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事例4 人殺しの人殺し【解決篇】

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「あの……自分、そんなに頭が良くないもんで、もう少し分かりやすく噛み砕いて欲しいっす」

 神谷の言葉が理解できないのは、頭が良いとか悪いとかではなく、山本縁の同僚として、それを受け入れるキャパシティがないからだ。きっと倉科が同じように説明されたところで、何度か話を聞かねば理解できないであろう。

「もっと単純に説明するのであれば、彼女は二重人格なんです。しかも、ここが奇妙なところなのですが、お姉さんのほうには自分が彼女の中にいる副人格であるという自覚があるんです。ただし、妹さん自身は、自分が二重人格であるという自覚もなければ、自分の中にいるお姉さんの人格が、実在する別人であると思い込んでいるんです」

 神谷は単純化して話してくれたが、正直なところ「なるほど。さっぱり分からん」である。

「縁自身は自分が二重人格だということも知らないし、もう一人の人格をお姉さんだと思っているってことっすか?」

 神谷の言葉をかいつまんで、おうむ返しをする尾崎。出されたお茶に口をつけないと失礼かなと思いつつお茶を一口。

「えぇ、症例は様々なのですが、二重人格というのは、片方の人格が表に出ている場合、もう片方の人格は眠っているような状態になることがほとんどです。それゆえに記憶の欠落というものが起きる。でも、彼女達に関してはそれがないのです。これはあくまでも推論にすぎません。それを前提に聞いて下さい」

 神谷はそこで一息を置くと、用意された茶菓子の中から銀色の包み紙を手に取った。開けてみると中身はチョコレートだ。それを頬張ると小さく溜め息を漏らす。尾崎もつられるように茶菓子に手を伸ばし、金色の包み紙を手に取る。チョコレートだと思った開けたそれはハッカ飴だった。なぜ茶菓子にハッカ飴なのか――開けてしまった手前、仕方なくそれを口の中に放り込む。

「共通意識というわけではないのですが、彼女の場合は二人の人格の境目……ニュートラルのような状態になることがあるみたいなんですよ。お姉さんでも妹さんでもない中間の状態です。恐らく自身がリラックスした際や、逆にパニックを起こすなどの感情の起伏が激しくなった時に生じるのでしょうが、この状態になった時に互いに互いの記憶を補完し合っているみたいなんです。恐らく二人が会話を交わすのも、このニュートラルの状態になっている時だと思われます」

 心の病というものは、存在するのは確かであるが目には見えない。ゆえに、推測と憶測ばかりになってしまうのであろう。精神科医というのも、決して楽ではないのだろう。
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