80日間宇宙一周

田代剛大

文字の大きさ
14 / 81
第二章 希望の海――Sea of hope

15日目①

しおりを挟む
プラトーオブファーイーストのとある海域で、私は一隻の商船を軍艦から救い出した。

我々がハシゴを付け船内に乗り込むと、その商船は金、銀、財宝の代わりに、遠い異国から強制的に連れてこられた黒人奴隷たちを運んでいたことがわかった。

私は、彼らにこう言った。

「これで諸君らは自由である。これからの人生好きに生きるがよい。
もし諸君の中に冒険を望む者がいるならば、我が船に乗船したまえ。
家族として受け入れよう。
海賊船の中ではすべてが平等だ」

そして私に新たな仲間が加わることになった。

                        ――『海賊黒ひげの冒険』第4章



「お前一体一日に何度風呂入れば気が済むねん~!」

リンドバーグ号の船内に備えられたユニットバスのドアの前で、ライトが怒鳴った。

「ちょっと待っててくれよ。貴族というのはいつでも清潔でなければ・・・」

冥王星人のミグが、シャワーを浴びながらライトの抗議に応えた。

宇宙空間を進むリンドバーグ号では、この手の小競り合いは日常茶飯事だった。

いくら相手が気に食わなくても、宇宙船の外へ追い出すわけにはいかないし、自分が出ていくこともできない。

この小さな船の中で生活を共にするしかないのだ。

運命共同体といってもいい。

しかし共同生活というのはなかなか難しい。

ミグとライトは世代が違う。

種族が違う。

そしてなにより、性別が違う・・・

「お前なあ、風呂なんて三日に一度くらいでええんや。
つーかな、お前がユニットバスを占拠しとるからこちとらションベンもできんのじゃ~!
入るで!」

ライトがドアに手をかける。

ミグは慌ててバスローブを羽織った。

――なんてデリカシーのないやつだ!私の屋敷で共同生活した時も、何度も念を押したはずだ。
私の裸を見たらただじゃおかない、と。

「やめろ!き・・・貴様、の、のぞいたら絶対殺すからな!!
私の裸を見たものは必ずひと月以内に死んでいる・・・!
いいかね、これは脅しではない・・・」

「嘘つけコラ~!」

二分ほど経って、バスルームを不当に占拠した冥王星人が、清潔になって姿を見せた。

「待たせたな」

そのホカホカして満足げな表情が、尿意と戦い続けたライトの神経を逆なでしたが、今はトイレに駆け込むのが先決だ。

「あとで絶対シバイたるからな!」

ミグはのんきに所さんの鼻歌を歌って、冷蔵庫から缶ビールを取り出しコックピットに戻った。

「♫どうか~どうか~ご心配なく~」

缶ビールのプルを持ち上げ、何気なくコックピットのレーダーに目をやる。

レーダーは赤く明滅し、大型宇宙戦艦の影を捉えていた。



「ライト!ライト!!」

ミグがトイレのドアを叩く。

「さっき入ったばっかやんけ~~!!」とライト。

「いや、違う!ノーチラス号だ!」

トイレから出てきたライトがヘッドセットをつけてコックピットに座る。

「間違いないのか?」

「ああ・・・質量から見て間違いない」

ミグが頷く。

「どうやら静止しているようやな。ここはどこや?海王星か?」

「・・・海王星・・・」

ミグの表情が変わった。

20年前――彼女の両親が、解体に失敗した小惑星が衝突したのが海王星なのだ。

これにより海王星の環境は深刻なダメージを受け、その傷跡は今なお深く残っている。

冥王星とエッジワースカイパーベルトの周辺宙域しか知らないミグは、当然海王星には行ったことがない。

さらに言えば、海王星の惨状をその目で見るのに抵抗があったのだ。

海王星がこうなったのは、お前の両親の責任だぞ――

そう訴えられるようで、怖かった。

でも・・・

「ミグ、ノーチラス号を止めるチャンスやぞ」

「ああ、わかってる・・・いこうライト」

ミグは、覚悟を決めた。

たとえ嫌なことから目をそらしても、自分の過去は変えられないのだ。

だったらそれを受け入れて、今自分ができることをやるしかない・・・

過去は変えられないが、未来は変えられる――そう信じて。

リンドバーグ号はノーチラス号の方へ進路を変えた。

ミグは思った。

――なぜ敵は、海王星に向かったのだろう?

彼らの目的は地球を攻撃することだ。

ならば、他の惑星に冥王星でのテロが伝わる前に、地球へ一気に進撃するのが合理的だ。

しかし、現にノーチラス号は、海王星に停泊をしている。

となると、ノーチラス号にはどうしても海王星に寄らなければならない理由があることになる。

地球を攻撃する上で、絶対になくてはならないものが、この星にはあるのか?

だとしたら、それはなんだ?



リンドバーグ号がレーダー反応を辿って、問題の地点に向かうと、巨大な宇宙戦艦が海王星付近の宇宙空間に浮いているのが分かった。

「あれやな・・・ミグどうする?」

「気づかれないように出来るだけ接近して・・・おいライト・・・
ノーチラス号ってこんなデザインだったか?」

リンドバーグ号のモニターには、ニュースで見た船首が尖った宇宙戦艦ではなく、無骨でにぶそうな貨物輸送船が映っていた。

ノーチラス号とほとんど同じ大きさの超巨大なコンテナ船だ――

「あんたがノーチラス号って言ったんやないか」

ライトが肩をすくめた。

「おかしいなあ、確かにこの星にノーチラス号が・・・」

「向こうも軍事兵器や、ステルス機能とかあるんちゃうんか?」

「だとしても、ステルス素材は電波を吸収できる波長域が厚さによって決まっているんだ。
それに、あの規模の巨大な船は大量のエネルギーをジェットから噴射するから、熱源を追えばある程度捕捉できるし、向こうだってレーダー管制で飛行している以上、こちらの受信機にも引っかかる。
でも信号は消えた」

