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いざ、カレー実食……?

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◇◇

その週は僕はそわそわしっぱなしだった。

──週末になったらカレーが食べられる!

家のリビングにかけてある大きなカレンダーを眺めては、週末まであと何日かを数えて胸を踊らせた。

「夏希、なんだか最近ご機嫌だね」
「そうですかねっ?」

ふんふんと鼻歌を歌いながら床掃除をしてるところを春都さんに話し掛けられて、思わずにたにたとしまりのない顔で対応してしまう。

「うん、何か良いことでもあったのかな?」
「っ、えっと、」

急にこんな機嫌良く家事をやっていたら、それは優しい春都さんなら世間話で聞いてくれるよね。でも馬鹿正直に『週末カレー食べに行ってきます!あはは!!』とか言って雰囲気悪くしたくないし……完全に隠す気をなくしていた、もっと慎重にならないと。

「この土日のどっちかで友達と遊びに行くんです、久しぶりだから楽しみでしょうがなくて」
「そっか。……いつも家のこと頑張ってくれてるし、楽しんでおいで」
「はいっ」

良かった、これ以上は追求されなさそうだ。そういえば二人が留守中に僕も泊まりで家を空けるってことは良いんだろうか。あとで暦さんにメッセージで聞いてみよう。

「……ふふっ」

春都さんとの会話が終わって床掃除を再開させるけど、どうしても笑みがこぼれてしまう。
今日と明日が終わって土曜日になれば、春都さんと冬馬くんがパーティーに行って、僕は山本くんの家でカレーが食べれる!

──どんなカレーを作ろうかなぁ、スパイスカレーは高校生の時によく作ってたけど久しぶりでうまく出来るか心配だし、やっぱり市販のルーで作った方が早いしアレンジも効くよね。
──お肉は何を入れよう、辛口だったら僕は豚バラ肉を使うのが好きなんだけど、山本くん辛いの大丈夫かな?
──ああ、あと付け合せは──

考えれば考えるほど感情が昂って、ついにはきゃーっと両手で顔を覆ってのたうち回る。……うわっ、僕今床を雑巾がけしてたんだった……。

「柄にもなく恋する乙女みたいなことしちゃったな……」
「誰が恋する乙女だって?」
「ヒエッ、冬馬くん!」
「お前こないだから俺を妖怪か何かと勘違いしてねぇか!?」 

だってよく背後から現れるから……。

「で?なんで恋する乙女なんだよ?」
「え?僕そんなこと言ったかな……?ちょっと手と顔洗いたいから、洗面所行ってくるね!」 

仁王立ちで立ちはだかる冬馬くんと壁の間をすり抜けて、そそくさと洗面所へ向かう。よしよし、うまく誤魔化せた。このまま雑巾を片付けて手を洗ったら自分の部屋にこもっちゃおう。

リビングに残った春都さんと冬馬くんがどんな顔をして、どんなことを話していたかなんて、この時の僕は気にもならなかった。


◇◇

──大げさじゃなくて、きっと今、世界で一番幸せなのは僕だと思う。

「ありがとう山本くん、ほんっっとうにありがとう……!」
「さっきからお礼しか言ってないな」

コンビニから山本くんの家へ戻る途中、何度も何度もお礼を言う僕に山本くんが苦笑している。

待ちに待った土曜日の夜。
春都さんと冬馬くんの父親であり、僕の雇い主の暦さんに今日のお泊まりのことを相談したら、要約すると『構わないけど泊まりであることは春都と冬馬には絶っっ対に秘密にするように』とのことで、なんで秘密に?うまく隠せるかな?と思ったけど、朝起きたら二人はすでに出発していたのでその心配はいらなかった(それはそれで連絡もなかったから寂しかったけど……)。

それから夕方に山本くんと待ち合わせて材料を買い出ししてから、彼が一人暮らしするアパートに連れて行ってもらってカレーを作らせてもらった。──そう、カレーを!作らせて!もらった!!
色々迷ったけど、山本くんが辛過ぎるのは苦手とのことで、市販の甘口ルーを使ったチキンカレーを作ることにした。僕は断然辛口派だけど後がけのスパイスを使えば調整できるし、このカレーパーティーお泊まり会のホストである山本くんの希望は聞かないとね。
今回の材料費は山本くんがもってくれるってことで特売の安いルーにしたけど今は基本どのルーで作ってもおいしくできるし、気になるならチューブの生姜とにんにくを同じ量入れたら甘口でもいい感じに大人向けの風味が出て……云々。
作ってる間ついつい熱が入って語りすぎちゃったけど山本くんはそのどれもうん、うん、と隣で手伝いながらずっと聞いててくれてそれも楽しかった。
カレーが完成してさあ食べようって時に山本くんが何か買い忘れがあったらしく、ついでに食後のデザートのアイスでも買おうということで
コンビニに来て、今は買い物が終わって戻るところだ。

「ごめんな、せっかく作ったカレーをお預けにして」
「ううん!カレーは逃げないし、作れただけでも今は満足!」
「そっか。牧村の作ったカレー俺も楽しみだよ」

そう言って爽やかに笑う山本くんは改めて見るとかなり格好いい。
身長182センチある春都さんや、その春都さんよりも高いだろう冬馬くんを見慣れてるとそうでもないように見えるけど、それでも165センチの僕より10センチは目線が高いし、スポーツマンっぽい黒髪の短髪が男らしく整った顔立ちによく似合ってる。
ちなみに言うとコンビニで買った物が入ってる袋は山本くんが持ってくれてるし、僕が選んだアイスの分の支払いも『カレー以外のおかずも作り置きしてくれて助かったから』と言ってしてくれた。

