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明け方のラブホテルにて

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 雅は無残にも焼け野原となってしまった盤面を見つめ、この世の終わりかと言わんばかりの表情を浮かべる。宝文堂のバケツ焼きプリンを賭けての勝負は、どうやら雅にとって重大なる意味を持っていたらしく、しまいには子どもであるかのように大声で泣き出した。

「ほっさん、ほっさん! たのぴーがズルしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! うわぁぁぁぁぁぁん!」

 もはや同じ部屋にいるだけで巻き込まれているようなものなのに、雅は助けを求めるかのごとく堀口のほうへと駆け寄ってきめ、田之上を糾弾しようとする。ちなみに【ほっさん】とは、着任初日に雅から付けられたあだ名である。

「あのなぁ、あんな馬鹿しか食わないようなバケツ焼きプリンに五千円も払ってられないわけぇ! 大体、業務用の何リットルかも分からんくらいでかいバケツで焼きプリン作ったところで、どこに需要があるの? お前にしかないだろ? 宝文堂に騙されてんだよお前は! あぁ、これ多分宝文堂の陰謀だわ。馬鹿から騙し取った金でさらに高額のバケツ焼きプリンを作り、いずれは合体するとロボになるバケツ焼きプリンロボを作るつもりだわ。目を覚ませ! 雅っ!」

 雅からの糾弾を、ついには陰謀説まで出して正当化しようとする田之上。ここまでくると、その宝文堂のバケツ焼きプリンがどんなものか気になって仕方がない。

「だって食べたかったんだもん! 宝文堂のバケツ焼きプリン、食べたかったんだもぉぉぉぉぉぉぉん!」

 田之上の無理矢理な正当化が、ますます雅に悔しい思いをさせてしまったのであろう。漫画の登場人物であるかのようにボロボロと涙を流す雅の姿が、堀口の同情を誘った。

「あの、もし良かったら買ってきましょうか? その、バケツ焼プ……」

「騙されるな堀口。それ、嘘泣きだから。いつ修羅場になってもいいように、常に涙を流せるようになってる。ビッチ必須スキルのひとつだ」

 堀口の言葉にかぶせるように発せられた田之上の一言に、雅はピタリと泣き止んでうつむいた。舌打ちのようなものが聞こえたような気がしたのは、気のせいであると思いたい。

「――かっ、顔が怖いくせにっ!」

 もう少しでバケツ焼きプリンが手に入りそうな雰囲気だったのに、それをぶち壊されたことに腹を立てたのであろう。負け惜しみのごとく田之上の悪口を言い放つ雅。

「顔が怖いのは俺も気にしてんの! 初恋の女の子に顔が怖いって理由で振られた気持ち分かる? 挙げ句の果てに通信簿に【顔が怖いです】って書かれりゃ、そりゃ捻じ曲がって育つわなぁ! あの時の担任、見つけ次第ぶっ殺す!」

 これでは子どもの喧嘩だ。誰が見ても、ここが国家の管理下にある警察などとは思わないだろう。
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