誰彼時ノ隘路ニ

とりい とうか

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赤の記憶 四

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 はっ、と我に返る。私は……私は、そう、鏡野 有子。隣にいるのは、幼なじみの豊島 恵一。二人でいつの間にか全く見覚えのない学校に連れて来られていて、ここはどこなのか、どうやったら出られるのか、それを調べるために校舎の中を歩いている……その、はずだ。

「えぇ、と。恵一、今、どこに行こうとしてたんだっけ?」
「え? あぁ、それを決めようって話だよ。俺としては四階かなって思ったけど」

 ダメだ、四階には絶対に行ってはいけない。

「でも、外に出るなら一階じゃない?」
「一階の正面玄関は閉まってたって」
「だって、私たちの学校だって、裏口とか非常口とかあったじゃない」
「あ、そっか……確かに、そっちは見てなかった、かも」

 私は、私の直感に従って言葉を続ける。

「それに、上の階から外に出るなんて、非常口か窓ぐらいしかないわ」
「窓は……いや、まぁ、うん」
「非常口は普段閉まってるし、その鍵を開けようと思ったらどうしたって鍵を探さなきゃだし」
「う、うん?」

 恵一が、戸惑っているかのように眉をひそめた。私自身も、何でこんなに必死なのかわからない。わからないけど、ここだけは譲ってはいけない気がする。何が何でも、上に行ってはいけないと。

「鍵がある所って言ったらきっと職員室で、職員室って一階よね?」
「あ、あー、確かに一階に職員室ってあったけど、そこも鍵が閉まってて」
「じゃあ宿直室とか、校長室は?」
「その二つは見てないな……」

 訝しげに私を見つめる恵一の腕を握って、階段があると思われる方向へと引っ張る。早く下に行かないと、上に行っちゃいけない、上に行ったら……。

「じゃあ、下の階から探しましょ」
「あ、あぁ、うん」


 上に行ったら、死んでしまう。何の根拠もないのに、私ははっきりとそう感じていた。


 一階には、職員室も宿直室も校長室もあったけれど、恵一が言っていたように鍵がかかっている。ならばと非常口に向かってみたけれど、結果は同じだった。いや、こちらは鍵がかかっていると言うよりは、扉の形をした壁のように思える。ドアノブは回るし、鍵穴もついているけれど、ぴたりと壁に密着して隙間も見えない。

「どうしよう……鍵さえあれば、外に出られるかもしれないのに」
「他に鍵がありそうな場所、なぁ……」
「恵一、部室の鍵とかってどこから取ってたの?」
「基本職員室だなー……たまに、顧問の先生から直接もらってたけど」
「顧問の先生から?」
「うん、職員室に行ってなかったら、もらいに行くんだ」
「……ねぇ」
「ん?」
「もしかして、空き教室の机の中とかにないかしら?」
「机の中?」

 顧問の先生はもちろん、ここには私たち以外の人はいない。いや、いるかもしれないけれど、少なくともここに来るまで人の気配はなかった。けれど、これまでも誰もいなかったということはないだろう。学校は学校として使われることを前提に建てられるものだし、この校舎は一目見ただけでも相当古いものだろうと思える。

「机の中に置き去りにしてるかもってこと」
「確かに、今まで教室の中は見ても、机の中までは見てなかったなぁ」
「じゃあ、今空いてる教室の机の中を探してみましょう」
「そうだな……それくらいしか、やれそうなこともないし」

 こうして、私たちは来た道を戻っていった。



 三階に上がった途端、雰囲気が違うと感じた。それは恵一も同じだったようで、体を震わせつつ私の前に立つ。

「有子は俺の後ろからついて来て」
「え?」
「何か、さっきと違う。有子は女の子だし、俺は何かあっても何とか出来るから」

 そう言って、私を庇いながら進み始める恵一。私は素直に、その言葉に従うことにした。私がいた教室の机をくまなく調べてみたものの、特に収穫はなくて。隣の教室も同じように二人で見回ったけれど、やっぱり何もなかった。そして、階段を挟んでその向こう側にある教室を見て。

「ここは開かな……あれ?」

 恵一が何かを言いかけて、ぽかんと口を開ける。全開になっている扉を前に、首を傾げている。

「さっきは、開かなかったんだけど……」
「鍵がかかってたの?」
「だと、思うんだけど……少なくとも、開いてなかったと思う」

 おかしいな、と言いつつ入り口から教室の中を覗く恵一。私はその後ろから、同じように教室を覗き込んだ。教室の中は薄暗くて、はっきりとは見えない。恵一がライトをかざしていても、ここから全体を見通すことは難しいようだった。

「……どうする、入る?」
「俺が先に入るから、有子はここにいて」

 とっさに反論しようとしたら、恵一の顔が間近にあった。びっくりして黙り込むと、恵一は優しく微笑んだ。

「俺なら大丈夫だから、な?」
「でも……」
「大丈夫、有子を危ない目に遭わせる訳にはいかないんだから」

 そう言われて、私は、小さく頷いた。

「わかった……でも、気をつけて、怪我しないでね」
「あぁ、大丈夫。ありがとう」

 ぽんぽんと頭を撫でられて、そんな場合じゃないってわかってるのに顔が赤くなる。恵一はそんな私を見て、面白そうに笑ってから、教室の中へと踏み込んでいった。ライトが教室の中を照らして、机と、窓と、黒板と……見た所、他の教室と同じような感じらしい。

「恵一、どう?」
「暗い以外は特に何もない、かな? 他の教室と一緒みたいだ」
「じゃあ、私もそっちに行って、一緒に机の中とか、探した方がいい?」

 そう聞くと、恵一は少し悩んだようだった。そして、頷いたらしい。

「あぁ、頼んでもいい?」
「わかったわ、じゃあ今からそっちに」



 視界がぶれる。



 何が起きたか、わからない。



 最期に聞こえたのは、見えたのは。












 地響きと、蟻地獄みたいに崩れ落ちる教室で。
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