この手に抱くぬくもりは

R

文字の大きさ
12 / 49
紅茶の香りと沈黙

12話 届かぬ願い

しおりを挟む
それから、月日が流れた。

季節はすっかり巡り、別館の窓から見える木々も新たな芽吹きを迎えていた。
そして――ついに、その日が訪れた。

産婆や医師、補佐のメイドたちなど、何人もの人間が別館に集まっていた。
男のオメガの出産は、母体にも胎児にも大きな負担がかかる。
そのため、ルシアンの周囲にはこれまでにないほど多くの人がいた。

けれど、それでも――
ルシアンの胸の奥は、不安でいっぱいだった。

(この子は……無事に生まれてきてくれるのだろうか)
(私は……生きて、この子を抱けるのだろうか)

脂汗を浮かべながら、彼は必死に痛みに耐えていた。
幾度となく襲う陣痛に、握りしめたシーツが爪の跡で破れそうになるほど、全身がこわばる。

意識が飛びそうになるたび、歯を食いしばって叫び、涙を流し、血を吐くような苦しみに、心が折れそうになる。

――それでも。

(この子だけは……この子だけは、どうか無事で)

そう祈り続けて、数時間。
ついに、甲高い産声が部屋いっぱいに響きわたった。

「おめでとうございます、元気な……!」

その言葉を聞いた瞬間、ルシアンの全身から力が抜けていった。

(よかった……)

唇が震え、頬に一筋の涙が伝った――その直後。

彼の身体はふっと沈むように力を失い、意識が闇へと沈んでいく。

「ルシアン様!?」「意識が――!」

誰かの叫ぶ声が遠くなっていく。
嬉しさと安堵の中で、ルシアンは静かに気を失った。

***

目を開けると、天井がにじんでいた。
ぼんやりとした視界のなか、息を吸うたびに肺がきしむような痛みがあった。

枕元には、セシリアが静かに座っていた。

「……赤ちゃん……」

かすれた声が喉からこぼれた。
それは、息というよりも“願い”だった。

「……私の赤ちゃんは……」

震える手をシーツの上に伸ばしながら、ルシアンは必死に声を絞り出した。

だが――

セシリアは無表情のまま、静かに、言葉を落とした。

「……お子様には、会わせられないと……そう、ご命令です」

その一言で、世界が音を立てて崩れた。

「……そんな……っ」

胸が軋む。息が詰まり、心臓を掴まれたような痛みが走る。

(私は――あんなに痛みに耐えて、この命を産んだのに)
(この手で、抱きしめたかったのに……名前を、呼びたかったのに……)

「なぜ……どうして……っ……!」

シーツを握りしめながら、ルシアンは嗚咽を押し殺し、涙をこぼした。
頬を伝う涙は止まらず、静かに枕を濡らしていく。

セシリアは何も言わなかった。
ただ、淡々と何も言わずに、部屋を後にする。

――レオニスは、来なかった。
産んでも、会いにも来なかった。
この命が、どれだけの祈りと痛みの果てに生まれたかなど、何も知らないままに。

ルシアンは、ひとり。
ベッドの上で、静かに、静かに泣き続けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

無自覚オメガとオメガ嫌いの上司

蒼井梨音
BL
ベータとして生きてきた無自覚オメガの小国直樹は、オメガ嫌いの白鷹課長のいる部署に異動になった。 ビクビクしながら、なるべく関わらないように仕事をしてたのに、 ペアを組んでいた先輩が倒れてしまい、課長がサポートすることに。 そして、なぜか課長にキスされてしまい…?? 無自覚オメガ→小国直樹(24) オメガ嫌いの上司→白鷹迅(28)アルファ 第一部・完 お読みいただき、ありがとうございました。 第二部 白鷹課長と一緒に住むことになった直樹。 プロジェクトのこととか、新しくできた友だちの啓さんのこととか。 相変わらず、直樹は無自覚に迅さんに甘えています。 第三部 入籍した直樹は、今度は結婚式がしたくなりました。 第四部 入籍したものの、まだ番になってない直樹と迅さん。 直樹が取引先のアルファに目をつけられて…… ※続きもいずれ更新します。お待ちください。 直樹のイラスト、描いてもらいました。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

奇跡に祝福を

善奈美
BL
 家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。 ※不定期更新になります。

起きたらオメガバースの世界になっていました

さくら優
BL
眞野新はテレビのニュースを見て驚愕する。当たり前のように報道される同性同士の芸能人の結婚。飛び交うα、Ωといった言葉。どうして、なんで急にオメガバースの世界になってしまったのか。 しかもその夜、誘われていた合コンに行くと、そこにいたのは女の子ではなくイケメンαのグループで――。

黒獅子の愛でる花

なこ
BL
レノアール伯爵家次男のサフィアは、伯爵家の中でもとりわけ浮いた存在だ。 中性的で神秘的なその美しさには、誰しもが息を呑んだ。 深い碧眼はどこか憂いを帯びており、見る者を惑わすと言う。 サフィアは密かに、幼馴染の侯爵家三男リヒトと将来を誓い合っていた。 しかし、その誓いを信じて疑うこともなかったサフィアとは裏腹に、リヒトは公爵家へ婿入りしてしまう。 毎日のように愛を囁き続けてきたリヒトの裏切り行為に、サフィアは困惑する。  そんなある日、複雑な想いを抱えて過ごすサフィアの元に、幼い王太子の世話係を打診する知らせが届く。 王太子は、黒獅子と呼ばれ、前国王を王座から引きずり降ろした現王と、その幼馴染である王妃との一人息子だ。 王妃は現在、病で療養中だという。 幼い王太子と、黒獅子の王、王妃の住まう王城で、サフィアはこれまで知ることのなかった様々な感情と直面する。 サフィアと黒獅子の王ライは、二人を取り巻く愛憎の渦に巻き込まれながらも、密かにゆっくりと心を通わせていくが…

前世が悪女の男は誰にも会いたくない

イケのタコ
BL
※注意 BLであり前世が女性です ーーーやってしまった。 『もういい。お前の顔は見たくない』 旦那様から罵声は一度も吐かれる事はなく、静かに拒絶された。 前世は椿という名の悪女だったが普通の男子高校生として生活を送る赤橋 新(あかはし あらた)は、二度とそんのような事ないように、心を改めて清く生きようとしていた しかし、前世からの因縁か、運命か。前世の時に結婚していた男、雪久(ゆきひさ)とどうしても会ってしまう その運命を受け入れれば、待っているの惨めな人生だと確信した赤橋は雪久からどうにか逃げる事に決める 頑張って運命を回避しようとする話です

春風の香

梅川 ノン
BL
 名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。  母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。  そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。  雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。  自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。  雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。  3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。  オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。    番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

処理中です...