怪物コルロルの一生

秋月 みろく

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■笑顔を持たないリーススと、笑顔を盗まれたレーニス

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「なんで?」

「知らないわよ。小さい頃に会ったことある人なんだけど、覚えてる? お腹がでかくて、髭の長い……私たち、7才くらいだったかな」

 ちら、とこちらを見るリーススの目は、なんだかちょっと不安げで、でも観察してるような奥行があった。その人には、覚えがある。

「たしか、同い年くらいの子供がいたよね。男の子の。コルロ……やつに会うちょっと前くらいに遊びに行ったんだっけ? けっこう広い家だったような」

「覚えてるの?」、リーススは目を大きくする。

「覚えてるよ。つまらなかったよね、あの時」

「ええ、そうね」

「父さんたちばっかり喋ってて、ガルパスおじさんだっけ? すごい大声で喋るんだよね。すぐ近くにいるのにさ。あたしたちはすることもなくて、隣に座ってるだけだった」

「その通りよ。よく覚えてるじゃない」

 リーススは準備途中のバッグにタオルや着替えを放っていく。

「あの人、ライアンが本当にコルロルを殺しちゃったらどうするの? どんぐりあげないといけないじゃない」

「なんでこのどんぐり人気なの? ライアンといい、おじさんといい。本物の金ってわけでもないんでしょ?」

「本物ならこんな暮らししてないわ。それと、マニュアル本は持った?」

「……覚えてるからいい」

「ダメよ。ライアンも一緒に行くなら必要だし、おじさんのところに行ってからは、もっと必要よ」

 マニュアル本というのは、感情を盗まれた際に父がつくってくれたものだ。感情を盗まれて、日常生活で最も困ったのは、人への反応だった。

 例えば、眉目秀麗な男性に、ダンスに誘われたとき。嬉しいとは感じないから、あたしは笑わないしダンスにも応じないと思うんだけど、それじゃあダメだってことで、起こりうるあらゆる場面に応じ、人への対応をすべてマニュアル化した本が、マニュアル本だ。

 ダンスに誘われた例でマニュアルを引用してみると、『にっこりと微笑み、差し出された手に自分の手を重ねる』が正解とされている。こんな例と回答が何百何千……当然マニュアル本にはそれなりの厚みがあるが、ほぼ暗記している。

 はい、とマニュアル本を押し付けられる。

「おじさんの前では、くれぐれも言動に注意してね。とくにコルロルを仕留めに行くとか、感情を盗まれたとか、あのバケモノに関する話題は避けること。それと、あなたからいくつかの感情が失われているとしても、理にかなった人間らしい対応を心がけて」、リーススは櫛と髪飾りを手にとった。「後ろ向いて。どこが準備できてるの? 髪ボサボサじゃない」

 髪をとかれながら、あたしはマニュアル本を見下ろす。

「これってさ」、渋い赤色の革カバーの表紙を開き、ぱらぱらとページをめくる。「書くのにどれくらい時間かかったんだろうね?」

「あなたには感謝の気持ちもないの?」

「嬉しくなくても、感謝ってできるものなの?」

 最後に、左側の髪を耳にかけ、そこに髪飾りが付けられる。リーススは呆れた顔をして、自分の髪にも髪飾りをつけた。あたしとお揃いの髪飾りだ。あたし達がお揃いにしているのは、この髪飾りだけだった。

 双子だと、よく髪型や服装を同じものに揃えるらしいけど、あたし達はバラバラだ。リーススは髪を長く伸ばし、上品なスカートを身につけることを好んだが、あたしは動きやすいズボンを履いて、髪は肩につかないくらいに切りそろえている。あたし達が身に付けるもので一緒なのは、この髪飾りだけだった。

 リーススは荷物を持つと、最後にどんぐりの一升瓶を手に取り、念を押すように言った。

「いい? これはライアンに渡せないわよ。おじさんへの手土産なの」

 バッグに瓶をしまい、彼女は出て行く。ドアが閉まってしまう前に、あたしも外へ出た。



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