80日間宇宙一周

田代剛大

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第一章 脱出速度――Escape velocity

6日目

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その日は雨だった。

天気などに関わらず、ライトは昨日と同じように機体を丘に運び出し、飛行を試みようとしていた。

丘の上は強い風が吹いていた。

ミグが、整備をするライトの頭上に、はためく傘を広げ、声をかけた。

「なあ、今日はやめておいたほうがいいんじゃないのか?風も強いし・・・」

ライトは笑った。

「風で飛行機は飛ぶんやろ。」

「で、でも・・・向かい風だし・・・」

「レンチとって」

「あ、はい・・・」

ミグは工具箱をあさった。

「あんた、変わってるな。向かい風に向かって鳥や飛行機は空に飛び立つんやで?」

「それは何かの比喩だろう?」

レンチを渡しながらミグ。

「ぜんぜん。これは航空力学の基礎や。」

そう言うとライトは機体の方に向き直り、ミグから渡されたレンチでナットを締め直した。

「・・・なあ世の中って上手く出来とると思わへんか?
乗り越えるべき壁がないと人は自由にはなれへんねやな」

雨粒がミグの額から頬を流れ落ちる。

「・・・だからお前は決して諦めないんだな・・・」

「逆になんでここで諦める?こんなの発明やってりゃよくあることやって」

ライトは念入りにプロペラ付近を点検し、カウルを戻した。

「クラックなし。今日はいけそうや。」

――いや、今日もいけないんだ。とミグは心の中でつぶやいた。

今日私が細工した箇所は、プロペラではないからだ。

ミグは彼が気の毒になってきた。

彼はまるで鳥かごに閉じ込められた鳥だ。

空を目指して羽ばたいては、かごにぶつかって落ちていく。

「それにしてもごめんな~お前には期待ばっかさせて・・・
でも今度こそ絶対地球に連れてってやるからな!」

ミグはたまらなくなってきた。

もともと彼女は嘘をつくことが苦手だし、こんなことやっても遅かれ早かれライトにバレてしまうに違いない。

――どうしよう・・・いっそライトに本当のことを言ってしまうか・・・

だが、それはピカール卿に対する裏切り行為を意味する。

さらにライトの心も傷つけるに違いない。彼は自分のことを少しも疑わず信じてくれているというのに――

ミグがそうやって悩んでいる間に、ライトは愛機のコックピットに乗り込もうとしていた。

「そんじゃテスト飛行いってくるわ。あんたは離れててくれ。」

ライトがハッチを閉める。

「待って・・・!」

ミグがそう言った時には、すでにプロペラは回転し、機体は動き出していた。

宇宙船に近づこうとするミグに突風が襲いかかった。

たまらずミグは後ずさり、瞼を閉じた。



彼女が再び目を開けると、ライトフライヤー号は離陸に成功していた。

――離陸した・・・?

ミグは我が目をうたがった。

つまり自分の裏工作は失敗したのだ。

彼女が外したネジは、多分、洗濯機の取り付けネジか何かだったのだろう。

これでピカールからのボーナスはなくなってしまったが、不思議と彼女の心は清々しかった。

頭上を気持ちよく飛んでいくライトフライヤー号をミグは見つめ続けた。

小さな宇宙船は、ぐんぐんと速度を上げ、その様子はまるで、冥王星と地球を隔てる厚い雲を彼が切り裂こうとしているようだった。

――よかったんだ。これで・・・

その時、ライトの機体が突然、姿勢制御を失い、大きくロールした。

彼女があっと思ったときには、左の主翼がきしみフラップがへし折れ、くるくる回って墜落しだした。

ライトフライヤー号は、そのまま地上に勢いよく叩きつけられ、紙の箱を踏み潰したようにぐしゃぐしゃになった。

そしてボンという爆発音と共に火が上がった。

ミグは傘を放り投げ、墜落したライトフライヤー号に必死で駆け寄り、コックピットからライトを引きずり出した。

体中にいくらか軽いやけどを負ったが、彼女は彼を助け出すので夢中だった。

ライトを宇宙船から離れた地面に横たわらせて、必死に呼びかける。

「ライト!ライト!大丈夫か!」

ライトはゆっくりと目を開けた。そして力なく微笑んだ。

「いや~すまんすまん・・・ちょっと焦っちまった・・・」

「よかった・・・」

雨に濡れて泥だらけになったミグは、まだはあはあと息を切らせている。

ショックで呼吸が安定しない。

「あんたはオレの命の恩人や・・・」

――違う。

ミグは涙をこらえた。

鳥かごの鳥は彼じゃない――私だ。

星に縛られ、行きたいところにすら行けない、鎖につながれた哀れな鳥。

もうこんなことはできない。

彼女がやるべきことは決まっていた。



4時間後、ミグはピカールのオフィスにいた。

依頼されたライトに対する妨害行為を正式に断るためだった。

思い返せば、責任感の強いミグは、与えられた任務を途中で投げ出すようなことは一度もなかった。

しかし、この裏工作だけは自分には無理だった。

小惑星を相手にするならともかく、今回の相手は生きた人間なのだ。

多数の利益のために機械的に排除していいようなものではない。

「彼が図面を引いた、ライトフライヤー号の核融合パルスロケットですが・・・」

窓からノーチラス号の組み立てを眺めながら、ピカールは切り出した。

「正直開発に行き詰っています。差し押さえた設計図だけではノーチラス号の応用には不十分なのです。あそこには書かれていない、核融合を効率よく起こすタネがなにかあるはずだ」

