助けたご令嬢に惚れられた〜非モテ親父の何処がいいんだ?〜

水河忍

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おっさん、綾華の浴衣姿を見る

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 茶室の外から叩きつけるような雨音が響いてくる。
 窓は障子で仕切られているため、外の様子は分からないが雨はまだまだ止みそうにない。
 雨雲のせいで外が薄暗く障子のせいで採光性も悪いが、茶室特有の間接照明のせいで部屋は暖色に包まれていた。

 浴衣に着替えた綾華は和風美人という装いだった。
 濡れた髪は後ろで高く留めて白いうなじが見え、巻いた帯が綾華の細いくびれを強調している。
 特に華美な浴衣でもないのに清楚な雰囲気を醸し出せるのは、生まれ持った気品のせいかな。

 対して俺の浴衣姿はお世辞にも良いとは言えない。
 出っ張ている腹のせいでスマートには見えず、温泉上がりの親父感が満載だった。
 だが、綾華はそんな俺を「よくお似合いですわ」と褒めてくれた。

 それが本音なのかお世辞なのか、十中八九お世辞だろう。

 綺麗な浴衣姿の綾華を前にすれば、大抵の男は気が気ではなく、狭い茶室という空間もあり昼ドラ真っ青な行動を起こしていたかもしれない。
 二十代の俺だったら間違いなく変な勘違い真っしぐらの行動を起こしていたかもしれない。
 だが、四十のおっさんともなれば欲より保身が先に来るし、年の差が大きく恋愛感情も無い綾華を前にすれば尚更だ。

 そんな俺の心の内をよそに綾華は笑顔を向けてきた。

「若宮様、温かいお茶でもいかかですか」
「雨で体冷えたしもらおうか」
「かしこまりました。ご用意いたしますので、少々お待ちください」

 棚から茶器セットを取り出した綾華は手早く畳の上にセットした。

「えっと、まさか茶道?」
「えぇ、今から抹茶をたてますのでお待ちくださいませ」

 いや、そんな時間のかかりそうな物より、ポットでサクッと沸かしてインスタントの粉茶で十分なんですが……
 さすがに、そんな内心を出すのも失礼だろうと思い意識を切り替える。

「凄いな、茶道の心得あるの?」
「はい、おばあ様やお母様から習いましたし、学校でも初等部の必修科目でしたわ」

 マジか、ということは白菊女学園の生徒は小学生の頃から茶道を習うのか。
 俺が小学生の頃なんてお茶なんて苦いからコーラ飲みたいってゴネて、じいちゃんにゲンコツ喰らってたぞ。
 なんつーか、やっぱ世界が違うねお嬢様たちは。

 浴衣であぐらをかくわけにもいかず正座をし、電熱窯でんねつがまに茶釜を置き湯を沸かす綾華を見つめていた。
 茶釜の熱が部屋を暖めてくれて、雨で若干冷えてしまった体にはありがたい。
 電熱だから時間がかかると思いきや、特注の電熱器なのか、ほどなく茶釜のお湯が沸騰し始めた。

 電熱窯を切り茶釜のフタを厚手の角布巾でつまんで外し、柄杓ひしゃくで抹茶茶碗にお湯を注ぎ、軽く回転させ脇の箱にお湯を捨てた。
 茶碗を帛紗ふくさで拭いて、再び茶釜から若干冷めたお湯を茶碗に注いだ。
 茶杓ちゃしゃくで茶入れから抹茶の粉をすくって茶碗に入れ、茶筅ちゃせんで優しく手早くかきまぜた。

 流れるような一連の所作から、素人目にも綾華の修得の高さが分かった。
 一朝一夕で身に着くような動作じゃない。
 目の前に出された抹茶茶碗からは、抹茶の良い香りが漂ってきた。

 えっと、これからどうすればいいんだろう。
 茶道の心得なんて全くない俺は固まるしかなかった。
 こんな事なら、ばあちゃんが茶道の話をしてくれた時に真面目に聞いておくんだった。

「あの、抹茶はお嫌いですの?」

 固まっている俺を訝しんだのか、綾華が心配そうに覗き込んできた。
 ……どうしよう、茶道のことが分からないんて恥ずかしくて言えない。
 口ごもっていると綾華が気づいた様に言ってきた。

「そうでした。茶菓子をお出ししていませんでしたわ。気が利かなくて失礼いたしました」

 慌てて綾華が立ち上がった綾華だったが、数歩もいかないうちにヨロけて転び、浴衣からのぞく足がプルプルしており、しばらく動かない。
 どうしたのかと思い、慌てて駆け寄ると俺の視線から逃れる様に顔をそむける。
 何故か耳まで真っ赤だが、先ほどの立ち振る舞いから熱があるようには見えなかった。

 あー、ひょっとしてこれはアレか?

「……えっと、ひょっとして足が痺れた?」
「……はい。はしたなくて申し訳ありません」
「ぷっ」 

 綾華の健気な返事に思わず吹き出してしまったのが失敗だった。
 本気で笑われたと思ったのか、俺の方を向いた綾華の眼が若干涙ぐんできた。 
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