これは潜水艦のソナーと一緒だ。

空中や宇宙では電波を飛ばしていたのが、水中では音波(音は水中のほうが空気中よりも4倍速く伝わる)になるだけで、原理自体はさほど変わらない。

こちらが発生させた波を対象物にぶつけて、その跳ね返ってきた波を解析するのが通常のレーダーや、アクティブソナー(ただこの方法では、相手にも自分の所在を伝えてしまうことになる)であり、対象物が発生させる波を静かに待ち構えるのがESMやパッシブソナーだ。

「となると、答えは簡単や。レーダーを切って雲の中に隠れたんや」

雲や水蒸気はレーダーを吸収し、散乱させるのだ。

今日のレーダーの技術は、オートメーション化によってある程度は誰でも扱えるようになったが、実はオペレーターの経験が大きく物を言う。

宇宙の旅が長いからといって、ライトは別に宇宙戦争をしてきたわけじゃない。

そしてノーチラス号には、軍隊上がりのプロのオペレーターがたくさんいる。

ライトから盗用した核融合パルスロケットが宇宙最速のエンジンであると思っている彼らも、その地位に安心して油断をするほど、愚かではない。

きっと冥王星が、懲りずに他の手を打ってくるに違いないと警戒していることだろう。

だが、まさかこんな小さな民間機が、パルスロケットよりも性能のいいエンジンをあっという間に完成させて、自分たちを追いかけてきているとは思うまい――



「あれ、レッドシグナルや」

ライトがモニターの表示を指差した。

「レッドシグナル?」

「宇宙船間の救難信号や。あのコンテナ船、なんかトラブっているらしいで」

「確かに動いていないもんな・・・君は機械に強いから見てやったらどうだ?」

「え~めんどいわ~・・・宙域警備隊に通報だけしとけばええんちゃう?」

「お前冷たいなあ・・・」

「面倒事に巻き込まれるのはゴメンなんやって。
きっとあの中、エイリアンが繁殖してるで」

ライトは、くだらないことを言った。

「そうか、じゃあ君は船で待っててくれ。私が様子を見に行ってくるから」

そう言うと、ミグは操縦桿を傾け、リンドバーグ号をコンテナ船に接近させた。

ライトはため息をついた。

「ほんまお人よしやなあ・・・」

ライトはいまいち乗り気ではないようだった。



コンテナ船に近づくにつれ、その巨大さと異様さにミグも警戒感を感じた。

――なにかがおかしい。

にぶそうな民間船だと思っていたものは、手当たり次第改造され、船尾にはターボチャージャーが、それに積荷の陰でよくわからなかったが、甲板にはガントリークレーンの隣に物騒な高射砲が取り付けられていた。

現代のコンテナ船はここまで武装しているものなのか?

すると、だしぬけにコンテナ船のブリッジが灯していた赤い光はブラックライトに変わった。

それを見たライトは慌ててミグから操縦桿を奪った。

「え?」

「あかんな、これは・・・宇宙海賊や!」

――海賊!?

