上 下
439 / 581
幕間【第三節】

幕間【第三節】1

しおりを挟む
 顔がない。どこを見渡しても、通り過ぎゆく人の顔を見ても、そこには肌色の平面があるだけで、やはりのっぺらぼうだった。いつから人の顔が見えなくなっただろうか――。そんなことを一瞬だけ考えたが、次の瞬間にはどうでも良くなっていた。

 どうやら縁はさっさと諦めてしまったようだ。もしかして、あらゆる意味で、縁は諦めているのかもしれない。本人に直接問い質したことはないのだが、しかし長い付き合いだ。こちらはあちらのことを良く知っているし、あちらはこちらのことを良く知っている。たまにだが、何を考えているのか直感的に分かることだってある。まぁ、何にせよこれで邪魔は入らなくなった。

 家を出るついでに、あらかじめ玄関先に用意していたショルダーポシェット。自分の肩からぶら下がるそれに視線を落とすと、彼女は笑みを浮かべた。お気に入りの白いワンピースに、肩からはショルダーポシェット。実に小洒落た組み合わせではないか。

 のっぺらぼう達は、自分とすれ違う時に、その平面で何もない顔を必ずこちらに向けてくる。一体、何がそんなに興味を引くのだろう。自分はただただ、普通の格好をして街に出てきただけだというのに。

 ――どれくらい歩いただろうか。きっと、足がくたくたになるくらいだから、それなりの距離を歩いたに違いない。ふと顔を上げると、そこには大きな建物があった。警察病院だ。

 警察病院の外壁は、数千――いや数万のゴキブリで覆い尽くされていた。カサ、カサ、カサ、カサ――こちらまで、あの嫌な音が聞こえてきそうである。その光景に少しばかり躊躇ためらったが、しかし思い切って病院のほうへと向かった。

 この時間帯だから、当然のように正面玄関は閉じられている。ゴキブリがうごめく外壁に視線をやらないようにして、彼女は裏口のほうへと向かった。緊急搬送口のある裏口ならば、警備室の前を介して中に入ることができるだろう。

 裏口に向かいながら、ポシェットを開けた。そして――中からアイスピックを取り出した。ぽとり、ぽとりと外壁からゴキブリが剥がれ、思わず踏んでしまった。しかし、恐る恐る足を上げてみると、そこにゴキブリがいた痕跡などない。確かに踏みつけた感触まであったのにだ。

 気を取り直して裏口へと向かう。アイスピック片手に裏口から中へ――。しょせん、警察病院といえども、夜間は警備員に頼るところが多い。もちろん、監視カメラだとか、その辺りのものは充実しているであろうが、病院に入り込むだけならば、そこまで面倒ではない。警備員さえ黙らせてしまえばいいのだから。
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

くすぐりジャック

ミステリー / 連載中 24h.ポイント:724pt お気に入り:27

鈴という名の難解

ミステリー / 連載中 24h.ポイント:540pt お気に入り:0

守銭奴探偵アズマ 邂逅編

ミステリー / 連載中 24h.ポイント:285pt お気に入り:0

処理中です...