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事例1 九十九人殺しと孤高の殺人蜂【事件篇】

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 電話の相手は、それこそ雲の上の人……。数奇たる運命じみたものが重ならなければ、まず倉科が関与することはなかった人物だった。それこそ、この人物との奇妙な縁さえなければ、0.5係などという役割を背負わされることもなかっただろうに。

「お久しぶりです。三田法務大臣――。大臣様が、こんな地方の所轄の警部に何のご用でしょうか?」

 倉科は皮肉を込めて言ってやった。光栄で特別な役割をあてがってくれた張本人だ。そりゃ、皮肉のひとつも言いたくなる。役割を押し付けるだけ押し付けておいて、後は丸投げというやり方も、正直なところ面白くなかった。

「おいおい、倉科君。私と君の仲じゃないか。そんな他人行儀な呼び方はよしてくれよ」

 皮肉を皮肉として受け取っていないというか、受け流し方が上手いというか――。なんにせよ、人の上に立つ人間には、鉄の心臓と神経の図太さが必要とされるのであろう。

 そんな法務大臣と倉科との付き合いは、それこそ数十年になる。もっと具体的に言ってしまえば、幼い頃からの付き合いだった。なんせ、法務大臣は倉科の叔父おじにあたるのだから。もちろん、このことは誰にも話していないし、わざわざ話すことでもない。法務大臣のほうだって、おいに刑事がいるなんてことは誰にも話していないだろう。

 つまり、倉科が国の尻拭き――お上のお偉いさんが提言した、馬鹿げたことに荷担させられることになったのも、法務大臣の甥であるという理由があるからなのだ。連続殺人鬼を警察組織に組み込むという狂気じみた考えを押し付けるには、きっと倉科のような近親者のほうが都合が良かったに違いない。甥っ子が刑事になっていると知って、きっと法務大臣も小踊りをしたことであろう。そんな法務大臣はかなりの高齢になるが、呼ばれても葬儀には絶対出ないと倉科は決めていた。国の都合に合わせて、実験的に0.5係を任される身にもなって欲しいものだ。

「叔父さん――。悪いけど今は忙しいんだ。用があるなら手短に頼むよ」

 周りに人はいないのであるが、なんだか小声になってしまう倉科。まぁ、倉科個人の電話に法務大臣が電話をかけてきていると言ったところで、誰も信じはしないだろうが。

「あぁ、ちょっと小耳に挟んだのだけど、五人目の犠牲者が出たそうだね。検察ならまだしも、警察のことにそこまで私が首を突っ込むような真似はしたくないのだが、ほら今回の事件は九十九人殺しも関与しているだろう? 他のお偉さんの手前上、見過ごすこともできない案件でね」
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