海賊ってあのでかい帽子かぶって片腕がフックで、肩にオウム乗せた・・・

ライトがリンドバーグ号を急旋回させ、コンテナ船から愛機を遠ざけようとした。

しかし時すでに遅し、コンテナ船の側面の装甲が変形し、数え切れないほどの砲身が顔を覗かせた。

それはつまりリンドバーグ号が、海賊船の有効射程圏内に入ってしまったことを意味する。

「シートベルトつけてろ!」

海賊船の船首がこちらに向き直り、カタパルトから中型の補助艦艇を吐き出した。

補助艦艇は、さらに小さなスペースボートを発進させ、そのコックピットでは、傍若無人の悪漢たちが狂気の笑みを浮かべているのが、モニター越しにも見て取れた。

なんか、すごい楽しそうだった。

「あかんぞ、めっちゃヒャッハー言うとるやん!」

と、ライト。

「海賊なんて現代に実在するのか!?」

と、シートベルトを締めながらミグ。

「なんだか知らんが最近また増えてきたんや」

「どうする?戦うか?」

「逃げるが勝ちや!」

あんな艦隊に、二人乗りの民間機が敵うはずがない。

そもそも宇宙海賊とは、向う見ずな喧嘩好きなどではなく、かつては商船や海軍で働いていた、元船乗りがとても多い。つまり星の海での荒事のプロなのだ。

彼らは、高圧的で暴力的な船長や上官に、安い給料で散々こき使われた。

その復讐も兼ねて、非合法にカタギの商船を襲撃するのだ。

その際に、かつての上司に会ったら、海賊たちは大喜び、相手の船長は絶望的だ。

生きながら体を切り刻まれて、自分の商船の部下に料理として出されるか、無傷のままピストルと僅かな銃弾だけ持たされ、無人島に置き去りにされてしまう。

それに忌々しい海賊が、海軍の警備が緩むタイミングをうまい具合に狙って掠奪活動を繰り返しているのも、メンバーに元軍人がいるからだ。

だから、海王星の当局は海賊たちを完全には取り締まれない。

そもそも、海王星は隕石の衝突で、海賊どころか、無政府状態になりかけたのだ。海賊に構っている余裕などない。

宇宙に海賊が増えてきた理由は、まあそんなところだ。



ライトは機体を加速させ、追いすがる海賊船から逃れようとした。

しかし、想像以上に海賊船のスピードは速い。

もしかしたら、表で流通していない高性能のロケットエンジンを、積んでいるのかもしれない。

海賊船が、巨大な砲身を前後にスライドさせながら、こちらに向かって砲撃を開始した。

ラウンドショットの丸い砲弾が、リンドバーグ号のそばを通り過ぎていく。

これはあくまでも脅しだ。

もしこんな砲弾が当たったら、収奪すべき獲物は、木っ端微塵に吹き飛んでしまう。

だが、これ以上逃げ回ると、当てないとも限らない――

そういう警告も、最初の一発は兼ねていた。

海賊たちは、抵抗する者には容赦がない。

海賊に捕まった人間には、全面降伏か死しかないのだ。

それを象徴するのが、あの恐ろしいブラックライト。

海賊を攻撃したものには決して慈悲を与えないというメッセージなのだ。

この合理的なシンボルで、海賊たちはほとんど戦うこともなく、平和的に略奪を成し遂げることができた。

彼らはビジネスマンだったのだ。



ライトは隣のミグに怒鳴った。

「海王星に逃げこむで!宇宙空間じゃ捕捉され放題や!」

そう言うと、機体を急降下させ海王星にリンドバーグ号を突っ込ませた。

ミグは自分の体が、海王星の重力にどんどん引き寄せられていくのを感じながら、納得がいった。

――そうか、ノーチラス号が雲に隠れたのは、こういう理由があったのか。

ライトは神業とも言える操縦で、追手の攻撃をかわして、大気圏に突入した。

視界は薄いベージュ色の雲にすっかりと覆われ、背後の敵は見えなくなった。

もちろん海賊の方もこちらの位置はわからないだろう。

しかし海賊たちは、手当たり次第に視界の悪い雲の中で攻撃を続けた。

発射された船舶捕獲用のロケットワイヤーが自分たちの仲間に当たっても、お構いなしといった感じだ。

「あいつらしつこいなあ!」

「彼らは何故こんな小さくてボロい船を執拗に狙うんだ?」

ミグはつい率直な疑問を口に出してしまった。

「喧嘩売ってんのか」

「すまん」

「ええか、連中は転売屋や」

ライトは説明した。

「なんだそれ?」

「連中の目的は船の積荷ちゃうんねん。
縄張りに入った宇宙船を見境なく奪って、それを行商して売りさばくんや。
中古の宇宙船やけど闇のルートだから格安で宇宙船が買える」

――なるほど・・・でも・・・

「それは転売って言わないぞ・・・」

――だって、買い取ったものを、さらに売りに出すのが転売だから。

「じゃあなに?」

「ええと・・・やっぱ海賊?」

「とにかく連中にとってこの船は商品やから、手荒な真似はせんやろ・・・」

ライトがそう言った途端、いつの間にか機体の真横に接近していたスペースボートが、こちらに向けて機銃を掃射した。

ライトは機体をロールさせて、それをかわした。

銃弾が雲の海に当たる。

「でも撃ってきたぞ!!」

コックピットのセーフティバーをしっかり握りしめながらミグ。

強化アクリルガラスの向こうでは、海賊たちが笑いながら銃座をこちらに向けている。

将来の売り物が壊れようとも全く気にしていないようだった。

「ということは連中は転売屋じゃなくてジャンク屋かな?」

ライトがそう言って、リンドバーグ号の速度を急に落として、左に舵を切った。

「なんだそれ?」

リンドバーグ号の横にいたスペースボートは、突然ベージュのもやから現れた剣のような岩壁にそのままに勢いよくぶつかった。

リンドバーグ号がさらに高度を落とすと、もやが晴れて視界が開けてきた。

どうやらここは氷河の侵食作用によって出来たU字谷・・・フィヨルド地帯のようだ。

ライトは続けた。

「宇宙船を破壊解体して使えるパーツごとに売りさばくんや。連中の目当てはおそらく、このラムジェットエンジンやろうな」

「は~なるほど・・・さすがいろんな星を回っているだけあってなんでも知ってるなあ・・・」

ミグは感心した。

「いや~・・・ってだからやばいんやって!!」

再び飛んできた銃弾をスレスレでよけるリンドバーグ号。

あちらも半ばムキになっているようだ。

これではキリがない。

ミグがシートベルトを外して立ち上がった。

「なんか武器はないのか?」

ライトに尋ねる。

彼は考え込んだ。

「オイラは民間船やからな、あ、“あれ”があるで・・・!」

「“あれ”?」



海賊船のブリッジでは、新人海賊がブリッジ中央に座る我らがリーダー「キャプテン・ロジャー」に現状を報告しているところだった。

「お頭、あの船ちっこくてボロいくせにチョコマカこざかしいっすね」

新人がそう言うと、キャプテン・ロジャーは、海賊稼業の基本を彼に教えた。

「いいか新人。そうやって船の性能を観察し、売り付ける時の煽り文句にするのだ。
この場合のキャッチコピーは?」

「小回りが利く・・・?」

と、新人。

「違う!パパパパパッソプチプチプチトヨタだ!!」

(関係ないじゃん・・・)

海賊船の中では、常にこういったくだらないやり取りが、想像以上にフラットな関係の上で行われていた。

――階級社会なぞ、くそくらえ。

もともと海賊たちは、カタギの世界の厳しいヒエラルキーに嫌気が差し、パージしてきたような連中だ。

だから船長の地位が他の船員に比べて、別段高いというわけではなかった。

お宝の取り分も、通常の船員の二倍程度だったし(商船では船長は船員の8倍近くの報酬を得た)、船長というポジションですら(王権神授説などとぬかした王室とは違い)、公平に選挙で選ばれていたのだ。

だからあまりに横暴な船長は、船員たちがリコールすることもできるし、船長の権限も成文化された憲法(!)――“海賊の掟”によって明確に決められていた。

それによると、船長がその強権を発動できるのは戦闘中の指揮だけであり、例えば船内のルールに基づいて船員たちの取り締まりを行うのは、船長ではなく操舵手であった。

なんと海賊船は権力が分立され、民主化されていたのだ。

この海賊船クラーケン号の主、キャプテン・ロジャーは、海王星でも特に有名な大海賊で、宇宙海賊四天王の一人に数えられる。

ロジャーの仕事はとにかく手際がよく、海賊たちに莫大な報酬を分配した。

さらに福利厚生もしっかりしていて、船員たちが仕事で病気やケガをした場合は、その度合いに応じて見舞金が(ケースによっては生涯)支払われた。

そんなわけで、ロジャーは任期四年の海賊船の船長を五期も勤めている。

ロジャーは自分のシンボルである、漆黒のあごひげをさすりながら、ブリッジのスクリ-ンを眺めた。

スクリーンには、ちょこまか雲の海を逃げ回る小さな宇宙船――今日の獲物が映っていた。

「船体はとにかく、あのごつい星間エンジンは高く売れるぞ、キロ当たり1200アースドルってところだな」

「そりゃすげえや!」

ブリッジに歓声が上がる。

海賊たちは、小さくて単価が高い獲物が大好きなのだ。

「いいか!撃墜させても構わん、エンジンを奪うのだ!グレイプショット(散弾砲弾)準備!」

「グレイプショット入ります!」

すると、飛行を続ける小さな宇宙船のハッチが開いて、中から背の高い女が現れた。

凛々しい顔つきだが、かなりの上玉だ。あの雪のような肌の色は冥王星人かな。

海賊の掟にはこういうものがある。女性に対しては常に紳士的であれ。

海賊たちが攻撃を中断し、スクリーンを凝視する。

「キャプテンどうしますか?」

「白旗を上げるんじゃないか?」

と、ロジャー。

背の高い女は腰をかがめると、船内からなにかでかいものを取り出した。

そしてこちらを向いた。肩に担がれたそれは――

ロジャーが怒鳴った。

「やべえ!全機散開だ!」



ミグは追いすがる海賊船に、隕石解体用のEM銃をぶっぱなした。

弾丸が翼に直撃した補助艦艇は、くるくる回って墜落した。

海賊船の母艦のブリッジは大騒ぎになった。

「キーちゃんの船が被弾!」

「撃墜だ~~~!」

「アニキ~~!」

「なんで民間機にあんな高性能兵器がのってるんだ!?」

と、甲板長。

「やばい船なんじゃ・・・」

これは、新人だ。

ロジャーがニヤリと笑った。

「面白い、あの銃もいただけ~!」

「ヒャッハ――ー!!」



リンドバーグ号を追う海賊船から、自動追尾型の空対空ロケット砲が飛び出た。

「なんか事態が悪化したんちゃうんか・・・?」

頭上のハッチにいるミグにライトが呼びかけた。

「仕方ない、敵を殲滅する」

ミグは2発目の銃弾を装填していた。

目が戦場の兵士のそれになっている。

「冥王星の軍人の発想、怖い怖い怖い!!」

ついにリンドバーグ号、海賊船団の双方で激しい戦闘が始まった。

数の論理で言えば、リンドバーグ号が圧倒的に不利なのだが、リンドバーグ号はどの海賊船よりも小回りが効く上にとても小さかった。

フィヨルドの狭く、複雑な形の入江も、この小型機に味方した。

それとは逆に、海賊船はそれよりもずっと大きく、射撃の的としてはミグには大きすぎるくらいだった。

よって、取るに足らない民間機――リンドバーグ号は意外な善戦を見せた。



「ライト!12時方向から敵機が3!増援だ!」

コックピットで操縦をするライトに、軍人モードのミグが指示を出した。

「12時方向ってどっちやねん!?前?後ろ?右?左?上?下?」

海賊船のミサイルにEM銃を当てて、相殺しながらミグが叫ぶ。

「北だ!」

そしてみたび弾丸を装填する。

隕石解体用のEM銃は、海賊船を退けるほどの威力で、まさに強力無比であったが、そもそもこのように使う道具ではないので、連射ができなかった。

一方キャプテン・ロジャー率いる海賊船は、下手なミサイル数撃ちゃ当たる・・・の理屈で、こちらを物量作戦的にねじ伏せようとしてきた。

「内2機がAAM1!残りがAAM2!IRホーミングミサイル!熱源フレア!」

ミグが怒鳴る。

「お前訛りひどいぞ、そろそろ直したほうがええんちゃうんか」

ミグは的確な指示を出したが、ライトは彼女がなんて言っているのか、さっぱり理解できていなかった。

空対空ミサイルの認識コードなんて、よほどのミリタリーマニアでもない限り、民間人は普通知らない。

「ばかやろう!このままじゃやられちゃうぞ!」

ミグが慌ててコックピットに降りてきて、振り向きざまにハッチを閉めた。

リンドバーグ号の善戦も、ここまでのようだった。

敵の火力が激しすぎて、船の外で単射式の銃で応戦していられなくなったのだ。

海賊船の集中砲火をあびるリンドバーグ号。

そして、とどめだと言わんばかりに、海賊船の母艦から巨大なミサイルがリンドバーグ号に向けて発射された。

ミグが叫んだ。

「助けて所さ~ん!」



その刹那――リンドバーグ号を襲ったミサイルは、こちらに到達する前に爆発した。

「待て!・・・味方や!」

ミグがライトが指差すモニターを見ると、リンドバーグ号よりもさらに小さな飛空艇が、海賊船の注意を惹きつけていた。

「見ろ、オレたちを守ってくれてるで」

ドキドキしながらミグが汗を拭った。

「所さん・・・!?」

「ちゃうわ」



海賊たちは新たな敵の出現に当惑していた。

「あれは・・・?」

と、ロジャー。

――これまた小さいのがやってきたな。

「新手です!」

「こしゃくな!あいつもやっつけろ!」

「イーエー!!」

新人がため息をついた。

趣旨が変わってるような・・・



突如出現した小型飛空艇は、美しく旋回して海賊船の攻撃を鮮やかにかわし続けた。

「あのちっこいのやるやないけ!」

と、ライトがワクワクした様子で言った。

――しかし、いくら逃げるのが得意でも、攻撃手段を持ち合わせていない以上、遅かれ早かれやられてしまう・・・

ミグがそう思っていると、小型飛空艇が絶妙なタイミングで、後方にスモッグとジャミング装置をばらまいた。

スモッグの中に突っ込んだ海賊船は、スクリーンが全く使えなくなった。

「前が見えねえ!」

突如ブリッジに警報が鳴り響く。

船員がレーダーを確認すると、自分たちが発射したミサイルがUターンして、こちらに向かってくる。

ジャミング装置でミサイルの誘導装置が誤作動を起こしたのだ。

「げえええええ!」

海賊たちが青ざめる。

ついていないことに、さっき発射したミサイル――陽気なロジャーは、この船で最も破壊力の大きい攻撃兵器だったのだ。

取り乱した船員たちが右往左往するブリッジで、ロジャーは怒鳴った。

「取舵いっぱい!」

だが操舵士は抗議した。

「いや面舵の方が!!」

「バカ、取舵だって!」

「いやこれだけは譲れない、面舵!」

二人が愚かにも舵輪を取り合ったため、結局ミサイルは海賊船の正面を直撃してしまった。

「ぎゃああああああ!」

海賊船の巨大な旗艦の一部が吹っ飛び、よろめいて、隣の一回り小さな補助艦艇にぶつかり、その海賊船がさらに小型のボートにぶつかっていく。

まるでドミノ倒しだ。

「撃退した・・・?」

スモッグの中で海賊船が次々に音を立てて壊れていくのを見て、ミグがつぶやいた。

スモッグから、たった一機で海賊たちを蹴散らした、あの小型飛行艇が出てきた。

だが二人の英雄は、失速し徐々に高度を下げていく。

「おいライト、我々の命の恩人の様子がおかしいぞ」とミグ。

「あららら?」



海の上に飛空艇が着水している。

そのとなりにリンドバーグ号を横付けするライト。

水面に手際よく胴体着陸をさせると、ハッチを開けて顔を出し、飛空艇の方に声をかけた。

「いや~あんたのおかげで助かったわ~」

飛空艇のドアが開き、パイロットが二人に顔を見せた。

「それはよかった・・・」

その声は高く、まだ声変わりをしていなかった。

リンドバーグ号のハッチから今出てきたミグが驚いた。

「え・・・!?子ども??」

「す、すいません・・・」

と、少年は下を向いた。

10歳くらいだ。

それも、とても育ちが良さそうなダークブルーの髪の美少年――

「い、いや謝ることじゃ・・・」

ミグは気まずそうにライトの方を向いた。

ミグは子どもが苦手らしい。

ライトはハッチからよっと飛び降りて、リンドバーグ号の主翼に着地した。

そして主翼をつたい、小型飛空艇の少年の方へ向かった。

「可愛いボーズやな~。とーちゃんとかーちゃんはどうしたんや?」

ルヴェリエの頭を撫でながらライト。

ミグとは逆にライトは子どもが好きそうだ。

というか彼自身がまだ子どもっぽいので、同族って感じなのだろう。

少年はうつむいた。

「それが・・・」

「なんや迷子か」

「ある場所に向かう途中、飛空艇の燃料が切れてしまって・・・」

「ギリギリの燃料であのドッグファイトをしたのか・・・」

リンドバーグ号の機体からミグがつぶやいた。

「ええ・・・」

「は~とんでもないボーズやな~」

そう言うと、ライトが少年の背の高さまでかがんで微笑んだ。

「よっしゃ、助けてくれたよしみや。おっちゃん達がそこまで送ったる」

「いいんですか?」

「ええよな、ミグ?」

「え?あ、ああ・・・構わないけど・・・」

彼の相棒は、少年の飛空艇の側面にペイントされていた紋章を眺めていた。

三叉の矛を持つ海神ポセイドンの紋章・・・

「すまんな、あいつどっかボーッとしてて・・・」

ライトと少年は飛空艇からリンドバーグ号へ主翼を歩いた。

「奥様ですか?」

「うん。オレの第三夫人」

「違う!!」

リンドバーグ号の上からミグが拒否した。

――冗談なのに・・・

と、ライト。

「落ちんようにきいつけや」

ライトは少年を脇の下から持ち上げて、リンドバーグ号の機体の上に乗せた。

そして自分も主翼からジャンプして機体によじ登った。

そして腰を下ろした。

「ふ~、そうや、自己紹介がまだやったな。
オレの名はライト・ケレリトゥス。地球出身。宇宙一の冒険家や。どや、かっこええやろ」

「冒険家・・・?」

と、少年が眉をひそめた。

「で、こいつがツレのミグ。冥王星の・・・」

「え~っと!!ミグです。よろしく・・・」

ミグが慌ててライトの声を遮った。

少年は丁寧な口調で名を名乗った。

「よろしくお願いします。僕はルヴェリエ・・・ルヴェリエ・ネプトゥヌスです」

「やはり・・・」

と、ミグ。

「なんや知り合い?」

ミグの方を向くライト。

「いやいや、いいんだ」

「お世話になります。ライトさん、それに・・・ミグさん」

「どうも・・・」

ミグの表情は一層気まずそうになった。



リンドバーグ号のハッチを開け、船内に降りるミグ。

「いや~しかしこの船って飛空艇だったんだな。

武器はてんでないけれど、そういうところはちゃんと作ってるんだなあ」

ミグが感心していると、続けて船内に降りてきたライトが不穏な一言を放った。

