80日間宇宙一周

田代剛大

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第二章 希望の海――Sea of hope

16日目

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最強の海賊とはなんだろう。

七つの海を縦横無尽に駆け巡り、訪れた土地の全てを収奪する。

歯向かう者は女、子どもであろうと無慈悲に虐殺し、無抵抗な者に待ち受けるのは、奴隷としての生き地獄か、伝染病による死だ。

こうして、彼らは次々に未知の海域の文明を侵略、滅ぼしていった。

残虐無比、極悪非道!これぞ海賊の鏡といえよう。

そう、この星最強の海賊とは、王立海軍なのだ。

                     ――『海賊青ヒゲの冒険』序章



翌朝――強奪されたリンドバーグ号は、海賊船のカーゴにあった。

「じゃあもう行くわ。ルヴェリエのこと頼むで。手のかからん子やから」

タラップを出しながら、ライトが海賊たちの方を振り返った。

百戦錬磨の海賊のロジャーは、ライトの行動が理解できないようだった。

「あんたら正気か?こんな小さな船でテロリストと戦うなんて、勝算はあるのか?」

あるわけない。

ノーチラス号になすすべもなく撃墜されるに決まっている。

ロジャーは数え切れないほどの海戦を経験している。

だから、どういう戦況では勝てて、どういう戦況では負けるか、その判断には自信があった。

彼が海賊社会でここまで上り詰めたのは、つまりは、勝ち目のない戦いをすべて回避し続け、自軍の被害を最小限に抑え続けてきたからだ。

――勝てる喧嘩しかしない。

これが暴力の世界に生きる者の鉄則なのだ。

どうせガラクタになるくらいなら、その船を、自分たちに売って欲しかった。

だが、ライトの意見は違うようだった。

「この船の例があるやろ」

確かに、この巨大なクラーケン号は、たった一機の小さな飛空艇に2度ほどいなされている。

「そうだけど・・・」

ロジャーは自信なさげにつぶやいた。

だしぬけに船内に警報が響いた。

カーゴのラウドスピーカーから、ブリッジにいる新人が事態を説明した。

《船長!西から巨大な戦艦が接近!距離1500!》



ミグがルヴェリエに別れを告げ、甲板からライトの待つカーゴへ向かおうとすると、雲の海の中から、巨大な宇宙戦艦が猛スピードで飛び出して来た。

軍艦の側面には、PとLのモノグラム――冥王星の紋章があしらわれていた。

――ノーチラス号だ・・・!

ルヴェリエは戦艦の突然の接近に、甲板で尻もちを付いた。

ミグは激しい水しぶきが襲う甲板に急いで引き返し、ルヴェリエを抱きかかえた。

「ルヴェリエ様・・・!」

「僕は大丈夫です・・・!」

海賊船とノーチラス号との距離はすでに1キロメートルもなく、2隻の巨大な戦艦が横に並んだ形になっていた。

ミグはルヴェリエに叫んだ。

「王子は船の中に入って!いいですか、絶対に何があっても外に出ないでください!」

「ミグさんは!?」

「罪を償います」

ミグはルヴェリエを船内に入れると、ステップを降りてカーゴの方へ駆け出した。



「見つけた」

ノーチラス号のブリッジでは、相変わらずピカールが紅茶を飲んでいた。

「あれがじじいの言っていたクラーケン号か・・・」

海賊船の無骨なガントリークレーンを見つめてストライカー。

確かに危険なサルベージにはうってつけの船だ。

「・・・さて、どうする?」

「海賊船の制圧はできますか?」

「まあやってみよう。全機出撃準備!!」

ストライカーは自身が率いる航空部隊を出撃させた。



「これが、あいつらが言っていた、冥王星の艦隊を一撃で沈めた宇宙最強の戦艦、ノーチラス号・・・」

ロジャーがメインモニターを見つめてつぶやいた。

「お頭!あいつら攻撃態勢を取っています!どうしますか!」

ノーチラス号は刺のような砲身を突き出させ、その砲口をこちらに向けている。

「決まっているだろ!逃げろ!!」

ロジャーの判断は早かった。

「あ、ライトさんの船が・・・!」

ロジャーが、新人海賊が指さすモニターを見ると、海賊船のカタパルトからリンドバーグ号が勢いよく出撃していった。

「あのバカ本当に・・・」

「どうしますか!」

「決まってるだろ!あいつを囮にして、とにかく逃げろ!」

「アイアイサー!」

宇宙海賊は、リンドバーグ号をあっさり見捨てた。



一方、ノーチラス号から出撃した戦闘機「F94インフェルノ」は、海賊船を取り囲もうとしていた。

隊長機には、かつて「バード・オブ・プレイ――冥王星最強のエースパイロット」と呼ばれたナッシュ・ストライカーが乗っていた。

《ようし、とりあえずメインブースターに2、3発お見舞いして、母船の動きを止めるぞ。》

ストライカーは各機のパイロットに無線で指示を出した。

《高角砲に注意!夕飯までには終わらすぞ!》

《了解!》

テロリストの戦闘機は散開し、海賊船の母艦にフォックスワン(※3)ミサイルを発射した。

※3:友軍機に対して「第一種の兵器による攻撃」を知らせるジャルゴン。
レーダー誘導型空対空ミサイルである場合が多い。
ちなみに冥王星の軍隊では、フォックスツーは赤外線誘導型のミサイル。フォックススリーは機銃攻撃を指す。



