ワガママ女王としもべ達

角井まる子

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―――朝。
鈍い頭痛と喉の渇きに、由佳は目を覚ました。


見たことのない部屋。
肌さわりの良いシーツと枕の感触。


・・・ここ、何処だろう・・・


天井には豪華な装飾のシャンデリア。
スワロフスキーだろうか。
日の光を反射して複雑な輝きで光っている。


・・・そうだ。
昨日、ワインの味見をしたら止まらなくなって・・・
多分、そのまま寝ちゃったんだろう。


それならば、ここは永瀬の住むホテルだろう。
豪華な室内から考えると、永瀬の部屋かもしれない。
しかしベッドで寝ているのは由佳一人だった。


う・・・気持ち悪い・・・
水欲しい・・・


由佳はノロノロとベッドから起き上がる。
服は、昨日のままだった。
洋服のシワを気にしながら、どうせならパジャマに着替えさせてくればいいのに、と自分勝手に考える由佳だった。










「・・・ちょっと。何これ」



寝室の扉を開けたら、昨日案内された部屋に出た。
そこにあったのは、床に転がる大量の酒瓶。
同じくカーペットの上で寝ている永瀬と裕貴。


・・・何で二人ともここで寝てるの?
裕貴いつ来たんだろう・・・
あっ!!このワイン私が後で貰おうと思ってたボトルじゃん!!
全部開けられてる!


昨日仕分けしておいたお酒が空になっている様子に由佳はショックを受けた。
二日酔いで気分が悪かった由佳は、勝手に二人が飲んだことに腹が立っていた。



「・・・二人とも、いつまで寝てるの!?仕事はッ?!」



自分のことは棚に上げ、近くにあったクッションで二人の頭をバンバン叩く。
それでも物足りない由佳は、裕貴の背中をげしげしと蹴り始める。



「・・・は、長谷川様!おはよう御座います。・・・どうかされましたか?」



そんな由佳の大声が聞こえたのか、慌てて室内に入ってきたのは神谷だった。
裕貴の背中に足を乗せている由佳に一瞬驚きながらも、平静に対応してくるところはさすがだ。



「!?神谷さん、おはよう御座います。いえいえ、朝のストレッチをしているところですので、お気になさらず・・・あははは」



ノックもせずに現れた神谷の登場に、まさか他人に見られると思っていなかった由佳は、嘘笑いでごまかす。
足をどかすタイミングを逃した由佳は、そのままグイグイと裕貴の背中を踏み続けた。



「・・・昨日、昨晩?はご迷惑をお掛けしたようで、申し訳ありません」

「とんでも御座いません。久方ぶりに、十紀様が笑顔になられ、わたくしどもは長谷川様に感謝しております。・・・いつも長谷川様には救われております。有り難うございます」

「・・・え?そうですか?あはは・・・」



ごめんなさい。
ぜんっぜん覚えてないです。
永瀬君がこの部屋に戻ってきた事すら記憶にない。
永瀬君の笑顔?
わたし、一体何を話したんだろう。
むしろ話す前に酔っ払ってすでに寝てたんじゃ・・・?

疑問は残るが、とりあえず由佳は水が欲しいと思った。



「・・・申し訳ないのですが、神谷さん。お水をいただけますか?」

「ああ、これは失礼致しました。直ぐにご用意致します。二日酔いのお薬もお持ちいたしましょうか?」

「・・・はい、頂きます・・・」



神谷さんにまで酔っ払っていた事がバレている・・・
私、永瀬君のベッド占拠してたしなぁ。
普段はあまり悪酔いしないだけに尚更恥ずかしい。

直ぐに水と薬を持ってきてくれた神谷さんは、何故か恐る恐ると言った感じで私にトレーを渡してくる。
何だろう・・・怖がられているのは気のせい?
意識のない時に、何か暴れたのだろうか?
もしや私の酔っ払った様子を面白がって永瀬君は笑顔になったんじゃ・・・
そして最終的に手に負えなくなり裕貴が呼び出された、と言う流れなら、今この状況も説明出来る。

