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1 プロローグ

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 最終決戦、魔王城、最上階にて ―

「っ・・・・」
 魔王の側近たちは倒れて、魔王リカリナだけが折れた杖を持って立っていた。彼女はツインテールの幼女のような見た目をしているが、史上最強、最悪の魔王。
 252年、誰も倒すことができなかった。

「やっと、ここまで来たのね」
「勇者様、今のうちに。私たちは大丈夫です」
「えぇ」
 魔導士マミが賢者ユイの傷を治している。
 3対1・・・ここで確実に魔王リカリナを倒す。

「ここまでよ。魔王リカリナ!」
「!?」
 剣を突き付けた。
 魔王リカリナが後ろに手をついて、周りを見渡している。

 助けを呼んでも誰も来ない。
 魔王城を守る魔族たちは、全て倒したのだから。

 私も魔力切れが近いわ。
 最後の力を振り絞って、どうにか魔王を倒さないと。

「女神の加護を持つ、勇者ティナ様だからここまで来れたんです・・・」
「ううん、私だけだったらここまで辿り着けなかった」
 私はアステリア王国の勇者ティナ。女神の加護を受け、魔王に匹敵する力を得た。

 ここまで来るのに、犠牲は多かったけど、何とか、魔王リカリナを追い詰めることができた。
 剣に刻まれた紋章に触れる。
 アステリア王国に帰ったら、みんなを弔わないと・・・・。

「やーっと倒してもらえるのだ」
「え?」
 魔王リカリナが両手を広げて、地面に寝そべる。

「さぁ、さぁ、どこからでも倒して。私はこのときを待っていた」
「なっ・・・」
 剣を落としそうになって、持ち直す。

「私を欺こうっていうの? そうはいかな・・・」
「だって、おかしいと思わないのか? この世界、女しかいないのだぞ!」
 魔王リカリナが叫ぶように言う。

「異世界転生したら、イケメン王子に求婚される令嬢になるのだ。悪役令嬢でもいいぞ。とにかく、もう魔王は嫌だ。だって、全部周りモンスター!」
 ビシッと周りを指さす。

 マミの倒した魔王の側近、ドラゴンの牙と、鋼の皮膚を持つジャムラが眠るように息を引き取っていた。

「転生したい。早く転生したいのだぞ」
「て・・・・転生・・・・って、そんな本のような世界があるわけないでしょ」
「あると思うぞ。史上最強の魔王である私があると思うのだから、間違いないと思うぞ」
 真剣な表情で言う。

「・・・・・・・」
 確かに、この世界は女しかいない。

 女しかいないことに疑問を持ったことはなかった。
 というか、そもそもこの世に男というものが存在するの? 
 イケメン王子なんて、本では見たことがあったけど、創作の話じゃない。のせられちゃダメ。

「早くとどめをさすのだ。勇者ティナ」
「・・・もしかして、最初から負けようとしてたわけじゃないでしょうね?」
「だって、魔王の仕事って暇なのだぞ。でも、私力があるから、ちょっと魔法使うだけでぽんぽん倒れちゃうし、どうしようもなかったんだぞ。でも、今回、勇者が魔王を倒したってことで本当に良かったー。やっと解放されるー」
 心から嬉しそうに笑う。
 大きな黒い瞳をきゅるきゅるさせていた。

 なんか、すごく複雑ね。
 あれ、私、魔王リカリナを倒すためにここに来たのに、何を躊躇しているのかしら。
 女神の加護をいただいた私は、ちゃんとお役目を果たさなきゃいけないのに。 

「勇者ティナ様?」
「えっと、そうよね。転生。転生って話もあったし魔王も倒してよかったわよね」
「全然、話が繋がってないんですけど」
「勇者様、違うこと考えてましたね?」
「・・・・・」
 マミとユイが瞼を重くしてこちらを見る。
 どうして2人には嘘ついたらわかっちゃうんだろう。

「ほら、早くしろ。あまり痛くないようにお願いするのだ。でも、今までの退屈さに比べたらマシだからいいぞ。早くやってくれ」
 魔王リカリナが恍惚の表情でトドメを刺されるのを待ってる。

「わ・・・わかったわ」
 あまり、剣に力が入らなかった。

 異世界転生が魅力的すぎて、頭から離れない。

「まさか、勇者ティナ様がさっきの魔王リカリナの話を・・・」
「え? ち、違うわ。そう、ちょっと亡くなった者たちのことを考えてたの。これで終わるのかって・・・思ったら、自然と・・・・」
「し、失礼しました」
「マミ、勇者様がそんなこと考えるわけないわ」
 ユイが叱るように言う。

 ものすごく異世界転生に興味がある。
 でも、ダメ。私は200年以上君臨する魔王リカリナを倒すために、女神から力を与えられた勇者なのだから。
 ここで引き返すわけにはいかない。
 ここまで付いてきてくれた2人を欺くことなんてできないわ。

「勇者ティナ、お前も異世界転生したいのだな」
「そ、そんなわけないわ。私は、貴女の息の根を止めて、アステリア王国に・・・」
「嘘をつくな、私にはわかるぞ」
 魔王リカリナがむくっと起き上がって、腕を掴む。