海賊船の中では海賊たちが右往左往している。

「お頭!ミサイルです!」

「グレイプショットで撃ち落とせ!」

海賊船は、ミサイルの方向へ散弾状の大砲を撃ったが、ミサイルの距離が近すぎて、いくつかのミサイルを撃ち損ねた。

ライトたちの飛空艇でやられた側壁が、ミサイルによってさらに損傷し、戦隊は大きく傾いた。

「オレたち共産主義者の反感を買うようなことしたか~!?」

ロジャーは艦長席にしがみつきながら叫んだ。

よくわからないが、敵の狙いはこの船らしい。

海中に潜水すれば、少なくともうっとうしい戦闘機どもはしのげる。

だがこの海域は大陸棚で、巨大なクラーケン号は身を隠そうにも、海底にぶつかってしまう。

このまま海上にいてはやられる。

海がだめなら空だ――

ロジャーは海賊船を離水させ、横に回り込んだノーチラス号の副砲を回避した。

「メインブースター点火、出力いっぱい、最大船速!」

「この高度でですか?」

と、操舵手。

「この高度だからだ!」

「アイアイサー!」

クラーケン号は宇宙ロケットを起動させ、海面すれすれを弾丸のように飛んでいった。

この速度では、海面に接触したら船は前につんのめり、ばらばらになってしまう。

こんな危険な飛行ができるのは海賊だけだ・・・

ロジャーがそう思っていると、新人がレーダーを見て叫んだ。

「ノーチラス号がぴったりと追いかけてきます!」

「なんだって~」

「お頭!とてもじゃないけど逃げきれないっす!!」と新人。

副砲はかわしたものの、ノーチラス号は後方からどんどん速度を上げてこちらに向かってくる。

星間コンテナ船を改造した海賊船、クラーケン号の最大船速はマッハ1800(※4)で、そんじょそこらの戦艦よりもずっと高かったが、ノーチラス号の機動力はそれを上回るようだった。

「くそうパワーもスピードもあっちが上か・・・!?」

※4:ただし、宇宙空間において。



ストライカーたち航空部隊は、クラーケン号のメインブースターをロックしていた。

「こいつが火を噴くのを待っていたぜ」とストライカー。

熱源探知ミサイルを発射するつもりなのだ。

ストライカーがミサイル発射ボタンに親指を乗せると、珍妙な形のエンジンを乗せたプロペラ機がこちらを機銃で攻撃してきた。

7機のインフェルノは、条件反射的にミサイル発射を取りやめて、機体を翻し散開した。

「なんだ?あれは・・・」

ストライカーがヘルメット越しに目を眇める。

見るからに脆そうなトンボのような機体だ。

それが最新鋭戦闘機にドッグファイトを挑んできている・・・

《隊長、どうしますか!》

《ヤン、君が始末しろ。翼のエンジンを狙うだけでいい。後はオレに続け。》

そう言うと、ストライカーは操縦桿を倒し、自機を再び海賊船に接近させた。



「さすが海賊や。この船、速攻で改造して、ミサイルと機銃をとりつけちまうんだからな!」

リンドバーグ号のコックピットでは、敵の航空部隊の一機がこちらに向かってくるのを、レーダーが捉えていた。

「斥候をよこしてきたぞ・・・!」

と、ミグ。

「あの戦闘機の性能は?」

「抜群だ。ノーチラス号に格納されていたものだな」

「よっしゃ、じゃあ冥王星の飛行機屋と勝負するか」

ライトは指をポキポキ鳴らした。

「海賊船を守るぞライト・・・!悪党に手を貸すのは癪だが、中にルヴェリエ王子がいる!」

「了解!」



海賊船の艦橋では、リンドバーグ号が敵の戦闘機と戦っている様子が映し出されていた。

最初は友軍機を一機だけ差し向けていたものの、リンドバーグ号の飛行性能が馬鹿にできないと知った航空部隊は、全機総出で、逃げ足の速い、いまいましいトンボを追いかけていた。

