141 / 203
第五章 時を越えた禁忌【過去 高田富臣】
2
しおりを挟む
手を洗いたい。手を洗いたい。手を洗いたい。今はとにかく、泥と血にまみれてしまった手を洗ってしまいたかった。そのことに執着する時点で、自分のどこかがおかしくなってしまっていると、高田は気づけずにいた。
人が死ぬ。その事実は、現実からはかなり遠い場所にある。親族の死でさえ滅多に遭遇することはないから、そもそも死んだ人間を自分の目で見るという機会はかなり少ないと思う。しかも、棺桶に入った綺麗な状態ではない。頭を裂かれ、血まみれになった人の死体を見るのは、かなりショッキングだった。それが知っている人間ならば尚更だ。
ふと、足元に小さなせせらぎができていることに気づいた。川になろうとしたが、しかしなりきれなかったようなそれは、森の奥から外まで続いているようだった。今の高田にとって、これほどありがたいものはない。
高田は流れを堰き止めるようにして、両手をせせらぎへと突っ込んだ。水の温度はかなり低い。流れの中に泥と血が流れ出していく。これでようやく両手を綺麗にすることができるだろう。しばらすると、堰き止めた流れを解放する。一気に流れ出したそれを利用して、両手を擦り合わせた。一度だけでは完全に綺麗になるとまではいかなかった。またしても、流れを堰き止めて水を溜めると、しばらくしてから解放。その勢いを利用して手を洗うという行為を繰り返した。いつしか、その行為をすること自体に夢中になっている自分がいた。
どれくらいそうしていただろうか。ふと、喉が渇いていたことを思い出した。両手を綺麗にすることができたから、別のことへと思考が回る余裕が出てきたのであろう。それでも、本能的な喉の渇きを差し置いて、延々と手を洗っていたのは異常であるが。
手で水をすくって、それを喉の奥へと流し込む。直接せせらぎに口をつけるのは、少しばかりはばかられた。とても冷たい水が喉元を通り過ぎ、渇きで張り付いていた喉が水気を帯びる。浄水されているわけではないから、後で腹を壊してしまうかもしれない。しかし、脱水症状に陥るのも嫌だった。背に腹は変えられないだろう――なんて、少しばかり冷静な考え方をしたのは、たらふく水を飲んだ後のことだった。少しずつではあるが、正常な思考が戻りつつあるらしい。
「――これからどうするか」
それは自身に対する問いかけだった。随分と森の奥まで来てしまった。それに、この森の中には――由美香を殺した化け物がうろついている。
人が死ぬ。その事実は、現実からはかなり遠い場所にある。親族の死でさえ滅多に遭遇することはないから、そもそも死んだ人間を自分の目で見るという機会はかなり少ないと思う。しかも、棺桶に入った綺麗な状態ではない。頭を裂かれ、血まみれになった人の死体を見るのは、かなりショッキングだった。それが知っている人間ならば尚更だ。
ふと、足元に小さなせせらぎができていることに気づいた。川になろうとしたが、しかしなりきれなかったようなそれは、森の奥から外まで続いているようだった。今の高田にとって、これほどありがたいものはない。
高田は流れを堰き止めるようにして、両手をせせらぎへと突っ込んだ。水の温度はかなり低い。流れの中に泥と血が流れ出していく。これでようやく両手を綺麗にすることができるだろう。しばらすると、堰き止めた流れを解放する。一気に流れ出したそれを利用して、両手を擦り合わせた。一度だけでは完全に綺麗になるとまではいかなかった。またしても、流れを堰き止めて水を溜めると、しばらくしてから解放。その勢いを利用して手を洗うという行為を繰り返した。いつしか、その行為をすること自体に夢中になっている自分がいた。
どれくらいそうしていただろうか。ふと、喉が渇いていたことを思い出した。両手を綺麗にすることができたから、別のことへと思考が回る余裕が出てきたのであろう。それでも、本能的な喉の渇きを差し置いて、延々と手を洗っていたのは異常であるが。
手で水をすくって、それを喉の奥へと流し込む。直接せせらぎに口をつけるのは、少しばかりはばかられた。とても冷たい水が喉元を通り過ぎ、渇きで張り付いていた喉が水気を帯びる。浄水されているわけではないから、後で腹を壊してしまうかもしれない。しかし、脱水症状に陥るのも嫌だった。背に腹は変えられないだろう――なんて、少しばかり冷静な考え方をしたのは、たらふく水を飲んだ後のことだった。少しずつではあるが、正常な思考が戻りつつあるらしい。
「――これからどうするか」
それは自身に対する問いかけだった。随分と森の奥まで来てしまった。それに、この森の中には――由美香を殺した化け物がうろついている。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜
遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった!
木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。
「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」
そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
月の綺麗な夜に終わりゆく君と
石原唯人
恋愛
ある日、十七才の春に僕は病院で色のない少女と出会う。
それは、この場所で出会わなければ一生関わる事のなかった色のない彼女とモノクロな僕の
秘密の交流。
彼女との交流によって諦観でモノクロだった僕の世界は少しずつ色づき始める。
十七歳、大人でも子どもでもないトクベツな時間。
日常の無い二人は限られて時間の中で諦めていた当たり前の青春へと手を伸ばす。
不器用な僕らの織り成す物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる