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楽しい休日 その3
しおりを挟む「ほら、これだったら中で読書も出来るだろう? 麻実の好きな漫画の新刊を揃えてあるから、中で一緒に読もう」
嬉しそうに一人はしゃいでる圭。開いた口の塞がらないわたし。
いやだって。
酸素カプセルって言われたら、芸能人やアスリートが持ってるカプセルみたいなのを想像するでしょ普通。
しかしここは九条家。
連れてこられた部屋の真ん中には、どう見ても業務用の酸素カプセルドームが鎮座してる。
まずこの巨大ドームを室内に置ける広さと高さよ。
「ほら、入って入って!」
入口のファスナーを広げて手招きをしてくる圭。
ええいままよと誘われるままドームに入れば、室内に酸素を満たす音がしてくる。
「これとこれが今月の新刊ね、でこっちが先月の末に出たやつだよ」
中には座り心地の良いソファが置かれ、ローテーブルには飲み物とお手拭き、そして可愛らしいお菓子が準備されていた。
小さな本棚には新品の漫画が並ぶ。もちろんすべてわたしの好きな漫画だ。
幼き頃の黒歴史のお陰で、圭はわたしの漫画の好みを熟知している。
当時の私は、読みたい漫画は圭の家の財力を頼りに全部買わせていた。
そうして集めらた漫画は圭の子供部屋にも収まらない膨大な量となり、わたしセレクションの漫画部屋がひとつ作られたほど。
クラスが離れ、すっかり自分の悪事を忘れてたわたしは、成長して久しぶりに圭の家に遊びに来た時、その漫画部屋を見せられ圭ママにスライディング土下座した。
しかしここは九条家。
「まぁまぁ!見事な動きねぇ麻実ちゃん。ダンスでも始めたの?」
と圭ママに笑われ、必死に謝罪するわたしに「気にすることないのよ、私もあの部屋の漫画読んでるから」と微笑まれた。以来、わたしは圭ママに頭が上がらない。
今でも新刊が発売されると、こうしてホイホイ釣られて圭の家に呼ばれる口実となっている。
「はぁ・・・みっくん恰好いい・・・」
わたしの大好きな青春ラブコメ「恋して☆バルーン」に出てくる、ヒロインの彼氏がみっくんだ。
明るくクラスの人気者の彼には、幼い頃の辛い記憶があり、周りの人に本当の心の内を明かさない。
そんな彼を、不器用だけど真っ直ぐな主人公が、何度も振られながら少しづつ彼の心に近づき、想いを伝えていく。紆余曲折を経て気持ちが通じた二人の、甘酸っぱい学園生活の描写がもう!理想すぎるのよ!
人気者のみっくんの彼女となった主人公に、ライバルやみっくんの取り巻きは攻撃的になるんだけど、それをスマートに助けるの。この「王子様登場シーン」に惚れない女子はいないでしょう!
よくある定形パターンでいいの!この「最後は幸せ♡」な感じがたまらないのよ。安心して最後まで読めるし。
「麻実は本当にそーゆー漫画好きだよなぁ」
「いいでしょ、ほっといて」
そう。漫画の中だからこの「王道幸せパターン」が実現するのだ。
自分には到底実現不可能だって分かっているから、漫画の中で夢をみるの。
現実のわたしを見たまえ。
目の前には超美形の超お金持ち。幼馴染でご近所さん。さらに相手はわたしにかまってくる。
それだけ見れば少女漫画によくある王道パターンですよ。
でもね。現実は辛いの!
クラスで仲間外れにされ、親しい女友達が一人もおらず、独りでも大丈夫!なんて気丈にふるまえる小3なんてそうそういない。
王子様が助けてくれる? 漫画のようにタイミングよく登場するわけないでしょ!
たとえ王子様に助けられても、周りの視線が辛いのよ。その場から逃げたくなるのよ。
そんな惨めな気持ちを味わうくらいなら、ひっそりと静かに暮らしたい。
みんなから怖い目で見られたくない。これ以上嫌われたくない。
そんなトラウマがあるわけです。
さらに原因が自分のせいだって分かっているから、もうどうしようもない。
「じゃあ、僕が麻実のみっくんになるよ」
ほらね。こうやってこやつは言うわけですよ。
でもまったく心がときめかないの。
麻痺したみたいに何にも感じない。
いっそのこと、もっとわたしがずる賢く計算出来たりしたら、圭ともうまく付き合えてたかもしれない。
もっともっと大人になったら、お金さえあればって思えたのかもしれない。
でも、今はそんなことが考えられない。
圭が何を考えて今もわたしにかまってくるのかとか、そーゆーことも何も考えたくない。
圭の気持ちを、知りたくない。
「はぁ?何言ってんのバカ圭」
そういって今日もわたしは誤魔化すんだ。
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