「リンドバーグ号が援護してくれてます!僕らも戦いましょう!」

と、新人。

「バカ言え・・・あんな奴らに勝てるわけないだろ・・・」

「しかし・・・!」

「現実を見ろ!オレは船長だ!この船とお宝を守る義務がある!
だから少しでも生き残る可能性が高いほうにオレは賭ける・・・!」

そう言うと、ロジャーはコンパスをいじくった。

するとコンパスの針は北ではなく、ぐるりと回転し、ある場所の方角を指し示しだした。

「進路を031246に取れ!!」

「アイアイサー!」



海賊船がコンパスの進路をとると、黄金色から藍色に変わりかけた空の向こうに、積乱雲のような厚い雲の塊が現れた。

それは水平線を覆いつくすほど巨大で、周辺では海が渦を巻き、嵐が吹き荒れていることがわかった。

ロジャーは席を立ち、管制台の無線機を引っつかんだ。

「おい聞こえるかライト!あそこに逃げ込むぞ!」

無線の向こうでミグがしゃべった。

《あれは・・・!?》

「ガルフストリームだ!あの中では火器が使えないし、暴風で電場と磁場が発生するからナビゲーションシステムも狂っちまう!」

《あの大渦に突っ込めって言うのか?ナビどころか、機体がミキサーにかけられたみたいに、ばらばらになるぞ!》

冥王星人は嫌がったが、地球の相棒は乗り気だった。

《面白い・・・つかまってろミグ!!》

機体をロールさせる音。

《やだやだ、やめて・・・!》

そう言うとリンドバーグ号の無線は切れた。



リンドバーグ号を先頭に、クラーケン号、インフェルノ、そしてノーチラス号は、メタンの雲海に突っ込んだ。

すると一気に天候が変わり、雷のスパークと豪雨が襲い掛かった。

滝のような雨は、上下左右あらゆる方向から機体にぶつかり、世界から天地の概念はなくなった。

すると、リンドバーグ号に一番近かった、インフェルノの一機が突然爆発した。

おそらくミサイルをリンドバーグ号に発射しようとして、ガスに引火したのだ。

「なんだこりゃあ!」

と、ストライカー。

ノーチラス号のブリッジでは、ピカールが船員に追跡を諦めさせていた。

「深追い無用!」

インフェルノとノーチラス号が機体を旋回させてメタンの雷雲から脱出した。

なおも嵐の中を進むリンドバーグ号は、わずかに反応する赤外線レーダーで、なんとかクラーケン号のほうへ機体を接近させた。

「あかん、無線が完全にばかになったわ。ウィンチを使おう」

そう言うとライトは、通信用ケーブルをかねたロケットワイヤーを発射し、海賊船と自分の機体をつなぎとめた。

高速回転するウィンチがありったけのケーブルを勢いよく伸ばすと、リンドバーグ号は嵐の中の凧となった。

ミグの言ったとおりだった。

ガルフストリームの内部は、まるでミキサーや洗濯機の中にいるようだった。

音速を超える猛スピードで氷のかけらが回転し、それがぶつかり静電気を発生させることで、所々で小爆発が起きた。

これでは、機体の姿勢を維持するだけでも精一杯だ。

自分たちが今、空を飛んでいるのか、それとも海の中にいるのかも、もうわからない。

《おい、どこへいくつもりや!》

ライトはクラーケン号に呼びかけた。

《いいからついてこい!》

と、ロジャー。

海賊船はナビゲーションシステムが使えないので、目視とコンパスと海図を頼りに進んでいった。

《視界が悪すぎる!危険だ!》

ミグが叫んだ。

するとロジャーは意味深なことを口走った。

《なあに、もっとおっかないのがこの海域にはいる・・・!》

ロジャーはコンパスの針を見つめながら言った。

「頼むぜプクプク、今日は出ないでくれよな・・・」

メタンの雲が、眼前で大爆発を起こした。

海賊船とリンドバーグ号が光に包まれた。

虚無――ー







ライトが目を覚ました。

「う、う~ん・・・」

ゆっくりと目を開けると、目の前に白い砂の海が広がっている。

周りを見渡すと、リンドバーグ号のコックピットにいることが分かった。

リンドバーグ号が、機首から砂漠に突っ込んでいるのだ。

「お、おいミグ起きい」

ライトは、ミグの体を軽くゆすった。

相棒のミグは、隣りの席で前のめりになってコンソールに頭を打ち付けていた。

ミグは寝ぼけて鼻歌を歌った。

「♪自殺~する~な~ら~飛び込み音頭で景気づけて~」

「なに言うとんねん、ここはどこや・・・?」

ミグは体を起こすと、朦朧とする意識の中、どういう状況だったのか、ゆっくりと記憶を遡らせる。

――そうだ、ノーチラス号に襲われて、積乱雲に逃げ込んだんだ・・・

徐々に意識がはっきりすると、額がズキンと痛んだ。

ミグがシートベルトを外すと、ライトはすでに船から降りて砂浜を歩いていた。

ライトが足を踏み出すたびに、細かい砂が雪のように舞い上がった。

砂漠の所々には、丸みを帯びた大きな石が転がっている。

ミグはコックピットで位置を確認しようとしたが、計器類が全て狂っていて特定できなかった。

ライトは窓の外から、のんきに手招きをした。

「それよりお前も降りてこいて、なんか砂漠なのにひんやりしてて気持ちええぞ・・・」

ミグはこの状況が不安で仕方がなかったが、とりあえずライトの言うようにリンドバーグ号から降りてみることにした。

ミグのアサルトブーツが、星の形をした砂を踏みしめると、彼の言っていることが何となくわかってきた。

「本当だ、心なしか空気が新鮮のような・・・」

深呼吸をするミグ。

ライトは「やろ?」と言って笑った。

「靴脱げよ、砂の感触が気持ちええから・・・」

「君ってやつは本当にのんきだなあ・・・」

とはいえ、この不思議な静けさと安らぎは何とも言えない開放感をもたらした。

ミグはライトに言われるままにブーツとソックスを脱ぎ、裸足で砂漠を歩いた。

「本当だ・・・すっごい心地いい・・・」

ミグは窮屈なコックピットではできなかった背伸びをすると、ニッコリと笑った。

まるで鳥の羽になったのかと思うほど、体が軽い。

「こういうところが天国っていうのかもな・・・」

そう言いかけて彼女はゾッとした。

――天国・・・まさか私たち・・・

「うお~これ見てみろよ!」

いつの間にか砂丘を駆け上がっていたライトが叫んだ。

ライトの視線の先には、船体を大きく逆立ちさせ、砂の丘に直角に刺さった巨大な難破船があった。
この光景はミグにとっては、あまりにも現実離れしていてルネ・マグリットの絵画のようだった。

「おいおい・・・」

と、ミグが陰鬱につぶやく。

ライトは難破船に隠れて見えなかった、砂丘の彼方を指さした。

「これだけやない。向こうにも・・・」

ライトの指の先には、数え切れないほどたくさんの船の残骸が、砂の海に沈んでいる。

ライトは、目を輝かせてはしゃいだ。

「すっげ~!まるで船の墓場やな・・・こんな光景見れるなんて得したな!」

しかしミグの方は、難破船を見るたびにどんどん顔色が悪くなっていった。

「こんな光景見たくなかったよ!
早くこの砂漠から脱出しないと・・・!カラカラで干からびて死ぬぞ!」

ミグはリンドバーグ号の方へ引き返そうとした。

「そうか?なんか乾燥している感じがせえへんけど・・・
それにこの青白い光・・・な~んかおかしいなあ」

「冗談じゃない。私はここで死ぬわけには行かないんだ・・・!」

そう言ってミグが振り返ると、彼女のそばに信じられないほど巨大な怪物が、牙だらけの大きな顎を開けていた。

ミグは肝を潰した。

それはクジラとワニを足したような動物の、白骨化した亡骸だった。

ミグは、はあはあと呼吸を整えた。

もうこんなところから早く抜け出したい・・・

ライトが骨格のほうに駆けてきて言った。

「すごいぞ・・・!なんやと思うこれ?」

「知らないよ、マッコウクジラかなんかかな・・・」

確かに、このサイズの動物と言ったら、クジラ以外には考えられない。

だがそれが何にせよ、あぎとの鋭い牙は、かつてこの動物が獰猛な捕食者であったことを示している。

「そういや海賊たちはどうなったんやろな・・・?」

と、ライトがクジラの肋骨をくぐりながら、ぼんやりと言った。

「ルヴェリエ様も・・・ご無事だといいんだが・・・」

ミグも海賊船の行方が気になった。

「よし探してみるか」

そう言うと、ライトはクジラの骨格をよじ登った。

「おい、気をつけろよ・・・」

と、ミグ。

――相変わらず身が軽いやつだなあ。

ライトは椎骨に腰を下ろすと、砂漠の彼方を見渡した。

すると、リンドバーグ号から歩いてきた道のりの、ちょうど逆側に、広大な森が広がっていることが分かった。

その樹木は、天に届くほどに高く、その森の木々の間から、クラーケン号のものと思われる垂直尾翼の先が見えた。

「お、海賊船があったで・・・!」

ライトはそう言うとクジラの骨から飛び降り、派手に白い砂を吹き散らした。



靴を履いた二人が巨木の森に入ると、樹木だと思っていたものは巨大な海藻――ジャイアントケルプだったことがわかった。

この高さ数百メートルにも及ぶ太陽系最大の褐藻は、ゆっくりと揺れながら、ホタルのように発光する胞子を、辺りに漂わせていた。

海賊船クラーケン号は、そんな海藻の森に引っかかって、地上から50メートルの高さで、浮いていた。

このサイズの宇宙船を、海藻たちが支えているのは信じられなかったが、彼らの茎は、地上から見えているよりもずっと長く、リゾーム(複雑な地下茎)が地中で頑丈な基礎を作っている上に、茎の付け根には、無数のブイのような袋状の器官が、備わっていた。

つまり海賊船は、生きた巨大な気球によって浮いていたのだ。

「ルヴェリエ様~!」

頭上の海賊船に向かってミグは叫んだ。

返事がない。

ミグはもう一度呼びかけた。

「ご無事でしたら返事を~~!」

海賊船を見上げるミグとは対照的に、ライトは懐中電灯を下に向けていた。

枯葉と胞子を手で軽くどけると、地面に人間の足跡がついているのがわかった。

「おい、連中森の奥へ歩いてったようやで」

ミグはライトの声が聞こえていないようだった。

「ルヴェリエ様~~!!」

と、みたび彼女が叫ぶと、まるでそれに応えるかのように、森の奥から身の毛もよだつ咆哮がこだましてきた。

ふたりは息を殺した。

「おい、お前何を呼んだ・・・?」

と、ライト。

ミグが恐怖で体を硬直させた。

森の奥で茂みが揺れ、バキバキと木々――海藻の茎が折れる音がする。

あの様子では茂みの向こうにいる動物は、とんでもなく巨大に違いない。

ミグの脳裏に、砂漠に転がっていたあの怪物の鋭い牙がよぎった。

「武器は・・・?」

ライトは隣のミグを横目で見た。

「船に置いてきた・・・」

茂みが折れる音はどんどん大きくなっていく。こちらに接近してくるようだった。

「じゃ逃げたほうがええな」

と、ライト。

頷くミグ。

二人は地面の足跡をたどって一目散に駆け出した。

後方で、背筋が凍るような咆哮が再び聞こえた。

ミグは小さい頃のトラウマを思い出し涙目になった。

「なんなんだよ、ここは・・・!」

すると不幸な彼女は、脚をもつれさせ、よりによってこんなタイミングで転んでしまった。

ライトが後ろを振り返って立ち止まる。

「ミグ!」

「私のことはいい!逃げろ!!」

ライトはためらわず戻ってきて、ミグの腕を取り、彼女を起こした。

「何言うとるんや・・・!」

怪物はさらに二人に接近し、ジャイアントケルプの隙間からきめの粗い分厚い皮膚を覗かせた。

ライトは思った。こいつはクジラじゃない。

あれは・・・なんだ??

その時――二人の目の前に、茂みからルヴェリエが飛び出して、手にした信号拳銃を上に向けると、森の奥に閃光弾を撃った。

閃光はアーチを描いて怪物の方へ飛んでいく。

その閃光を追って怪物はくるりと向きを変えて、森の奥に引き上げていった。

バキバキという怪物が茂みを踏みしだく音は、徐々に遠ざかっていった。

もう安全だ。

怪物の方を向いていたルヴェリエがほっと息を付いた。そして二人に振り返った。

「は~・・・お二人とも怪我はありませんか?」

「ルヴェリエ!」

ライトが歓声を上げた。

二人がこの勇敢な少年に命を救われたのは、これで二度目となった。

「無事だったんだね・・・!」

と、ミグ。

「はい、ご心配お掛けしました。海賊の皆さんもいますよ」

ルヴェリエは微笑んだ。



海藻の森の斜面を下ると、地面にぽっかりと開いた洞窟が見えてきた。

洞窟の入口はスターゲイトと言われる、岩石を縦断する巨大な裂け目で、ルヴェリエに案内されて中に入ると、鋭く尖った鍾乳管が上下からつきだし、神殿の石柱のように並んでいた。

頭上から差し込む青い光は、ここが悠久の時を経た荘厳な場所であることを物語っている。

「ここは・・・」

と、ミグ。

自然界の浸食作用によって作り出された壮麗な神殿に、彼女は心を奪われた。

ルヴェリエが二人を洞窟の奥に連れてくると、海賊たちがほこらの前に集まっていた。

「ようお前たち、来たか」

ロジャーが振り返る。

二人がほこらの前に立つと、ロジャーはほこらの石碑に刻まれた文字を読んだ。

《伝説の海賊青ヒゲをここに称える》

「誰それ?」

と、ライト。

「この星の七つの海を統一し諍いを収め、船乗りの誰もが恐れたプクプク・・・カイオウトケイワニを退治した唯一の男・・・」

「それってもしかして、さっきの・・・」

と、ミグ。

「こいつは、あれを負かしたんか!」

ライトが叫んだ。

「この場所は、そんな青ヒゲを称えて、オレたち海賊が残したものだ・・・
そして・・・」

と、言うとロジャーは、ほこらに祀られている小さな青い宝石を手に取った。

「おそらくテロリストの狙いはこれだろう・・・」

ミグは、しばらくその宝石の深い青を見つめていたが、やがてそれが宝石ではないことに気づいた。

――もしかして、これは・・・

思い返せば、この場所は美しいながらも、どこか不気味な違和感があった。

静寂が支配した冷たい砂漠も、巨大な怪獣に襲われたジャイアントケルプの森も、そしてこの海賊たちの聖域となっている青い洞窟も・・・何かが足りなかった。

それは水だ。

この場所は、まるで海から海水をなくしたような場所なのだ。

では海水はどこへ消えた?