「え?」



リンドバーグの船内は半分が海水に浸かっていた。

「バカ!めちゃくちゃ浸水してるじゃないか!」

ミグが金切り声を上げた。

「ぎゃあああ、すでに廃盤となっている所さんのレコードがあああ!!」

水浸しになったレコードは『奇跡』と書いてあった。

これは、初期のライブアルバムで、このアイテムを中古レコード店で手に入れられたことは、ミグにとっての人生の奇跡だった。

ミグは激しく後悔した。

こんなことならレコードは全て屋敷の金庫にしまっておけばよかった。

「なぜ飛空艇じゃないのに、海の上に着陸した!?」

「いや~・・・助けてくれた彼を見捨てるのは、かわいそうやと思って・・・」

ライトは笑ってごまかそうとした。

「それで共々漂流か!おひとよしも程があるぞ!」

「あんたさっきと言うてることちゃうやんけ・・・」

「我々には太陽系を救う使命があるんだぞ!」

ミグがそう言うと、少年ルヴェリエは反応した。

「・・・え?」

「あ、いやその・・・」

ミグが慌てる。

「別に隠すことでもないやろ、言うたらええやん」

と、ライト。

「一体お二人はどういう方たちなんですか?」

少年は尋ねた。

「あんな、オイラ達は悪いテロリストから太陽系を守ろうとしてるんや。この宇宙最速の船でな」

「そう、水洗いされてとっても綺麗」

ミグは濡れた服をテーブルの上に乗せながら皮肉を言った。

「あのお姉さんは無視して~」

「太陽系を救おうとしているんですか・・・!?」

ルヴェリエの声が大きくなった。

「ああ。な?」

頷くライト。

「それだけは私も彼と同意見です。おいドライヤーは二階だっけ?」

綺麗好きのミグは、船内を掃除するので頭がいっぱいのようだった。

「じゃあ・・・」

少年が口を開いた。

「僕の星を救ってください・・・!!」

ルヴェリエの突然の懇請に、二人は面を食らった。

ただ、まずは船内から水を出すのが先決だ。

「・・・・・。と、とりあえず一階の荷物を上に運んでからでいい?」

と、ライト。

「あ、すいません、なんか・・・」

ルヴェリエが空気を読んで、二人の作業を手伝った。

「いえいえ、助かります・・・」

ミグは、貨物室からポンプを運んできた。



3時間に及んだ排水作業(及び防水対策)が終わると、リンドバーグ号はプロペラをスクリューにして、前後逆に海を進んだ。

さすがに海上からでは、離陸ができないのだ。

今3人は、操縦をオートにして、片付けたばかりのリビングにいる。

少年の話では、テロリストや政府に反逆した軍隊が自分を追っているという話だった。

ルヴェリエから事の顛末を聞いたミグとライトは、幼い少年を慰め元気づけようとした。

「そうか・・・辛かったろうなボーズ・・・
よっしゃボーズの星のことはオレたちに任せとけ、悪いようにはせん。な?」

「ああ。ノーチラス号がこの星に停泊していることもわかったしな」

ルヴェリエが描いた、城を奇襲した宇宙船の絵に目をやりながら、ミグも頷いた。

「ありがとうございます!!」

ルヴェリエが、やっと子どもらしく微笑んだ。

ミグが顎に手を当てて考え込んだ。

「しかし緋色の旅団が海王星の労働者の心も掴んでいたとは・・・クーデターは成功したんですか?」

ルヴェリエは首を振った。

「わかりません・・・クーデターの最中に僕だけ王宮から逃げ出したんです・・・」

「そうでしたか・・・」

「おい」

と、隣のライト。

「なんだよ」

「さっきからなんであんた敬語使ってんねん。オレにはタメ口なのにおかしーやろ」

「バカ!このお方は・・・海王星の王侯貴族だぞ!」

「フンフン、へ~・・・で?」

ライトは、よく分かっていないようだった。

ミグは脱力した。

――思えばこいつは、ハデス天皇にもタメ口だったなあ。

「あ、そうや」

そう言うとライトはダンボールに手を突っ込んだ。

「ボーズ腹減ってるやろ、缶詰食うか?」

「よろしいんですか?」

「だからお前は上流階級に馴れ馴れしいんだよ!!」

ルヴェリエが気を使った。

「いえ、ミグさん気になさらないでください。僕は人生経験の未熟なただの子どもですから・・・」

その口調はどこか傷ついた様子だった。

「しかし・・・失礼ですがルヴェリエ様のご両親は・・・」

「父はいません。母はナイアド・ネプトゥヌス、僕はその次男なんです」



ミグは驚愕した。

――海王星の王子じゃないか・・・!!

「でででっででででででで・・・殿下・・・!」

「ボーズ缶詰開いたで~」

いつもの調子でライト。

「ありがとうございます」

「お前~~~!!この方は女王陛下の・・・」

ミグは動転しながら、ライトの態度を諌めようとした。

その時には、ルヴェリエはすでに、ライトから差し出された缶詰を口に運んでいた。

すると、にわかに、ルヴェリエが怪訝そうな顔をした。

「見ろ!王家のお口にこんなものが合うわけ無いだろう!失礼を・・・!」

「お・・・美味しい・・・!こんな美味しいものがあったなんて・・・!」

ルヴェリエが携帯食料をほおばって顔をほころばせた。

「美味いか!ニャハハ、もっとあるで~」

「え・・・」

ミグがきょとんとした。

「お二人にはなんて感謝をしていいか・・・燃料切れで漂流しかけていた僕を救ってくれた上に、こんなご馳走まで振舞ってくれるなんて・・・」

――どうやらお世辞ではないようだ。

海王星の貴族料理は味付けが質素で、食事は舌ではなくてマナーで味わうと言われているが、本当だったのか?

