない。現に最低限の生命維持と視力、そして聴力の回復だけで手一杯だった。

 回復した瞳で部屋の中を確認すると、かなりの人数が部屋に出入りしているのが見受けられた。医師たちが懸命にエマを治療しようと動いているが、エマは魔力過多症を克服した唯一の病人。エマが回復した経緯は公表しているが、それはエマが頑張った証でもある。外部からの手助けを必要としない克服の仕方では、参考にならなかった。

 この部屋にエマが運び込まれてから、ウィリアムたちの姿は一切見かけていない。

 どうしていないのか、と問おうにも唇は思うように動いてはくれなかった。

 今エマが自由に出来るのは、瞳と耳の二つだけ。不自由ではあるが、仕方がない。状況を少しでも把握しようと、医師や使用人たちの動きを追っていると、廊下の方から慌ただしい声と足音が聞こえてきた。その足音の主は、エマのいる部屋まで来ると、遠慮なく部屋へ足を踏み入れた。

「エマ……!!」

 エマの名前を呼びながら、入ってきたのは金髪と翡翠の瞳を持つ男性だった。
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