そもそも海の水を排水するなんて魔法のようなことができるのか。

可能性は一つしかない・・・

蒸発したのだ。

20年前に“ここ”に衝突した隕石によって。

「察しがいいな、彼女」

と、ロジャー。

「これがその隕石の核だ・・・オレたちは“希望の海”と呼んでいるが・・・」

「これが隕石!?随分小さいんやな。そんなんなら地球でもしょっちゅう落ちてるで」

ライトが驚いた。

いわゆる流星というやつだ。

ルヴェリエが説明した。

「その鉱物・・・プリズマメテオタイトの純結晶の物理的特性は、膨大な質量やエネルギーを一点に圧縮することにあるんです」

「この小さな結晶が、巨大隕石の莫大なエネルギーすら圧縮してしまったというのか?」

と、ミグ。

ロジャーが頷いた。

「ああ、ここにスターゲイト海溝だけを残してね」

ミグはピカールがこの星にやってきた理由を完全に理解した。

「もしテロリストがこれをメイルシュトローム砲に応用したら・・・確かに地球を消し去ることができるかもしれない・・・」

「何考えとるんや・・・」

「ここはもとは海底だったところだ。
それが隕石の衝突で海水が一瞬で蒸発し、この海の墓場が出来た。
我々は、この場所で海賊の誓いをし、海王星のために商売することを決めたのさ」

