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十四章 フェッチ
五
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宮廷魔法使いたちがどこで働いているかといえば、宮廷である。確かに戦争があれば戦場へ行くし、必要があれば帝国内のどこへでも赴くが、基本的には宮廷内で魔法の研究を進めるのが彼等の仕事であった。
だがしかし、彼等にそう簡単に会えるかといえば話が違ってくる。彼等は文字通り時を刻みながら働いている。それもそのはず、他国の宮廷魔法使いといえば稀少かつ強力な魔法を使えるが故に尊ばれ時に大きな権力さえ持てるものだが、この帝国では強力な魔法使いであることが前提条件となる。
そこから宮廷魔法使いという地位を確立し、維持するためには気が狂いそうな、血の滲むような、そんな努力が必要となるのだ。だからこそ、帝国の宮廷魔法使いは魔法使いだらけのこの国においても尊ばれている。
そんな怖い人間の巣窟に放り込まれたオレって可哀想じゃない?
なんてことを思いつつ、ノーイは歩を進めた。擦れ違う人間たちが、自分を見ては怪訝そうな顔をする。だがしかし、首から下げた装飾の、宝玉に刻まれた紋様を見て納得したように目を逸らす。その紋様は、皇帝ソロモンの許しを得ていることを示すものだ。
本音を言うと今すぐむしり取って放り投げたいのだが、それをすることによるあれこれが嫌で大人しくしている。進めば進むほどげんなりしつつ、ノーイが辿り着いたのは応接室めいた場所だ。おざなりに扉を叩けば、お入りください、と侍女らしき女の声がする。
扉を開いた先にいたのは、二人の女。想像した通りの侍女と、宮廷魔法使いの制服ともいえる砂色の装備を纏った少女。その髪が僅かに虹の色を帯びたのを見て、ノーイの表情がどんどん萎れていく。
少女の名は、イリス。帝国に数ある公爵家の令嬢、だった者。皇帝の第二十七子と婚約し、それを破棄され、皇帝に反旗を翻した一族の中でただ一人、家族を鏖殺されてなお皇帝への恭順の意を示したため生き延びた少女。
「アンタが……あっすまん、えーと……」
「構いませんよ。今の私はイリス、ただのイリスです。彼女は……皇帝陛下が私につけた、監視のようなものなので」
侍女を指してそう言うイリスと、その言葉に微塵も揺らがない侍女。ノーイはぽりぽりと頬を掻き、無作法ですまん、と再び謝った。
「で、だ。フェッチから話は……いや、アイツから直接聞いてはないか? アイツ、肝心な所は全然話さないから……」
「フェッチ様より、私とロンウェー様……いえ、第二十七子様の婚約破棄について、貴方に話すようにと」
「それオレが聞いていないな? 面会の約束取りつけたってだけしか」
不服そうにそう言ってやると、イリスはきょとんとした後、少しだけ笑った。年相応の笑みに、ちょっとは気も解れたかとノーイも笑顔を浮かべてみせる。
「まぁ、話は聞きたいけど無理にって訳でもないんだ。アンタ……じゃねぇや、イリスさんが話せる範囲で、あの婚約破棄について教えてほしい」
「そうですね……最初は、何の問題もありませんでした。政略結婚でしたが、あのお方は私に対して優しかった。けれど、何回かお会いする内に、段々と……」
「変わっていった?」
「はい。私を見ると……汚らわしいものを見たような、そんな態度を取られるようになって……何か粗相をしてしまったのかとお聞きしても、君は悪くないと……そして、あの日……」
そこでイリスは言葉を切り、何かを呑み込むように目を閉じ、深く息を吸った。
「あのお方は、私を、怖がっていた。けれど、婚約破棄を宣言された時に、こうも仰られたのです。「君は悪くない、僕が悪いんだ、ごめん」と……」
ノーイは頭の中で婚約破棄という状況について考える。普通、相手のことが嫌いになったとか、相手のことが憎くなったとか、そういう負の感情から成される行為。だというのに、その第二十七子とやらは、自分が悪いと言い切った。その上、地位的な所は正直判らないが、皇帝の子であるにも関わらず謝罪までしたという。
「……なぁ、アンタ」
ふと、ノーイは思いついて声を上げた。イリスが首を傾げたのを見て、違う違うと手を振る。ノーイが声をかけたのは、彼女ではなくその隣にいる侍女の方だ。
「アンタは、婚約破棄の詳細について知ってたか? さっきの……第二十七子様が謝ったって話とか」
「……いいえ、それは初耳でした」
侍女が訝しげに、しかし嘘をついている様子はなく答える。ノーイは彼女とたわいない話をしつつ、踵を二度、静かに床に打ちつけた。その、影から、するりと何かが抜け出していったが、それを見ていた者はいなかった。
だがしかし、彼等にそう簡単に会えるかといえば話が違ってくる。彼等は文字通り時を刻みながら働いている。それもそのはず、他国の宮廷魔法使いといえば稀少かつ強力な魔法を使えるが故に尊ばれ時に大きな権力さえ持てるものだが、この帝国では強力な魔法使いであることが前提条件となる。
そこから宮廷魔法使いという地位を確立し、維持するためには気が狂いそうな、血の滲むような、そんな努力が必要となるのだ。だからこそ、帝国の宮廷魔法使いは魔法使いだらけのこの国においても尊ばれている。
そんな怖い人間の巣窟に放り込まれたオレって可哀想じゃない?
