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赤の記憶 十
しおりを挟む『お前、何で■したのに■きてンだよ?』
そんな、声が聞こえた気がした。
……私、私は、有子。高校二年生で、忘れ物をして、放課後、学校で、気絶して、気づいたらここにいて。ここは廃校、罠だらけ、周りは樹海、逃げられない。
それでも、学校の中で死ぬよりは……死ぬ? 何で? だってここには私を殺そうとしている何かがたくさんいて……ここは初めての場所なのに? わからない、あたまがいたい。
立ち上がる、右足は痛くない。ただ、吐き気と頭痛があるだけ。四年四組の、左から三番目、前から四番目の机に私の鞄がある。一旦中身を全部出して、いくつかを入れ直す。
廊下を横切る懐中電灯を見過ごして、その後に続く足音もやり過ごす。最初に向かうべきは職員室で、玄関前は通らずに南側非常口を使った。
外で鳴る音は気にしなくていいから、一階の非常口前で靴と靴下を脱ぐ。ガラスの欠片や落とし物を踏んでしまうリスクはあるけれど、音を立てるリスクとは比べるまでもない。
ぺたり、ざらり、廊下とそこに溜まっている砂埃を足の裏に感じながら進む……開け、と思いながら職員室の扉をスライドさせた。ちかちかと点滅を繰り返す照明に、目を細める。
マスターキーは大きく分けて三種類、普通教室の扉用、特殊教室の扉用、その他用。鍵束を持ち歩くよりこちらを持って行った方がいい、けれど……他にもいくつかピックアップして、鞄に放り込む。
「……あぁ、そうね」
遠くで聞こえた悲鳴、あれは多分恵一の断末魔。この時間なら二階、首を落とされたのだろう……そう、それは仕方のないこと、だって「恵一」だって私を殺した……殺した? 私は生きているのに、どういうこと? わからない、あたまがいたい、われるように。
そのまま職員室を出て、宿直室に向かう。今ならここは無人だ、押し入れを開けて、その上段に詰め込まれていた「私」の死体からリボンとお守りを取り上げる。ガリガリに痩せ細った、骨と皮ばかりの骸、その唇を割り開き、舌を見てみた……スポンジみたいな、舌だった肉塊。
あぁそうだ、一応……「知って」はいるけれど、知っておかなければ。私は押し入れの下段から薄汚れたスクラップブックを取り出した。複数の男子学生に乱暴されて殺された、斎藤舞という名の少女の新聞記事。それから、彼女の父親が引き起こした、連続殺人事件の記録。
それらにざっと目を通してから、髪をまとめて、リボンで結び、お守りは首からかける。これで一度は、逃げられるだろう。あまり長居して鉢合わせしてもよくない。私は宿直室から出て、次に理科室に向かった。
どうだろう、タイミングは間違っていないはずだけれど。理科室の扉の前で準備を済ませてからしばらく待っていると、「私」の悲鳴が聞こえてきた。す、と息を吸って、大声で叫ぶ。
「右の扉を蹴り上げなさい!」
がたん、と大きく揺れて開く扉。そこから出てきた祐樹は、ぎょっとした顔をする。それはそうだ、ついさっきまで追い詰めていて、泣きながら逃げ出したはずの「私」が、正面切って彫刻刀を振りかぶっていたのだから。
狙うは眼球。背丈も力も敵わない私が、祐樹を殺すにはまず弱らせる必要がある。幸い、一発目で片目を潰すことができた。呻き声を上げて顔を押さえる祐樹の、今度は耳の穴を狙う。けれど祐樹も無抵抗ではなく、大きく振られた手が私の頬を張り、一瞬意識が飛びそうになった。
「……ッ!!」
この程度の痛みが何だ、「私」はもっと痛かった。「私」はもっと苦しかった。「私」はもっと、辛かった!! 私を押さえつけようと伸ばされた祐樹の手を思い切り刺して、もう一本の彫刻刀を持って全体重をかけて押し倒す。
お前だけは、ここで殺しておかなければならない。大義名分はできている。だって、「私」は殺された。だから、私はお前を殺す。何度も、何度も、首に、顔に、胸に、見える箇所全部、動かなくなるまで、刺し続ける。
……そうして、祐樹がぴくりとも動かなくなってから、私は立ち上がった。置いていた鞄からタオルを取り出して、返り血を拭う。気持ち悪い、気持ち悪い、でも、「私」みたいに殺されるよりはマシだ。吐き出した唾にも、血が混ざっていた。
恵一と祐樹を殺したから、後は尚君だ。彼は警戒心が強いから、意図的に罠にかける方法は使えない。やるなら出会い頭か、警戒が緩んだタイミングで……どうして? あたまがわれる、いたい、くるしい、つらい。
非常口から外に出る前に、靴下と靴を履き直す。足の裏にこびりついた砂埃が気持ち悪いけれど、外では靴がない方が危ない。かつん、かつん、と高い音を立てながら、プールへと向かう。
「あなたは……」
プールサイドにいた尚君が、私の姿を見て絶句している。あぁ、しまったな、服についた返り血はそのままだったっけ? でももうこうなってしまったからには、尚君にも死んでもらわなきゃ……。
「久し振りね、さようなら」
突き飛ばす。このプールには人間を溺れさせる何かがいるから、尚君はすぐに死んでしまうだろう。悲しいけれど、だってしかたがないじゃない、「わたし」をころしたのだから。
案の定、澱んだプールの中に潜んでいた何かが立ち上がろうとしていた尚君の足をつかんで引き込んだ。ぼこぼこと水面が泡立って、すぐに、静かになる。
あぁ、これで、これで!! わたしはもう、にんげんにころされることはない!! ぜーんぶ、ころしてしまった、ころしてあげた、ころした!!
あっははは、と笑い声が漏れる。いい気分、あはははは、殺した、殺した、殺してあげた!! 私は「私」を助けてあげた!! 安心なさい、もう「私」を殺そうとする人間はいなくなったのだから!!
だから、次は、「私」たちにこんな馬鹿なことを繰り返させている、「お前」を殺してあげるからね?
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