ん?って事は、このワイン達は私が開けたのだろうか?
自分が飲んだのならまだ許せる。
どうせなら記憶を保った状態で味わいたかったけど・・・



「・・・おい。いい加減足をどかせ」



踏みつけたままの状態で薬と水を飲んでいた私に、裕貴が呻くように言ってくる。



「あ、ごめんごめん。・・・ところで裕貴、なんでここにいるの?仕事は?」

「・・・仕事なら大丈夫だ。橘に指示してある」



裕貴は、変態コレクションの罰も兼ねて、全ての仕事を零に押し付けて来ていた。

由佳は裕貴の背中から足を下ろすと、自分もカーペットの上に座る。



「・・・由佳さん、僕を踏んづけていいよ~?」



いつの間にか目を覚ましたらしい永瀬君が、仰向けになって由佳を誘う。
・・・そんな事言われたら、踏めません。
お断りします。



「永瀬君、昨日はごめんね?急に来て、お酒飲み散らかして酔っ払って、ベッド占拠しちゃって・・・」



自分で言いながら、由佳は申し訳ない気持ちで一杯になってきた。
普通に考えたら有り得ない迷惑行為である。
しかも相手は年下。

一体何しに来たのだろう自分・・・これじゃ酒をあさりに来ただけじゃないか。



「え~?何が~?僕は由佳さんと一緒にお酒飲めて、すっごく楽しかったよ~?」



爽やかに笑う永瀬君。
その笑顔が眩しい。
まだ法的には飲酒禁止の年齢のハズなのに、大量のお酒を飲んだ翌日とは思えない程の清々しさがある。

その笑顔に何か違和感を覚えた由佳は、二日酔いの頭を思いっきり働かせる。
・・・あれ?
そういえば永瀬君、何か悩んでいるんじゃなかったっけ?
それを聞いて解決策を探し、永瀬君に会社に出勤してもらうために私はここに来たんじゃなかったっけ?

しかし今の永瀬からは、何かを悩んでいるような気配は全く感じない。
いつも通りの、楽しそうな瞳を由佳に向けてくる。

・・・昨日、飲んでいる時に何か話でもしたのだろうか?
酔いながらでも、実はちゃんと永瀬君の相談に乗っていたとか?

ワインを飲んだ時から記憶のない由佳は、それとなく聞いてみることにした。



「そ、そう?楽しかった?・・・昨日、私、何話したっけ?」



それとなく、どころか直球である。



「も~、由佳さんったら~。覚えてないの~?」

「あは・・・ワインだけはどうも、記憶が飛ぶようで・・・」

「ん~っとね・・・今度二人で旅行しようねって話をしたよ?」

「・・・は?」

「嘘に決まっているだろう、バカ」



永瀬君の言葉に固まる私に、裕貴が突っ込んでくる。
・・・ハッ!
嘘か、びっくりした・・・



「ホントだよ~?ゆーきサンが来る前に、二人で飲んでいる時に約束したでしょ~?覚えてない?」



覚えてませんすみません。
・・・とは、悲しそうに私を見てくる永瀬君には言えなかった。
え?マジですか?
私、酔っ払ってそんな約束しました?

いや、ここは落ち着こう。
そもそも私が確認したいのはそんな事ではない。
何か悩んでいたらしい永瀬君の話を聞けたのかどうか、まずはそこからだ。
そしてこれからは会社に出勤してくれるのか、つまり田中さんを激務から救ってあげれるかどうか・・・

そうやって反論しようとする私の前に、永瀬君は一本の空のワインボトルを差し出した。



「このシャトーね~、買ったときは180万ぐらいのボトルなんだけど~。今オークションに出すと多分倍はするんじゃ無いかな~?まあ、由佳さんが美味しそうにラッパ飲みしてたから、きっとワインも本望だよね~?」

「・・・」



ニッコリと笑顔で話しかけてくる永瀬君。
ラベルを見てみれば、確かに昨日物色しているときに『あ、これ良いな~!でも高そうだから止めておこう』と避けていたボトルだ。
飲んだ記憶が全く無い。
味が思い出せない・・・勿体なさすぎる!!
てゆーか、手付けちゃダメでしょ自分!何やってんだ自分!!

