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第三十八話
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鍛錬場に来て二時間ほどが経った頃、鍛錬場の入り口辺りがやけに賑やかなことに気がついた。ふと顔を上げてみると、そこには部屋で見た時と同じ格好をしたレオナルドがいた。レオナルドはきょろきょろと鍛錬場を見まわし、エマを見つけると嬉しそうに駆け寄ってきた。
「エマ、仕事を終わらせて約束通りやってきたよ。……といっても、午前の分だけで、この休みが取れるのが午後の仕事が始まる時間までなんだけどね」
治癒魔法師としての仕事は、初日ということもあって午前中のみ。今日の午後は王太子妃になるための勉強を行うはずだった。だからてっきり間に合わないとばかり思っていた。後ろに引き連れている側近たちに視線を向ければ、誰もが縦に頭を振っていた。本人の言う通り仕事は完璧にこなしてきたようだ。
「それでもすごいわよ、お疲れ様。側近の方々もご苦労様です」
手放しで褒めれば、レオナルドはさらに笑みを深めた。
「エマの方は順調?」
「ええ。魔物討伐の時のように小さい傷まで全て治すわけではないから、問題なくやっているわ。むしろ治癒魔法として魔力が放出できるから、体調も朝よりもいいのよ」
「ああ、本当だ。顔色は良いみたいだね」
レオナルドはエマの頬を触り、頷く。完全に制御できるようになってはいても、やはり体への負担が大きいことに変わりはない。最近ではエマよりもエマの体調に詳しくなってきているレオナルドが言うのだから、顔色が良くなっているのも間違いないだろう。
「あと一時間ほどで午前の仕事が終わるから、それまで待っていてくれる? もし時間があるのなら、一緒に昼食なんてどうかしら?」
「もちろん大丈夫だよ。むしろエマの仕事を見にきたんだから、僕の方がここに居させて欲しいくらいなんだから。それに昼食も僕の方から昼食を誘おうと思ってたんだ。王城の料理人に外で食べられる軽食を幾つか作ってもらったから、エマのお気に入りの庭で食べない?」
「あそこの庭で食べてもいいの? とても嬉しいわ」
エマのお気に入りの庭とは、王族しか立ち入ることのできない特別な庭のことだ。王太子妃になることが正式に決まり、療養も兼ねて何度かレオナルドに連れていってもらったことがあるのだが、それはとても美しい庭だった。季節に合わせて色とりどりの花が咲き誇り、見ているだけでも癒される上に、近くに寄れば柔らかな花の匂いがエマを楽しませてくれるのだ。
「もちろんだよ。母上や父上もあの庭でたまに昼食をとっているんだ。今日はその権利を譲ってもらったから、よかったら」
「ありがとう、レオ。とても楽しみにしているわ」
残り一時間の仕事も、おかげでさらに気合が入るというものだ。
しかし怪我を治療しにエマの元を訪ねてきたら、王太子であるレオナルドが真横にいるというシチュエーションは、かなり緊張するものなのだとウィリアムにこっそり教えてもらうことでようやく気付いた。言われてからさりげなく騎士たちの様子を窺ってみると確かにいつもより一歩引いた感じが否めない。
それをレオナルドに伝えると、レオナルドは一考したのち、次に治癒魔法を受けにきた騎士に率先して話しかけていた。最初は騎士の方も王太子から直接話しかけられるという事態に驚いていたが、レオナルドは話し上手な上に聞き上手でもある。だからなのか、治癒魔法が終わる頃にはすっかり騎士の緊張も解け、レオナルドと話せたことによりテンションが高まっていた。
「エマの仕事を見たくて来たけれど、こうやって直接騎士たちの話を聞けるのもいいもんだね。おかげで今のリアム国に何が足りないのか、そしていかに素晴らしい人材が揃っている騎士団なのかとかが分かっていいよ。これもエマが誘ってくれたおかげだね、ありがとうエマ」
気を遣わせてしまって謝ろうとしたのに、逆に礼を言われてしまった。しかしこの場をプラスに捉えて国のために行動にすぐ移るレオナルドに改めて尊敬をし、惚れ直してしまう。薄っすらと頬を染めて、レオナルドを見つめていると、レオナルドが不意に視線を逸らしてきた。何かやってしまったのかと、レオナルドの名前を呼ぶと、レオナルドは視線を逸らしたままぽつりと呟いた。
「そうやって見つめられるとキスしたくなりそうで困る……」
「っ、……レオ!!」
もちろん婚約者同士なのだから、キスは何度かしたことがある。けれど両片想い歴が長すぎたのか、こうして互いに惚れ直してしまったりすることが多々あった。基本的に周囲からはその度に温かい目で見られるのだが、エマと基本的に一緒に行動しているウィリアムからは若干呆れられている雰囲気が醸し出されていた。それは今も同じで、ウィリアムからごほんとわざとらしい咳が聞こえる。
ウィリアムの咳払いをレオナルドは気にもしないが、我に戻ってしまうエマはどうしてもその度に恥ずかしさを感じてしまう。人前でいちゃつく、ということを今までしたことがなかったため尚更だ。
