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#1 毒殺における最低限の憶測【エピローグ】

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 復讐そのものを拒むことはしなかった。このクラスには――それなりの恨みがある。特に本田辺りには強い恨みがあった。それに、見て見ぬ振りをしていたクラスメイトのことだってムカつく。なんだかんだで、状況を受け入れている自分がいた。ただ、彼女だけは……トモちゃんに毒が当たってしまうことは避けたかった。

 その発想は、実のところ姫乙の提案を聞いた時点で頭の中にあった。姫乙はお茶の中にでも毒を混入させたらどうかと提案してきたが、しかしそこで飲み物を牛乳へと変更した。トモちゃんは小さい頃から乳製品を口にできない。口にした途端にアレルギー症状が出てしまうほど乳製品に弱い体である。だから、配布される飲み物をお茶から牛乳に変えるだけで、彼女を守ることができるのだ。万が一にも彼女の手元に毒入りの牛乳が渡っても、乳製品アレルギーだから絶対に口をつけたりはしない。

 毒入りの牛乳を用意して貰い、トモちゃんを除くクラスの誰かが配るように姫乙が持って行く。これで事件が起きた後、疑われるのは必然的に配った本人ということになるだろう。兵隊の格好であることを最大限に利用し、郷野本人は容疑から外れるという算段だ。姫乙の提案にやや変更点を加えただけであるし、言わば郷野は計画に加担しただけのような形になるが、これで復讐を果たせるのであれば安いものだ。

 ――どうして自分がいじめられなければならないのか。殴られるたび、嘲笑ちょうしょうされるたび、馬鹿にされるたびに思った。何もしていないのだ。クラスで特に目立ったわけでもなく、ごくごく普通に振る舞ってきた。その辺りのことはトモちゃんも疑問だったらしい。それとなく周囲のクラスメイトに聞いてくれたみたいだけど、誰一人として郷野がいじめられている理由を知る者はいなかったそうだ。

 学校というものは、ひとクラスごとに1人の生贄いけにえを選び、その生贄をいたぶらねばならないというルールでもあるのだろうか。クラス全員が仲良くしてはいけないというルールでもあるのだろうか。

 現代のいじめは理由があるからいじめが発生するのではなく、無理矢理に理由を作り出して発生させているものである。ゆえに、誰がターゲットになってもおかしくないし、ターゲットにされた人間は、たまたま運が悪かったとしか言いようがない。むろん、それなりに理由のあるいじめだってあるのだろうが、郷野の場合は違った。たまたま運が悪かったという理由だけで、不登校になるまで追い詰めるられるなんて理不尽だ。
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