「!?」
「私も、一人で異世界転生するの心細かったのだ。せっかくだ、勇者も道連れにしてやるのだ」
 地面に魔法陣が展開された。
「ティナ様!!!」

 ― 魔の領域(バリア) ― 

 パァンッ

 私と魔王リカリナの周りに、ドーム型のシールドを張った。
「騙したのね!」
「騙してなどいない。中々、お前が殺さないからだ。私だって早く死んで転生したいのに、ごたごた待ってる間に、魔族が来たらどうするのだ?」
 ツインテールをきゅっと伸ばしながら言う。

 魔王リカリナは史上最強の魔族の王。これまで、誰も倒すことができなかった。
 まさか、まだ、力がここまで有り余っているとは・・・。

「というわけで、勇者ティナ、私と一緒に異世界で、ゆるーい転生ライフを送るのだぞ。本だけはたくさん読んでたんだー。なんてったって、魔王って暇だから」
「ほ、本当に転生場所はゆるいのかしら?」
「最近のトレンドは、ゆるい転生だ。異世界には男がいて、重い物などは男が運んでくれるらしいぞ。私は転生したら、王子に求婚される令嬢になるのだ。勇者とは、一応向こうの世界では仲良くするぞ」
「・・・・・戸惑うほど、切り替えが早いわ」
「異世界、楽しみすぎるのだぞ」
 史上最強の魔王が、こんなにワクワクしてるなんて。


 ドン

 魔王リカリナの魔法陣は、自分ごと消滅させるものだった。

「勇者ティナ様!!!!!!」
「2人とも、ここまで一緒に来てくれてありが・・・」
「勇者様ー!!!!」
 マミとユイの叫ぶ声が聞こえる。肉体の感覚が次第に失われていく。
 あぁ、みんな、ごめんね。でも、魔王がこの世界にいなくなることには変わりないから。

 今までありがとう。

 すっと、意識が遠くなっていく。





「・・・ィナ・・・」

「?」
「ティナ・・・・」
 目を開けると、魔王リカリナが杖を持ったまま覗き込んでいた。
 ゆっくりと体を起こす。ここは、絨毯の上? 触り心地がよかった。

「目が覚めたか?」
「覚めたけど、ん? 確か、私は魔王に引きずり込まれて」
「そう、最悪だ。勇者を道連れに死んで、ゆるゆるライフを送る予定だったのに・・・」
 魔王リカリナが、すっごく重たいため息をつく。

「失敗したのだ。私の計画で失敗したのは、生まれて初めてだぞ。252年生きて、こんなことなかったのだ。まさかの転移」
「え?」
「女しかいないみたいだ、この世界。しかも魔王のままなのだ。私のゆるゆる異世界ライフが・・・」
 目を潤ませて俯いていた。

「異世界ファンタジーとコラボしたコンカフェに面接に来た子たちだよね? ここが集団面接会場だから、ここで待っててね。そっちの子、大丈夫? 具合悪いの?」
「え、えぇ」
「大丈夫だ。気にするな」
 メイドのような恰好した女性が、屈みながら言う。

 ここは・・・? 
 異世界にしては、前の世界の変わりがないような。

「あの・・・コンカフェって?」
「またまたー、そんなしっかりコスプレしてきて。ねぇ、そっちの子は、幼女って感じだけど、保護者はいなくて大丈夫?」
「何を言う? 私は252歳だぞ」
「あははは、幼女魔王設定ね。すっごくいいと思うよ。ま、いっか。2人とも、ものすごい美少女だし」
「・・・・・・・・」
 魔王リカリナが怪訝そうな顔をしていた。
 私は、女神の加護があるから、直感だけは鋭い。
 なんとなく状況は理解できた。

「じゃあ、中に入って。お店のクッキーやお菓子も置いてあるから自由に食べてね。自分のVtuberキャラを作ることもできるから・・・」
 女性が聞きなれない単語をぺらぺらと話していた。
 魔王リカリナはあくびをして、お菓子のあるテーブルをじっと見つめている。

 今、私たちは異世界で、カフェの面接を受けようとしているのね。
 さっきから、クッキーや紅茶のいい香りがした。
「綺麗な食べ物だな。生まれたてのドラゴンの皮みたいだ」
「そう? どちらかというと卵じゃない?」 
 魔王リカリナは、お菓子が珍しいみたい。

 自分たちの世界と同じような格好をした女の子が部屋にいっぱいいた。剣士、アーチャー、シスター・・・。
 みんな、どこか落ち着きがなく、緊張しているようね。

「ここはイケメン王子に囲まれて求婚される世界でも、悪役令嬢みたいなドキドキな恋する世界でもないらしい。前の世界と同じ、女ばかりだ。いったん、ここを吹っ飛ばしてみるか? 私、ここでも魔法は使えるみたいだぞ」
「や、やめて。まだわからないじゃない」 

 シュウウウウウ

 魔王リカリナが手のひらに溜めた魔力を、小さな魔法陣を描いて打ち消す。

「ほぉ、さすがだな。私の魔法を一瞬で消すとは」
「ねぇねぇ、コンカフェ? ってまだわからないけど。もう少し、この世界見てみましょうよ」
「ふむ・・・あの、お菓子というものを食べてから考えよう。甘くて不思議なにおいがするのだ」
 口角からよだれが出そうになっていた。

「まぁ、いいけど・・・」
 なぜ、勇者である私が、魔王リカリナとここにいるのかはわからないけど、今は考えないことにするしかないわ。
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