「お、美味しいですか、王子?」

ミグが恐る恐る聞いた。

「はい!とっても美味しいです!」

「本人がそう言ってるんやからええやん」

と、ライトが勝ち誇ったように言った。

「・・・私、海図で現在地を確認してきます・・・失礼します」

ミグが席から立ち上がってハシゴに手をかけた。

「おう苦しゅうない。行って参れ」

「お前に言ってるんじゃないんだよ。では殿下」

そう言うと、ミグはコックピットに上がっていった。

「あの人・・・僕のこと・・・」

ルヴェリエがミグの様子を見て気まずそうにした。

ライトは、ルヴェリエの肩に手を乗せて笑った。

「ああ、気にすんな、オレん時も会ったばっかりはあんな感じやったから」

「でも怒っていませんか・・・?」

「怒ってないない。ああ見えてあいつ結構のんびり屋でいい奴やから」

屋敷に居候をした際、とんでもないイタズラをしても、ミグは自分を屋敷から追い出さなかったことをライトは知っている。

あまりに低次元で呆れていただけかもしれないけれど。

寂しそうなルヴェリエを見てライトは言った。

「それよりかーちゃんが心配やろ・・・」

「はい・・・でも・・・僕にはやらなきゃいけない事があるんです」

そう言うとルヴェリエは、チョッキからコンパスを取り出した。



緋色の旅団に占拠されたトライデント城の執務室では、ピカールと女王が机をはさんで座っていた。

女王の隣にはアダムス首相とアラゴ、ピカールの隣にはストライカーが立っていて、部屋の周りには武装したテロリストが囲んでいる状況だ。

緋色の旅団は、共産主義化を目論むいわゆる赤色テロリストだ。

彼らがこの星を襲った理由も、階級制度という不平等な社会に対する制裁のためだと思われた。

だが、それだけが全てではなかった。

共産主義革命という大義名分は、海王星の労働者たちを扇動し、テロ攻撃の正当性を彼らにも共有させるためのもので、海王星にやってきた本当の狙いは別にあったのだ。

「お話はわかりました」

と、ナイアド女王が静かに言った。

王室が淹れた紅茶を飲んで、微笑むピカール。

古くから紅茶を嗜む習慣がある海王星の、本場のロイヤルティーを口にして、狡猾な老科学者は満足そうだった。

女王はその落ち着き払った様子を見つめた。

テロ攻撃などなんとも思っていないらしい。

「つまり、惑星連合の議長星、地球を消し去ると・・・」

王室の窓の外には、そのための恐るべき兵器を搭載した戦艦ノーチラス号が浮いていた。

冥王星の退役軍人のナッシュ・ストライカーが口を開いた。

「あんたらも大災害の際、惑星連合には非情な仕打ちをされたわけだろ。
トカゲのしっぽ切りをされたのはオレたちの星、冥王星と変わらねえんじゃないか?」

それを聞いて皇太子のアラゴが笑った。

「それは一理あるね、だがな、そもそもお前らが職務を全うしてオレたちの星に隕石をぶつけなければこんなことにはならなかったんだがな」

冥王星の軍人だった武装テロリスト達がざわめいた。
「なんだと・・・!」

「アラゴ!」女王がひねくれた皇太子を制した。

アラゴの皮肉にピカールは笑った。

「はっはっは・・・皇太子殿下はなかなか言いますな」

女王はピカールの方を向いた。

「それで、私たちがそんなことに賛同すると・・・?」

「ほう、断るおつもりですか」

ピカールはティーカップをソーサーに置いた。

もちろんアラゴも拒否した。

「オレたちにもプライドがあるんだよ、それにお前ら冥王星人がオレは嫌いだ」

「ずいぶん嫌われちまったなあ、先生」

ストライカーが両手を頭の後ろにやり、伸びをした。

「そのようだ」

と、ピカール。

ストライカーはアラゴに顔を近づけて声を押し殺して言った。

「いいかバカ殿下、オレはお前らの星を救うために大小あわせて172の隕石を解体してやったんだ、安い給料でな。
つまりオレが白血病にならなきゃ、てめえの星はこんなもんじゃすまなかったってことだ。ちったあ感謝して欲しいもんだがな」