つまり、ここでアナーキーな海賊船は、国家に忠実なる私掠船になったらしい。

「じゃ、じゃあ・・・僕らの星のためにもう一度戦ってくれますか・・・?」

と、ルヴェリエ。

「え?」

ロジャーは言葉を詰まらせた。

「お願いします!」

ロジャーは気まずそうに、少年から目をそらすと、自信のない声で言った。

「いやね、オレたちが誓ったのは、海王星の貧しい人に物資を送るってだけで、宇宙最強のテロリストと戦うってのは、ちょっと契約には入ってない・・・」

「そんな・・・!今こそ元近衛隊長のあなたの力が・・・!」

ルヴェリエが懇願する。

「でも今は転職して海賊。海賊はリアリストなのさ」

煮え切らない海賊を見て、ミグがしびれを切らした。

「じゃあ、好きにしてくれ」

そう言うと、ロジャーから“希望の海”を受け取った。

「だが、これはもらうぞ。敵の狙いはこちらの切り札になる」

「まあいいけど・・・本気なのか?」

「なにが?」

と、ミグ。

「さっきだっておかしいだろ、ノーチラス号相手にたった一機で出撃しちゃって・・・
人の星のことでなんでそこまで・・・」

ロジャーは納得がいかないようだった。

「人の星だからこそ、やらなければいけないんだ」

ミグはそう答えた。

「・・・待ってください」

洞窟を出ていこうとするミグをルヴェリエが呼び止めた。

「ルヴェリエ王子・・・」

ミグが振り返る。

ロジャーは、てっきり聡明な王子がミグを引き止めてくれるものだと思っていた。

だが、ルヴェリエはミグに駆け寄ると、彼女の手をぎゅっと握った。

「僕もつれてってください。もう置いてけぼりは嫌です」

ミグは微笑んだ。

「王子、それは懸命な判断じゃありませんよ」

と、ロジャー。

「僕はミグさんに教わりました。どんなに現実が辛くても、決して逃げちゃいけないってことを・・・
だから、僕も最後まで戦います」

ルヴェリエは、鍾乳石の柱にもたれながら、成り行きを見守っているライトに声をかけた。

「ライトさん・・・」

「ん?」

「僕を・・・もう一度リンドバーグ号に乗せていただくことはできませんか?」

「ええで。ここが海底なら上を目指して飛べば、こっから出られるやろ」

ライトは二つ返事で了承した。

「ルヴェリエ王子・・・」

ロジャーは不安そうだった。

ルヴェリエは、海賊たちの前に歩いて深々とお辞儀をした。

「海賊の皆さん、お世話になりました。今の海王星があるのは、みなさんのおかげです」

海賊たちは恐縮した。

「坊ちゃん・・・」

「お元気で。もう行きます」

ミグとルヴェリエが白い光が射す方を目指し、ほこらを出ていく。

ロジャーは後ろのライトに問いかけた。

「・・・よう、ライト。
あのミグって姉ちゃんはどういう精神状態の人なんだ」

「・・・あいつは優しい奴や。だから自分がこの星をめちゃくちゃにした思うとる」

「あの人は何も関係ないだろ・・・」

「それなら、あんたはなんで命懸けで隕石を処理したんや?
隕石はあんたが落としたんか?」

「え?」

「あいつは必死に過去と向き合おうとしてる。
あんた・・・優秀な衛士やったんやろ?過去から逃げてるのはあんたちゃうんか」

立ち去るライト。

暗い海底洞窟には、海賊たちだけが残された。



海の墓場を脱出するため、ライトはリンドバーグ号のエンジンを唸らせた。

機首を上げて機体を上昇させると、海の墓場の上には空ではなく――海が広がっていることがわかった。

まるで天地がひっくり返ったような驚くべき光景だった。

ミグは呟いた。

「おい・・・この機体って防水処理・・・」

それに、この速度で水の壁に突っ込んだら、衝撃で機体はコンクリートに衝突したようにバラバラになってしまう。

「ここが浅いことを祈っててくれ!」

水圧は海の深さに比例するのだ。

一般的に水深が10メートル深くなる毎に1気圧分の圧力――すなわち10万パスカルもの力がかかってしまう。

そして、ここが海溝であることを考えると・・・

その時、リンドバーグ号の前方にクラーケン号が飛び出して、後方のカーゴハッチを開いた。

《まったく無茶しやがる!乗れ!》

ロジャーだった。



潜水艦でもあるクラーケン号は、海の墓場から海上へリンドバーグ号を運ぶと、

「お前らに付き合うのは、これで終わりだからな」

と言い、水平線の彼方へ消えていった。

コックピットから海の墓場のあった場所を見下ろすと、そこにはなんの変哲もない海が広がっていた。

海の墓場が誰にも見つからないわけだ。

その時、ルヴェリエの頭の中でやっと、隕石衝突と海王星の海面上昇がつながった。

やはりネレイド機構は間違っていたのだ。

海の墓場は、水よりも比重が大きな気体によって、その構造を維持していたに違いない。

水よりも重い気体・・・そんな気体は、今まで見たことも聞いたこともないが、空気と極めて似た性質の未知の気体かもしれないし、海底では強力な圧力がかかる。

ならば科学的には、不可能なことではない。

ルヴェリエの仮説はこうだ。

巨大隕石はこの海域に衝突し、あたりの海水を蒸発させた。

それと同時に、海王星に大規模な地殻変動を起こし、中心コアに留まっていた、この未知の気体を地表へ上昇させたのではないだろうか。

ちょうど、マントルのマグマが上昇し、地殻でマグマだまりを作るように、水よりも重い“未知の気体X”は、スターゲイト海溝一帯の海中に、ある種の“大規模な気泡”を作った。