「山本くんってモテそうだよね」
「そうか?」

そんなことないと思うけど、と首を傾げるところも様になっている。

「それよりさ、名字呼びやめね?俺も牧村のこと夏希って呼ぶから」

突然そう切り出されて「えっ、」と立ち止まってしまう。でもそうか、僕たち大学に入ってから割とすぐ仲良くなったのに一年経った今も名字呼びだ。それが急にここまで距離が縮まるなんて、きっと山本くんの家まで行ってカレーを作ったのが良いきっかけになったんだ。カレーは人間関係も円滑にする素晴らしい食べ物だなぁ。

「どうかな、夏希」
「──うんっ、良いと思う!えっと……秋良(あきら)、くん?」
「おう。……お前、俺の名前忘れてたな?」
「いひゃいひゃい、ごめんなひゃいー」  

むにーと両頬を引っ張られながらなんとか謝ると、秋良くんは楽しそうに笑った。
立ち止まったままだったからそろそろ歩き出そうとしたけど、僕のスマホが『ぽろん♪』と鳴ったのでそのまま見させてもらう。

「暦さんからだ。──“あいつらがパーティーに来ていないらしい”、“逃げろ”?」
「なんだそれ?」
「なんだろう……?」

秋良くんが僕に顔を寄せてスマホを覗き込んできて、二人して謎のメッセージに首を傾げる。
パーティーっていうのは、春都さんと冬馬くんが土日の泊まりがけで参加すると言っていたアレのことだろう。それで“あいつら”っていうのは?春都さんと冬馬くん?でもあの二人は、今朝僕が起きた時からいなかった。暦さんからのこのメッセージが本当だとしたら、あの二人は今どこに……

「──オイ」

後ろからぽん、と肩に手を置かれて、聞き覚えのあり過ぎる声がかけられる。

「…………っ、」

怖くて怖くてなるべくゆっくり振り返ると、そこにいたのは。

「ぎゃーっ!冬馬くん!!」
「だから妖怪が出たみたいな反応やめろ!!」

お前は俺をなんだと思ってんだ!と額に青筋を浮かべてこっちを睨んでる冬馬くんと、

「──こんな道のまんなかで寄り添ってるなんて、ずいぶん仲が良いんだね」

その少し後ろで立っていて、口調はいつも通り優しげなのに顔つきが全然穏やかじゃない春都さん。

「ひっ!」

ここにいるはずはなくて、その上いつもと違う雰囲気を纏わせてる二人が怖くて、思わず秋良くんの腕にしがみついてしまう。

「大丈夫か?……うわっ!」

勢いが強過ぎたのか秋良くんがよろめいて、その持っていたコンビニの袋を落としてしまう。そこから出てきたのは、僕と秋良くんがそれぞれ選んだアイスと──

「コンドーム……?」
「……あー……」

控えめなデザインの小箱を見つけてぽかんとする僕と、罰が悪そうに僕から視線を逸らす秋良くん。

「てめぇ、やっぱ夏希に手ぇ出そうとしてたな!?この増えた野獣め!!」
「冬馬、それを言うなら飢えた野獣。繁殖させてどうするんだ」
「うっせ!」 
「……別に誰でも良いわけじゃない。夏希が嫌がるならやめるつもりだったし──」
「あ"ぁ?てめぇ誰の許可とって夏希のこと名前呼びしてんだコラ」 
「本人からだけど」
「え、僕に手を……え?」

イマイチ話が読めないけど、聞くに聞けない感じだし自分で考えてみることにする。
えっと、このコンドームはモテる秋良くんが自宅にストックする用に買ったんだろう。それで春都さんと冬馬くんがパーティーに行かずここにいて、僕に怒ってる様子なのは──僕が隠れてカレーを食べようとしたからだ。え?いくら自分たちがカレー嫌いだからって、大事なパーティーすっぽかしてまで怒りにくるの?こわっ!
いやでも、僕はまだカレーを作っただけで食べてはいない。これはあくまで友達とのお泊まり会だってことをうまく説明できれば二人とも納得して本来の予定に戻ってくれて、僕は晴れてカレーを食べることが出来るかも……!

「あのっ、春都さん、冬馬くん!」
「あ"?」
「なに?」
「ひっ!……これは別にそんなんじゃなくて。秋良くんとはただ遊びの関係っていうか……!」

鬼気迫る二人の様子にビビリながらなんとか言いたいことは言えた。……ちょっとだけ言葉足らずだった気もするけど。

「えっ。俺は本気で、夏希が……」
「夏希、お前意外とワルい奴だな……」
「……ぶふっ」

なぜか傷ついた表情の秋良くんと、若干引き気味の冬馬くん。その後ろで春都さんは真顔をちょっとゆるませて吹き出している。

「えっ?えっ?」
「──とにかく、遊びだろうが本気だろうが関係ねぇ!帰るぞ夏希!!」
「そんなっ!あぁあ……っ」

冬馬くんに手を掴まれて力の差に無情にも引きずられるままの僕。藁にもすがる思いで秋良くんを見るけど、なにやら放心状態で立ち尽くしている。
引きずられる僕の後ろをくすくす笑って歩きながら──でも目は据わったままの春都さんが言った。


「さて、“旦那様”がいない間に浮気しようとした悪い子はどうやってお仕置きしようかな?」
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