怪物コルロルの一生

秋月 みろく

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■笑顔を持たないリーススと、笑顔を盗まれたレーニス

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 背後からの声。太い木の幹みたいに、しっかりした大人の男の声だった。あたし達はそちらへ顔を向ける。男が1人、草原を背に立っていた。荷物で膨れた大きなリュックを背負い、旅の途中、という様子だ。

「ちょうど良かった。姪っ子への誕生日プレゼントを探してたんだ」、男は軽快に話し出す。「でも誕生日ってやつは毎年やってくる。いつも絵本やぬいぐるみじゃつまらないだろう? ちょっと変わったプレゼントを探してたんだ」

 背が高く、たくましい体つきのその男は、こちらへ真っ直ぐ寄ってきて、手配書を剥がして眺めた。

「いいねえ、金のどんぐり。最高のプレゼントになりそうだ」

 凛々しい眉が持ち上がる。目鼻立ちがはっきりした顔で、にっと笑えば、健康な白い歯が、ピアノの鍵盤みたいに並んでいた。誰かの笑った顔というのは、それだけで新鮮だった。モノクロな景色に、太陽だけ黄色く塗ったみたい。すごく存在感がある。

「でも実物が見たいな。見せてもらえる?」

「それならここに」

 ズボンのポケットから取り出し、手を広げる。ころり、と金色のどんぐりが、手のひらの真ん中に鎮座する。彼はどんぐりを指でつまみ、太陽の光にかざすと、満足そうに笑って頷いた。

「いいじゃないか! 思ったよりずっといいよ! コルロルを殺せば、これを一升もらえるんだな?」

「ええ。いいわよ。一升でも二升でも」

「二升はないわ」、後ろでリーススが言う。

「ただ、殺す前に少しだけ話をしてみたいの」

「話し?」、彼は苦笑した。「バケモノが人の言葉を話すのか?」

「話すわ。話すし、笑うのよ」

 あの時のコルロルの顔が、憎々しく頭に焼き付いている。やつは獰猛な虎のような金色の目と、尖った牙を持っていた。今にも食いかかってきそうな恐ろしい顔をしているけど、笑った顔はまるで人間みたいで、あのアンバランスな笑顔を思い出さない日はなかった。

「分かったよ。君がいいと言うまでは殺さない」、男は手を差し出した。「俺はライアン。よろしくな」

 あたしは彼の顔を見たあとで、差し出された手を見下ろした。ドン、後ろからリーススが小突く。「握手よ。彼の手を握って、笑顔で名乗るの」

 分かってる。それくらいのこと、あたしだって分かってる。ただ、うまく笑えるかなって、心配になっただけよ。この人の笑顔が眩しいから、少し萎縮してしまっただけ。

「あたしはレーニス。こっちは姉のリーススよ」

「よく似ているね」、笑顔がどうこうよりも、あたしたちの顔が似ていることに彼の意識は向いてくれたようだ。

「双子なの」

「そうなんだ」

「レーニス、ちょっといい?」

 あたしの腕を引くと、リーススは「準備をするから」とライアンに告げて家へ入った。

「なに? 準備は万端よ」、剣と矢筒を背負い、弓矢を持つ自分を見せつけるように両腕を広げる。 

「私はまだなの」

「リーススも行くの?」

「あなた、人の話し聞いてないの? 今日は父さんの親戚に会いに行く日でしょ?」

 ぱちぱち。瞬きを二回。言われても思い出せないくらい、すっかり忘れていた。

「……そうだった」

「覚えてないんでしょ。父さんが亡くなってもう一年。こんな人里離れた場所に私たちだけで住んでるのは心配だから、一緒に住まないかって言われてるの」

「へえ?」

「それで、今日は顔合わせみたいなものなんだけど……どんぐり、持ってくるように言われてるの」

 棚の上に置いてある一升瓶に、彼女の視線が動く。瓶には金色に輝くどんぐりが詰まり、窓から差し込む四角い光の中で佇んでいる。


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