そんなこんなで半年振りの治癒魔法師としての仕事を終え、騎士たちと軽く会話を交わした後、レオナルドと王族のみしか入れない庭へと向かった。
「エマ、仕事を終わらせて約束通りやってきたよ。……といっても、午前の分だけで、この休みが取れるのが午後の仕事が始まる時間までなんだけどね」
治癒魔法師としての仕事は、初日ということもあって午前中のみ。今日の午後は王太子妃になるための勉強を行うはずだった。だからてっきり間に合わないとばかり思っていた。後ろに引き連れている側近たちに視線を向ければ、誰もが縦に頭を振っていた。本人の言う通り仕事は完璧にこなしてきたようだ。
「それでもすごいわよ、お疲れ様。側近の方々もご苦労様です」
手放しで褒めれば、レオナルドはさらに笑みを深めた。
「エマの方は順調?」
「ええ。魔物討伐の時のように小さい傷まで全て治すわけではないから、問題なくやっているわ。むしろ治癒魔法として魔力が放出できるから、体調も朝よりもいいのよ」
「ああ、本当だ。顔色は良いみたいだね」
レオナルドはエマの頬を触り、頷く。完全に制御できるようになってはいても、やはり体への負担が大きいことに変わりはない。最近ではエマよりもエマの体調に詳しくなってきているレオナルドが言うのだから、顔色が良くなっているのも間違いないだろう。
「あと一時間ほどで午前の仕事が終わるから、それまで待っていてくれる? もし時間があるのなら、一緒に昼食なんてどうかしら?」
「もちろん大丈夫だよ。むしろエマの仕事を見にきたんだから、僕の方がここに居させて欲しいくらいなんだから。それに昼食も僕の方から昼食を誘おうと思ってたんだ。王城の料理人に外で食べられる軽食を幾つか作ってもらったから、エマのお気に入りの庭で食べない?」
「あそこの庭で食べてもいいの? とても嬉しいわ」
エマのお気に入りの庭とは、王族しか立ち入ることのできない特別な庭のことだ。王太子妃になることが正式に決まり、療養も兼ねて何度かレオナルドに連れていってもらったことがあるのだが、それはとても美しい庭だった。季節に合わせて色とりどりの花が咲き誇り、見ているだけでも癒される上に、近くに寄れば柔らかな花の匂いがエマを楽しませてくれるのだ。
「もちろんだよ。母上や父上もあの庭でたまに昼食をとっているんだ。今日はその権利を譲ってもらったから、よかったら」
「ありがとう、レオ。とても楽しみにしているわ」
残り一時間の仕事も、おかげでさらに気合が入るというものだ。
しかし怪我を治療しにエマの元を訪ねてきたら、王太子であるレオナルドが真横にいるというシチュエーションは、かなり緊張するものなのだとウィリアムにこっそり教えてもらうことでようやく気付いた。言われてからさりげなく騎士たちの様子を窺ってみると確かにいつもより一歩引いた感じが否めない。
それをレオナルドに伝えると、レオナルドは一考したのち、次に治癒魔法を受けにきた騎士に率先して話しかけていた。最初は騎士の方も王太子から直接話しかけられるという事態に驚いていたが、レオナルドは話し上手な上に聞き上手でもある。だからなのか、治癒魔法が終わる頃にはすっかり騎士の緊張も解け、レオナルドと話せたことによりテンションが高まっていた。
「エマの仕事を見たくて来たけれど、こうやって直接騎士たちの話を聞けるのもいいもんだね。おかげで今のリアム国に何が足りないのか、そしていかに素晴らしい人材が揃っている騎士団なのかとかが分かっていいよ。これもエマが誘ってくれたおかげだね、ありがとうエマ」
気を遣わせてしまって謝ろうとしたのに、逆に礼を言われてしまった。しかしこの場をプラスに捉えて国のために行動にすぐ移るレオナルドに改めて尊敬をし、惚れ直してしまう。薄っすらと頬を染めて、レオナルドを見つめていると、レオナルドが不意に視線を逸らしてきた。何かやってしまったのかと、レオナルドの名前を呼ぶと、レオナルドは視線を逸らしたままぽつりと呟いた。
「そうやって見つめられるとキスしたくなりそうで困る……」
「っ、……レオ!!」
もちろん婚約者同士なのだから、キスは何度かしたことがある。けれど両片想い歴が長すぎたのか、こうして互いに惚れ直してしまったりすることが多々あった。基本的に周囲からはその度に温かい目で見られるのだが、エマと基本的に一緒に行動しているウィリアムからは若干呆れられている雰囲気が醸し出されていた。それは今も同じで、ウィリアムからごほんとわざとらしい咳が聞こえる。
ウィリアムの咳払いをレオナルドは気にもしないが、我に戻ってしまうエマはどうしてもその度に恥ずかしさを感じてしまう。人前でいちゃつく、ということを今までしたことがなかったため尚更だ。
そんなこんなで半年振りの治癒魔法師としての仕事を終え、騎士たちと軽く会話を交わした後、レオナルドと王族のみしか入れない庭へと向かった。
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