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はがれた化けの皮

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 凡場は何度か咳き込みながらも、手探りで玄関の電気を点ける。愛子は部屋の中に入れずにいたが、電気の点いた玄関の様子は、中に入らずとも確認することができた。玄関に入るとすぐにダイニングキッチンが広がっている間取りだ。臭いが駄目だったのか、管理人はかなり玄関から離れた場所へと避難していた。

 右手にはシンクと冷蔵庫、冷蔵庫の反対側には、電子レンジなどが乗せられている棚があった。左手には風呂場とトイレであろうか、ふたつの扉が見えた。奥にも扉がふたつあり、恐らくは寝室と居間という扱いになる部屋が広がっているに違いない。

「堀口さんは、そこから動かないでください。私が調べますから」

 凡場はそういうと、シャツの袖で口と鼻を覆ったまま、土足で部屋の中へと上がり込んだ。待っていろと言われた愛子であったが、息子の暮らす空間の惨状に、思わず凡場に続いて部屋の中へと上がり込んでしまう。

 まずは台所から――できることならば、臭いが発生している発生源を突き止めるべき。同じことを考えていたのか、凡場が冷蔵庫を開けると、乱雑にビニール袋に包まれているレバー肉なようなものが転げ落ちてきた。しかも、ひとつだけではない。まるで雪崩のごとく、それらが冷蔵庫から転がり出たのだった。

「……これは、みなまで言うまい」

 凡場は気を遣ってくれたのかもしれないが、そのシルエットが子宮のように見えてしまった愛子は、酸っぱいものが込み上げてくるのを堪えた。このような場所は、妊婦にとって非常に悪い場所なのかもしれない。しかも、一般的に見れば高齢出産なわけであるし。


「……こいつは思ったよりもきついですね。掘口さんも、管理人さんと一緒に外で待っていてください」

 凡場の言葉に、しかし愛子は首を横に振る。これまで当たり前のように接してきた息子の部屋が、まるで異世界であるかのように混沌に満たされているのだ。我が子のことならばなんでも知っている――それがいかに親の過信なのかを思い知らされた。

 言うことを聞かない愛子に対して「忠告はしましたからね」と凡場。改めて探索を再開する。奥の扉の片方を開けると、そこは居間のようだった。

 だが、人が生活できるような環境ではない。作業机が窓に向かうように設置されているだけで、ごく一般的な家庭にあるようなテレビなどはなかった。その代わりにゴツいラジオデッキのようなものが見えた。

「どうやら決まりみたいです。やっぱり彼が犯人みたいですね」

 作業机のそばまで向かった凡場は、手袋をはめて机の上からあるものを取り上げる。それは、凡場が訪ねてきた際「これに見覚えがないか?」という問いと一緒に差し出された物と全く同じ。

 巷を騒がせているカップル猟奇殺人事件の象徴とも言える【リア充爆発しろ】と彫られた作りかけのプレートであった。
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