なんてことを思いつつ、ノーイは歩を進めた。擦れ違う人間たちが、自分を見ては怪訝そうな顔をする。だがしかし、首から下げた装飾の、宝玉に刻まれた紋様を見て納得したように目を逸らす。その紋様は、皇帝ソロモンの許しを得ていることを示すものだ。
本音を言うと今すぐむしり取って放り投げたいのだが、それをすることによるあれこれが嫌で大人しくしている。進めば進むほどげんなりしつつ、ノーイが辿り着いたのは応接室めいた場所だ。おざなりに扉を叩けば、お入りください、と侍女らしき女の声がする。
扉を開いた先にいたのは、二人の女。想像した通りの侍女と、宮廷魔法使いの制服ともいえる砂色の装備を纏った少女。その髪が僅かに虹の色を帯びたのを見て、ノーイの表情がどんどん萎れていく。
少女の名は、イリス。帝国に数ある公爵家の令嬢、だった者。皇帝の第二十七子と婚約し、それを破棄され、皇帝に反旗を翻した一族の中でただ一人、家族を鏖殺されてなお皇帝への恭順の意を示したため生き延びた少女。
「アンタが……あっすまん、えーと……」
「構いませんよ。今の私はイリス、ただのイリスです。彼女は……皇帝陛下が私につけた、監視のようなものなので」
侍女を指してそう言うイリスと、その言葉に微塵も揺らがない侍女。ノーイはぽりぽりと頬を掻き、無作法ですまん、と再び謝った。
「で、だ。フェッチから話は……いや、アイツから直接聞いてはないか? アイツ、肝心な所は全然話さないから……」
「フェッチ様より、私とロンウェー様……いえ、第二十七子様の婚約破棄について、貴方に話すようにと」
「それオレが聞いていないな? 面会の約束取りつけたってだけしか」
不服そうにそう言ってやると、イリスはきょとんとした後、少しだけ笑った。年相応の笑みに、ちょっとは気も解れたかとノーイも笑顔を浮かべてみせる。
「まぁ、話は聞きたいけど無理にって訳でもないんだ。アンタ……じゃねぇや、イリスさんが話せる範囲で、あの婚約破棄について教えてほしい」
「そうですね……最初は、何の問題もありませんでした。政略結婚でしたが、あのお方は私に対して優しかった。けれど、何回かお会いする内に、段々と……」
「変わっていった?」
「はい。私を見ると……汚らわしいものを見たような、そんな態度を取られるようになって……何か粗相をしてしまったのかとお聞きしても、君は悪くないと……そして、あの日……」
そこでイリスは言葉を切り、何かを呑み込むように目を閉じ、深く息を吸った。
「あのお方は、私を、怖がっていた。けれど、婚約破棄を宣言された時に、こうも仰られたのです。「君は悪くない、僕が悪いんだ、ごめん」と……」
ノーイは頭の中で婚約破棄という状況について考える。普通、相手のことが嫌いになったとか、相手のことが憎くなったとか、そういう負の感情から成される行為。だというのに、その第二十七子とやらは、自分が悪いと言い切った。その上、地位的な所は正直判らないが、皇帝の子であるにも関わらず謝罪までしたという。
「……なぁ、アンタ」
ふと、ノーイは思いついて声を上げた。イリスが首を傾げたのを見て、違う違うと手を振る。ノーイが声をかけたのは、彼女ではなくその隣にいる侍女の方だ。
「アンタは、婚約破棄の詳細について知ってたか? さっきの……第二十七子様が謝ったって話とか」
「……いいえ、それは初耳でした」
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