ミグは直立不動の姿勢を保ったまま、科学者の話を黙って聞いていた。

「そこでロケットのサンプルがどうしても欲しい・・・彼は?」

「奇跡的にも、軽いやけどと打撲で済みました。」

と、ミグ。

「いや、そうじゃなくて、彼は今はどこへ?」

「病院です・・・精密検査のため入院することになっています。」

「それはしたり。あなたもなかなか悪い人だ。」

ライトが愛機から離れたことを、ピカールは純粋に喜んだ。

「つまり、ライトフライヤー号からロケットエンジンを拝借する絶好の機会というわけですね。」

ミグは静かに言った。

「やってもらえますか?」

ミグは意を決して答えた。

「お断りします。もう協力はできません・・・」

「なぜ?」

と、ピカール。

「こ、これは犯罪です・・・」

「ははは・・・それはあの男だ。
お忘れですか?最初にあなたの屋敷を破壊し罪を犯したのは彼だ・・・
技術を盗用されても文句はないでしょう?」

――それは違う。

報告書にも書いたが、ライトが私の屋敷に墜落したのは、小惑星の解体に巻き込まれたからだ。

それは作業前にレーダーをよく確認しなかった私たちの落ち度だ。

ピカール卿だってそれは知っているはずなのに・・・

「私は・・・私はもう彼を犯罪者だとは思ってません・・・!」

ミグがそう言うと、ピカールはオフィスに武装した兵士を呼んだ。

兵士は、ミグのこめかみに銃を突きつけた。



――まずいことになった。

ミグは、自分の相手が功利主義を標榜する冥王星の政府だということを忘れていた。

こうなるのは当然の結果だった。

冥王星の全てを賭けたノーチラス号の開発に失敗は許されないからだ。

「チオルコフスカヤさん。私はね、ノーチラス号を完成させるためならどんな手段だって厭わない。
もちろん、こんな脅しがあなたに通用しないのは知ってます。
あなたは死を恐れないからだ。」

――確かに自分はいつ死んでも、取るに足らない人間だと思っていた。

私たち軍人は、自分たちが国家の捨て駒だという現実を知った上で、入隊している。

自分がここで殺されて、ライトが自由になるならそれでもいい。

だが――

「あなたの同居人に危害が加えられたら?」

と、ピカール。

――やっぱりだ。

彼らはいつもそういう手段を取る。

銃を突きつけられたミグは、反射的に体中の筋肉に力を入れた。

そして脳をフル回転させた。

どうすればいい?

銃を突きつけた兵士が言った。

「あいつのロケットを持って来い伍長。断れば強制的にあの男を計画に参加させる・・・」

――そして役目が終わったら、きっと彼らはライトを口封じに消してしまうだろう。

ミグはピカールに楯突いたことを激しく後悔した。

もっとなあなあに誤魔化していれば、事態はここまで悪化しなかった。

それに、長いことこの星に滞在していたら、ライトも気まぐれを起こしてノーチラス号の開発に協力していたかもしれない。

私はなんてバカなことを――

「あなたも軍人ならば、この星の科学の発展に尽くすべきだと思いませんか?」

ピカールの問いかけに、ミグは黙って頷くことしかできなかった。



その夜ミグは、ピカールがよこした輸送班にガレージの場所を教えた。

「さて、ちゃっちゃとやっちゃいますか」

ヘルメットの作業主任がスタッフに声をかけた。

スタッフは手際よく、彼のボロボロの機体からエンジンを外し、ノーチラス号の組立工場へ運んでいった。

あとには抜け殻のようになった、ライトフライヤー号の機体が転がっているだけだった。

ミグは反省した。

――やっぱり私の今まで生き方は間違っていなかったのだ。

私は軍人なのだ。

疑問を抱かずに命令に従っていればそれでいい。

所詮ライトは、私とは違う世界の人間であり、どう考えても彼と一緒に地球になんか行けるわけがなかったのだ。

夢は現実にならないから夢なんだ。

ライトが退院して、エンジンが無くなった自分の機体を見たとき、彼はどんな反応をするのだろう。

私にとって両親と過ごした屋敷がかけがえのない財産であるように、ライトにとってはこのライトフライヤー号が人生そのものだったとしたら・・・?

気がつくと、彼女は誰もいないガレージで膝をついていた。
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