ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

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第五章 時を越えた禁忌【過去 高田富臣】

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 手を洗いたい。手を洗いたい。手を洗いたい。今はとにかく、泥と血にまみれてしまった手を洗ってしまいたかった。そのことに執着する時点で、自分のどこかがおかしくなってしまっていると、高田は気づけずにいた。

 人が死ぬ。その事実は、現実からはかなり遠い場所にある。親族の死でさえ滅多に遭遇することはないから、そもそも死んだ人間を自分の目で見るという機会はかなり少ないと思う。しかも、棺桶に入った綺麗な状態ではない。頭を裂かれ、血まみれになった人の死体を見るのは、かなりショッキングだった。それが知っている人間ならば尚更だ。

 ふと、足元に小さなせせらぎができていることに気づいた。川になろうとしたが、しかしなりきれなかったようなそれは、森の奥から外まで続いているようだった。今の高田にとって、これほどありがたいものはない。

 高田は流れを堰き止めるようにして、両手をせせらぎへと突っ込んだ。水の温度はかなり低い。流れの中に泥と血が流れ出していく。これでようやく両手を綺麗にすることができるだろう。しばらすると、堰き止めた流れを解放する。一気に流れ出したそれを利用して、両手を擦り合わせた。一度だけでは完全に綺麗になるとまではいかなかった。またしても、流れを堰き止めて水を溜めると、しばらくしてから解放。その勢いを利用して手を洗うという行為を繰り返した。いつしか、その行為をすること自体に夢中になっている自分がいた。

 どれくらいそうしていただろうか。ふと、喉が渇いていたことを思い出した。両手を綺麗にすることができたから、別のことへと思考が回る余裕が出てきたのであろう。それでも、本能的な喉の渇きを差し置いて、延々と手を洗っていたのは異常であるが。

 手で水をすくって、それを喉の奥へと流し込む。直接せせらぎに口をつけるのは、少しばかりはばかられた。とても冷たい水が喉元を通り過ぎ、渇きで張り付いていた喉が水気を帯びる。浄水されているわけではないから、後で腹を壊してしまうかもしれない。しかし、脱水症状に陥るのも嫌だった。背に腹は変えられないだろう――なんて、少しばかり冷静な考え方をしたのは、たらふく水を飲んだ後のことだった。少しずつではあるが、正常な思考が戻りつつあるらしい。

「――これからどうするか」

 それは自身に対する問いかけだった。随分と森の奥まで来てしまった。それに、この森の中には――由美香を殺した化け物がうろついている。
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