お悔やみ様は悪鬼に祟る

鬼霧宗作

文字の大きさ
上 下
166 / 191
最終章 お悔やみ様と僕らの絆

第二十一話

しおりを挟む
 梢はさっそく行動へと移した。実質上の徹夜となってしまい、半ば限界を迎えていた職員室を、買い出しという理由をつけて抜け出した。葛西の父親達からの差し入れはあったものの、まだ職員室に詰めるのであれば、食べ物と飲み物くらい買っておいて損はない――。そう提案した梢は、きっと他の教師からすれば気が利くとでも思われたことだろう。本当の目的はそこにないにもかかわらず。

 職員室を後にすると、その足で三年一組の教室へと向かう。資材を保管している棚の中にあったA4サイズのコピー用紙を手に取り、これまた棚の中に転がっていたマジックペンを手に取る。教壇を机の代わりにして、そこへと文字を書き殴った。

 ――お悔やみ申し上げます。

 メールだけではなく、もっと物理的で現実的なメッセージを残してやるのだ。きっと月曜日の朝は騒然とすることであろうが、騒ぎは大きければ大きいほど良い。それらが周囲に拡散し、そして三年一組の人間の中で、お悔やみ様の存在がさらに大きなものとなる。こんなことを思いついてしまったのは、娘を失ってしまった喪失感に加えて、徹夜をしたおかけで、妙に気分が高揚していたからなのかもしれない。

 物騒な文言を書き殴ったA4用紙を片手にコンビニへと向かうと、それをコピー機に突っ込んで何枚かコピーした。先生方の朝ご飯やらコーヒーやらとは会計を別にして、接着剤を購入した。

 急いで学校へと戻ると、三年一組の教室へと向かった。野球部員とマネージャーをしていた生徒の机に、コピーしたメッセージを貼り付けた。心のどこかが痛んだような気がしたが、それでも梢は淡々と作業を進めた。

 ――これで、三年一組の人間はお悔やみ様の存在を信じざるを得なくなる。その存在は噂となって肥大化し、周囲へと飛び火をすることになるだろう。娘を失ってしまった母親の想いを代弁するかのごとく、学校の枠を越えて拡散される。

 なに食わぬ顔で職員室へと戻ると同時に、梢は教師という立場に戻った。この辺りの住み分けは、自分でも自覚できるほどに上手かった。

 少し早い朝食をとり、今後の対応についての話し合いが再開されたが、その間にも続々と生徒達の訃報が飛び込んできた。当たり前のことだが、あれだけの事故で助かる人間はいない。野球部の顧問であり、そして梢の同僚であった教師も助からなかった。職員室には、ただただ重苦しい空気が漂っていた。
しおりを挟む

処理中です...