キラキラと嫌みなほど満面の笑みを浮かべている永瀬君。
はい。これは新手の脅迫ですね、分かります。



「・・・そ、そうだねっ!旅行、行こっか!」



もうこう答えるしか私には選択肢が無かった。



「却下」



再び突っ込みを入れてくる裕貴。
いやいや、これは裕貴に決定権はありませんから。



「・・・そんなもの、本当にお前が飲んだかどうか定かではないだろう。どうせ、何も覚えてないんだろう?」

「ゆーきサン、邪魔しないでくれる~?今、由佳さんと話しているんだけど~」

「永瀬、お前もあまり無理な事言って困らせるな」

「ううん、裕貴。確かに、あのボトルは飲んだ(気がする)し、実際昨日は飲み散らかして迷惑かけちゃったし・・・(多分)本当に約束してる(と思う)から」



イヤそうな顔をする裕貴にそう言う。
なんだい裕貴君、ヤキモチかい?



「由佳さん、仕事が一段落したから僕にも長期休暇くれるつもりだったんでしょ~?僕のご褒美は、由佳さんと二泊三日の旅行がいいな~♪」

「あ、ホント?そんなんでいいの?」

「由佳さんと一緒に出かけられる事が、僕にとっての一番のご褒美だからさ~」



先ほどの脅迫めいた笑顔とは違い、本当に嬉しそうに、はにかむように笑う永瀬君が可愛くて。
そんなに喜んでくれるなら・・・と私は俄然乗り気になっていた。

それよりも、永瀬君の事だから一ヶ月くらいの休みを要求されるかも・・・と考えていた私は、想像以上の短期間に驚いた。



「お休み、それだけでいいの?」

「うん。今、ビッグに変なヤツがちょっかい出してきてるし~あんまり離れたくないし~」

「・・・え?それ、大丈夫なの?」

「だいじょーぶだよ~。念のために、ね~」



サーバ攻撃を掛けられる事は良くある事なので、本人が問題無いと言っているなら、大丈夫なんだろう。
が、永瀬君が注意して見ている相手って事は、相当なやり手なのだろうか?
永瀬君なら、何度も仕掛けてくる相手にはそれなりに報復もしているはずなのに・・・



「・・・もしかして、永瀬君が悩んでいた件ってそのこと?」

「え?・・・・あ、うん、そんな感じかな~?もう、相手がしつこくて大変でさぁー。でもだいじょーぶだよ~。昨日、由佳さんに愚痴聞いて貰ったし?もう元気いっぱいだよ~?」



こんな事で悩むなんて、珍しい。
悩みというよりは、モチベーションの低下だろうか。
あんまりにもしつこい相手に、永瀬君はウンザリしてやる気をなくしていたのかもしれない。
うん、それならすんごい納得する。



「だから、会社にもちゃんと行くね~」



やっぱり何も思い出せないけど、永瀬君がこれだけ元気そうなら、昨晩は愚痴の相手ぐらいにはなれていたのだろう。
よし。とりあえず、当初の目的は達成出来た。
永瀬君は会社に出社するし、これで田中さんもゆっくり休めるだろう。
長期休暇も短くて良いって言ってるし。
これにて問題解決!やったね。



「・・・俺も、旅行に行く」

「・・・え、裕貴も?」



それまで黙っていた裕貴がいきなり言い出す。



「ゆーきサン、真似しないでくれるかな~?」

「うるさい」



永瀬君に対する対抗心なのか、裕貴までそんな希望を言うなんて。
この流れじゃ、零も行くって言い出すだろうな。
・・・良いこと思いついた。



「じゃあさ、もう皆で行こうよ!社員旅行ってことで」



福利厚生として旅費を経費で落とせるし。
私は皆の相手を一度に出来るから楽だし。



最高の企画だと思っていた由佳だが、のちのち自分の提案を酷く後悔することになるのであった。


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