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暴走するモラルと同調圧力【午後5時〜午後6時】
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男の怪我から察するに、どう考えても死ぬのは時間の問題。どうせ死んでしまう人間なのだから、その時間が多少前後しても問題ない。
振り下ろした灰皿は男の鼻頭に直撃したのか、嫌な感覚と一緒に骨の砕けるような感触が手に伝わってきた。男は短い悲鳴らしきものをあげると、低いうめき声を漏らした。ただでさえ血まみれでわけの分からなくなっていた男の顔が、さらに歪んだ。
自分は悪くない。自分は悪くない。自分は悪くない。自分は悪くない。何度も自らに言い聞かせながら、もう一度振り下ろす。まさか、そんな自分の表情に笑みが浮かんでいるとも知らずに。
どうして自分がこんなことに巻き込まれなければならないのか。いつだって、面倒なことや嫌なことは他人がやってくれたではないか。そうではない時は、こちらから促してみたり、そうなるように手を回してみたりもしたが、これまで自分が当事者になることなんて一度もなかった。
振り下ろす。振り下ろす。振り下ろす。まるで当てつけであるかのごとく、力一杯に灰皿を振り下ろす。これは正当防衛。誤って死んでしまっても、男のほうに非がある。悪いのは男のほうであり、自分は仕方なくこんなことをやっている。だから、全然悪くない。
男は声すらも発しなくなっていた。それどころか、振り下ろされた灰皿に対するリアクションも皆無。男がすでに事切れていることに気づいたのは、何度灰皿を振り下ろした時だっただろうか。
改めて自分のやったことを認識し、その灰皿を取り落とした。床に落ちても割れなかったガラスの塊は、かなりの強度と重さがあったことを物語っていた。
遠き山に日は落ちて――。そのメロディーが流れ出した時、彼女はとうとう笑い出した。こんな簡単なことにどうして気づかなかったのだろうか。ここは、法治国家でもなんでもなく、罠によって簡単に人が死んでしまうところ。しかも、ルールによって暴力まで認められているのだ。
「殺せばいいんだ……私以外、全員」
法治国家ではないから人を殺しても罪に問われることはない。そして、ここでは人の死に特典がついてくる。まず【ブービートラップ】が死んでしまえば、その場で他の人間は解放される。それに加えて、死者の【固有ヒント】は他のプレイヤー全員に転送され、そして共有される。
――何よりも、人が思っていたより簡単に死ぬことが分かってしまった。
智美は血にまみれた両手を見て、しかしあえて手を洗わないことにした。そして、灰皿はその場に捨て置き、自分のショルダーバッグを拾い上げると、正しく今に相応しいであろう、配布された物資を取り出したのであった。
そう、黒光りするナタを……。
振り下ろした灰皿は男の鼻頭に直撃したのか、嫌な感覚と一緒に骨の砕けるような感触が手に伝わってきた。男は短い悲鳴らしきものをあげると、低いうめき声を漏らした。ただでさえ血まみれでわけの分からなくなっていた男の顔が、さらに歪んだ。
自分は悪くない。自分は悪くない。自分は悪くない。自分は悪くない。何度も自らに言い聞かせながら、もう一度振り下ろす。まさか、そんな自分の表情に笑みが浮かんでいるとも知らずに。
どうして自分がこんなことに巻き込まれなければならないのか。いつだって、面倒なことや嫌なことは他人がやってくれたではないか。そうではない時は、こちらから促してみたり、そうなるように手を回してみたりもしたが、これまで自分が当事者になることなんて一度もなかった。
振り下ろす。振り下ろす。振り下ろす。まるで当てつけであるかのごとく、力一杯に灰皿を振り下ろす。これは正当防衛。誤って死んでしまっても、男のほうに非がある。悪いのは男のほうであり、自分は仕方なくこんなことをやっている。だから、全然悪くない。
男は声すらも発しなくなっていた。それどころか、振り下ろされた灰皿に対するリアクションも皆無。男がすでに事切れていることに気づいたのは、何度灰皿を振り下ろした時だっただろうか。
改めて自分のやったことを認識し、その灰皿を取り落とした。床に落ちても割れなかったガラスの塊は、かなりの強度と重さがあったことを物語っていた。
遠き山に日は落ちて――。そのメロディーが流れ出した時、彼女はとうとう笑い出した。こんな簡単なことにどうして気づかなかったのだろうか。ここは、法治国家でもなんでもなく、罠によって簡単に人が死んでしまうところ。しかも、ルールによって暴力まで認められているのだ。
「殺せばいいんだ……私以外、全員」
法治国家ではないから人を殺しても罪に問われることはない。そして、ここでは人の死に特典がついてくる。まず【ブービートラップ】が死んでしまえば、その場で他の人間は解放される。それに加えて、死者の【固有ヒント】は他のプレイヤー全員に転送され、そして共有される。
――何よりも、人が思っていたより簡単に死ぬことが分かってしまった。
智美は血にまみれた両手を見て、しかしあえて手を洗わないことにした。そして、灰皿はその場に捨て置き、自分のショルダーバッグを拾い上げると、正しく今に相応しいであろう、配布された物資を取り出したのであった。
そう、黒光りするナタを……。
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