「じゃあ、あんたみたいなプロがどうしてあの隕石は止められなかった!?」

「・・・最後の最後まで止めようとしたさ、あいつらはな・・・」

ストライカーは胸から下げたドッグタグを触った。

「その話はもうよしましょう。過ぎてしまったことを蒸し返しても仕方がない」

と、女王はたしなめた。

「同感ですな」

ピカールも頷いた。

客観的なデータがすべての冷徹な科学者には、そんなセンチメンタルな話など興味がないのだ。

「で、何が狙いなんです?この星にはあなたがたの欲しいものなど何もありませんよ。
文字通り海だけの見捨てられた星なのですから・・・」

女王はかぶりを振った。

「いいえ・・・我々の計画に重要な物質がこの星にはあります」

ピカールがテーブルの上で指を組ませた。

「放射能か?」

と、アラゴ。

ため息をつくストライカー。

そして口の減らない皇太子に、ドッグタグと共に首から下げたネックレスの小さな鉱物を見せた。

「オレたちが欲しいのはこれだよ」

「ただの石ころじゃねえか」

「仲間の形見なんだけどね・・・」

ピカールが説明した。

「角柱頑火輝石・・・プリズマメテオタイト。
これはストライカー大尉が持ち帰った原石の断片ですがね。
私が欲しいのはその大元です」

「だからそれは何なんだよ?」

じれったそうにアラゴが聞いた。

「・・・この星に20年前に落ちた隕石ですよ。我々はその落下地点が知りたい」



即席の船となったリンドバーグ号は、海上を進んでいた。

ライトは物干し竿とシーツを使って、あっという間に機体の上にマストを取り付けてしまった。

ミグは思った。

――こういう想定外の事態の時、自分と違って頭が柔軟なライトはとても頼もしい。

規則が第一の軍隊では彼は“異物”であったが、海のど真ん中ではそんな規則は通用しない。

風があるから、飛行機は飛び立てる。

かつてライトはそう言ったが、この状況を考えると、それは海の上の船にも当てはまるようだ。

かたや揚力、かたや推力・・・

船の操縦はライトに任せて、ミグは怖い思いをしたルヴェリエ王子に少しでも元気を出してもらうため、手料理を振舞うことにした。

――ライトの缶詰をあんなに美味しそうに食べてくれたんだ。

私の料理でも、きっと喜んでくださるに違いない。

まずは水を汲まなきゃ。

ミグは窓から手を伸ばし海の水をすくった。

海王星の澄んだ水は、ひんやりとして気持ちが良かった。

マストに8本のワイヤーを固定し終えたライトが、居住区画に降りてきた。

「は~疲れた・・・ミグ、コーラちょうだい」

「そんなものばっかり飲んでいると病気になるぞ。
確か海王星の海は淡水なんだよ。
ミネラルウォーターみたくて飲めるんだ、ライトお前もどうだ?」

ミグはそう言うと、水を口に含んだ。

その様子を見ていた、ルヴェリエが気まずそうにミグに言った。

「でも汚染されてるのできっと体に毒だと思いますよ・・・」

「ミグはよ吐け・・・!!」

ライトはミグの背中をさすった。

ミグが慌てて水を吐き出した。

「ごほっごほっ!!」

「あんたが病気になってどうすんねん」

「隕石が海王星のほとんどを汚染してしまったんです・・・見た目はとっても美しいんですが・・・」

「殿下、それを先におっしゃって頂けましたら・・・」ミグが涙目になってむせた。

「ごめんなさい・・・この星の海の水を飲む人は誰もいないので・・・」

「こんなに水があるのに、あんたらは水が飲めんの?」ライトは、少年の方を向いた。

「ええ、汚染をまぬがれた海域はあるんですが、基本的に飲料水は他の星から輸入しています」

「難儀やな・・・」

「地球の海は泳げるんですか?」

海王星の藍色の海を見つめてルヴェリエが言った。

「ああ」

「一度行ってみたいなあ・・・」

ミグが黙って地球に憧れる少年を見る。

ライトが微笑んで言った。

「ボーズが大人になったら、おっちゃんがいつでも連れてったるよ」

「本当ですか!?」

ルヴェリエがライトの方を振り返った。

「ああ。地球をいわすとかいうよくわからん連中をオレたちが何とかしたらな」

ミグは思った。

――そうだ。

そしてその敵はこの星にいる・・・この星でなんとか決着をつけなければ・・・

「早く大人になりたいなあ・・・」

ルヴェリエがつぶやいた。

「なれるなれる。大人になるのに試験とか資格とかないから」

ライトがルヴェリエの肩をポンと叩いた。

「殿下は立派な大人になりたいとおっしゃってるんだよ」

ミグはそう言うと、ダンボール箱から買い置きしたミネラルウォーターを出した。

「ええ、お二人のような」

それを聞いてライトが笑った。

「ニャハハ!あんたの腕なら、いくらでもオレのような冒険家になれるで!」

「本当ですか?」

「なあ!」

冒険家は、ミグに同意を求めた。

「あまりこの男に憧れない方が・・・」

カセットコンロの上に置かれた鍋に、ペットボトルの水を注ぎながらミグ。

「どう言う意味や」

「ルヴェリエ王子は何か好きな献立とかありますか?」

ミグは話をそらした。

「いえ、何でも食べられますよ。嬉しいです」

ルヴェリエが謙虚に言った。

「嫌なら嫌って正直に言ったほうがええで」

と、ライト。

「どう言う意味だ・・・」

ミグは包丁を手に持って震えた。

「まあまあ二人とも・・・」

ルヴェリエが仲裁に入った。

これではどちらが子どもか分からない。

しかし、ルヴェリエは子どものような二人の大人に対等に扱われて、どこか嬉しそうだった。

「それよりも、船の方は大丈夫なのか?いつまでも漂流しているわけには行かないぞ」

と、ミグ。

「あ、そうそう」

ライトは海図を取り出しルヴェリエに尋ねた。

「方角はこれであってる?」

ルヴェリエは懐からコンパスを取り出して確認した。
「はい・・・」

「これまた年代物やなあ」

ライトが刻印や装飾が施されたコンパスをしげしげと見つめた。

「これは私たち王族に仕える戦士に代々受け継がれてきたものだそうです。
きっとこの海路をたどれば、海王星を救ってくれる勇敢な戦士が・・・」

「そのコンパスの持ち主ってことやな」



ミグとライトが海王星に来て、最初の夜がやってきた。

リンドバーグ号の寝室では、ライトが眠っているルヴェリエに毛布をかけていた。

まだあどけなさの残る少年を起こさないように、ライトが小声で囁いた。

「ミグ見てみい、可愛い寝顔やな~」

「お前ってけっこう面倒見いいんだな・・・」

と、ミグ。

「そうか?」

「なあライト・・・ちょっといいかな」ミグはそう言うと、ライトを寝室から連れ出した。

ハッチを開けて機体の外に出る。

夜空には、海王星の14の月が輝いている。

その月明かりが水面に反射し、あたりは幻想的な光景に包まれた。

「どうした?寝れんの?今日の見張り役は火曜だからオレやで」

どこか元気のないミグにライトは言った。

「怖いんだ・・・」

「怖い?泣く子も黙る冥王星の軍人が?」

黙って頷くミグ。

ライトはしばらく黙った後に、静かにこう切り出した。

「そうそう、あんたが冥王星人だっていうのは、あの子にいつまで隠しておけばいいんや?」

自己紹介の時にミグが慌てた理由に、ライトは気づいていた。

ライトは鈍感なように見えて、実はずっと人をよく見ている。

あえて指摘しないだけなのだ。

ミグは自分の正直な思いをライトに打ち明けた。

「・・・・・・ルヴェリエ王子を見ていると・・・罪悪感で胸が押しつぶされそうなんだよ・・・
私はこの星の人たちに顔向けができない・・・」

「いやええけど・・・あの子は賢い。薄々感づいていると思うで」

「うん・・・」

「あんま気負うなよ。あんたはあの件に関しちゃ悪くないって。過去は過去や。
いくら自分を傷つけても、もう変えられないんやで」

ライトは優しくそう言ってくれたが、何しろ両親が死んでから20年間ずっと、ミグはそのことで不特定多数の人間から責められ続けていた。

おそらく彼女にとって、それは一生背負っていかなければならない十字架なのだ。

ライトは思いつめた表情のミグを見て、ある提案をした。

「・・・そうやなあ、一度あの王子と話してみたらどうや?
あの子は今、親御さんと離れ離れで不安やろ、あんたならその気持ちがわかるんちゃうかな」

「私が・・・」

「頑張れミグ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

処理中です...