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事例3 正面突破の解放軍【解決篇】

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 普段、終業のチャイムとして流れているのが【別れのワルツ】であるわけだが、今日に限って原曲が同じながら拍子の異なる【蛍の光】が流れた。つまり、ぱっと聞いただけでは分からないが、全く別の曲が流れていたことになる。

「中嶋さん。確か、刑務官の詰め所にチャイムを制御する装置が置いてあるんでしたよね? それで、その仕様が少しばかり面倒だという話を聞いたことがあります」

 このアンダープリズンのチャイムを制御する装置は、意外なことに刑務官の詰め所にあり、実に使い勝手の悪い仕様となっている――とは、事件が起きる遥か前に、なんらかの拍子で中嶋から聞いた話だった。世間話の中で飛び出たような話だったが、しかしどんな話が役に立つのか分からないものだ。

「えぇ、面倒ですねぇ。どうして、あんな使い勝手の悪い仕様のものを導入したのか――」

 中嶋はそう呟くと小さく溜め息を落とした。なんでもかんでも中途半端なアンダープリズンは、チャイムの装置でさえ中途半端な仕様のものを置きたがる。しかしながら、そのような傾向は悪いことばかりではないのかもしれない。

「それはともかく、チャイムの差し替えを事前に行うことは誰にでも可能だったわけですよね?」

 自分で振っておきながら、あえて面倒な仕様のことには触れない。今はまだ触れるべき段階ではなく、流羽の疑いを晴らしてやるのが最優先だ。何よりも、このチャイムのくだりというのは、犯人にとって決定的な致命傷になり得る。切り出すタイミングをしっかりと見極める必要があるだろう。今はまだその時ではない。

「えぇ、可能でしょうねぇ。それに、実際に【別れのワルツ】が【蛍の光】に変わっていたんです。差し替えられたとしか考えられませんね」

 中嶋の言葉を受けて頷くと、改めて一同を見回す縁。ここまでの話で、流羽がレジスタンスリーダーではない根拠が出ているわけだが、みんな気付いているのだろうか。特に尾崎辺りは気付けそうなのであるが。

「それで、チャイムが差し替えられていたことと、今回の事件とでは、どんな関係があるっすか?」

 少しでも期待していたのであるが、どうやら尾崎は気付かないらしい。それこそ、今日のお昼――この食堂で【別れのワルツ】と【蛍の光】の雑学を、流羽が披露したのを聞いていただろうに。

「関係大ありです。尾崎さん、チャイムが【別れのワルツ】から【蛍の光】に差し替えられていた。これ、どうしてだと思いますか?」
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