その気泡の中に、自分たちはいたのだ。

海底にそのような気体の層が大規模に発生すれば、当然海の水位は上昇する――

もともとこの“魔の三角海域”で海難事故が多かったのも、もしかしたらわずかに水面から漏れ出た気体Xによって、船舶の浮力が失われたからなのかもしれない・・・

ここまでいくと、完全な憶測なのだが。

もし、このような非常時でなかったら、ルヴェリエは気体Xのサンプルを採取して、数々の実験をしていたに違いない。

しかしその話はまたあとだ。

今は、あのノーチラス号を食い止めるのが先決だ。

王宮では、テロリストの人質にされた母や兄が自分の助けを待っているに違いない。

「ノーチラス号の位置は!?」

ミグが操縦席のライトに尋ねた。

「王宮の方へ引き返している感じやな・・・」

ルヴェリエが、ヘッドセットをつけて通信機器を操作するミグの方を向いた。

「ノーチラス号の無線周波数ってわかりますか?」

「わかる。もとは我々の戦艦だから・・・」

ミグは冥王星の軍が使う周波数が書かれた分厚い本をめくった。



夜――

ノーチラス号の薄暗い艦橋では、ピカールがソファに座ってヤスリで爪を磨いていた。

「そんな呑気でいいのか?海賊を逃がしちまったんだぜ?」

パイロットスーツのストライカーが、ピカールに声をかけた。

先程まで、ガルスストリームの周辺を部下とともに捜索していたが、海賊の行方は文字通り雲散霧消だったのだ。

「我々がこの星に居座っている以上、連中は我々に接触してくるはずです。
まあ、生きていれば、ですが」

「どうしてわかる?」

「海賊というのはロマンチストでね。売られた喧嘩は必ず買うんですよ。その相手がどんなに巨大なネコでもね」

そう言って、ピカールは爪の先にふっと息を吹きつけた。

すると、ずっとモニターの方を向いていたオペレーターがこちらに振り返った。

「未確認航空機から無線電波を受信!」

「ほらきた」

ピカールが口元を緩めた。

オペレーターがコンソールを操作し、受信した無線を外部スピーカに接続すると、聞き覚えのあるがさつな声がブリッジに反響した。

《やい、このエンジン泥棒・・・!》

ピカールはブリッジの管制セクションに歩いていくと、全く期待していなかった再会に、心にもない感謝の言葉を述べた。

「その声は・・・ライトくんじゃないですか。お久しぶりです。
その節はお世話になりました。おかげさまで我々の計画も順調にいってますよ」

《相変わらず慇懃無礼を絵に書いたようなおっちゃんやな!》

「ありがとうございます」

《でもな、その順調な計画もこれで終いや!あんたらが欲しい“なんたら”っていう隕石のかけらはこっちがもうとる。》

ピカールの顔つきが変わった。

――プリズマメテオタイトを手に入れたのか。

《これが欲しいんやったら、とっとと海王星から出ていくことやな!べろべろば~》

ピカールはマイクのスイッチを切って、オペレーターに尋ねた。

「彼の船の位置はわかりますか?」

オペレーターは頷いた。

ピカールは咳払いをして、再びマイクのスイッチをオンに入れた。

「ごほん、ライトくん。また交渉をしましょう」

《うるさいわタヌキ親父!お前のいいようには、もうならんぞ!》

ライトはこうなると、とんでもなく強情なのを、ピカールは既に知っていた。

「そうですか。その隕石を、こちらに持っていただけたら、大変助かるんですけどね」

そして、ブリッジの窓から、トライデント城を見つめた。

「さもないと・・・ウチの短気な大尉が、王宮に向けてメイルシュトローム砲を撃つのを止められません」



リンドバーグ号のコックピットで、ルヴェリエが恐怖で目を見開いた。

無線機を掴みながらライトが怒鳴った。

「なんやと!おい、これ以上たくさんの人間の命を奪うな!!」

《じゃ、待ってますよ。》

と、だけ言うと、ピカールは無線を切った。

ライトがミグに振り返った。

「どう思うミグ・・・?ハッタリちゃうんか」

「確かにメイルシュトローム砲は、何度も撃てるものじゃない。
ピカールのブラフである可能性は高いが・・・」

一回息をついてミグは続けた。

「もし本当に実行されたら・・・海王星を軍事制圧できる上、圧政のランドマークを破壊することで、さらに労働者たちの心をつかむことができる・・・」

緋色の旅団のテロ活動には、独善的にせよ、大義があるのだ。

「母さん・・・」

ルヴェリエが小さな声でつぶやいた。

「しかしそんなことは絶対にさせない」

ミグは強い口調で言った。

いくら動機が崇高でも、彼らがやっていることは大量殺戮にほかならない。

都市を復興するのは、それを破壊することよりも、ずっと難しいのだ。

彼らの視点は、そこが決定的に欠けている。

現体制に反発することだけに心を奪われて、その後にどんな社会を構築するか、そのグランドデザインが描けない。

描けるわけない。

これは政治的な運動ではなく、アドレナリンを爆発させる祭りだからだ。

暴力に傾倒する者は、それを制御できず何をしでかすかわからない。

「どうする?」

考え込むミグに、ライトが声をかけた。

「ここはピカールの要求を飲むしかない・・・
ルヴェリエ様、もう一度危険に身を晒す覚悟は?」

頷くルヴェリエ。

「上等や」

ライトはノーチラス号の方へ舵を切った。



同時刻――宇宙海賊ロジャーは、海上キャラバンのレストランで酒を飲んでいた。

「ママ、おかわり」

ベロベロに酔っ払ったロジャーが、波打ち際に打ち上げられたクジラのように、カウンターに突っ伏していた。

「ちょっとあなた、そんなに飲んで体に毒よ。なにかあったの?」

頭の上にこぶを作ったママがグラスを拭きながら、悪酔いするロジャーに話しかけた。

「テロリストに海王星が狙われているのに、立ち向かう勇気が出ないみたいなんす」

ロジャーの隣で、オレンジジュースを飲みながら新人が言った。

「んもう、ゴツイ体して情けないわね」

ママがロジャーの肩をパシリと叩いた。

「いいからもう一杯・・・!海賊も時に呑みたい夜があるんだ・・・!」

「あら海賊なら、こういう時こそ男を見せるんじゃないの?」

ロジャーが体を起こした。

「なに!?」

「この前、この私を鈍器で殴りつけ、飛行艇を奪っていった坊やがいたけれど、あんな根性のある男の子久々に見たわ。まるで昔のあなた・・・ロジャーちゃんのよう」

「なんでオレの名を・・・」

ロジャーが目を見開いた。

「あらん、さびしいわね。このあたしを忘れたっていうの?」

そう言うとママは、二の腕の絆創膏をはがした。

そこには、マチコ・ハセガワがデザインした国民的キャラクターが女神のように微笑んでいた。

ロジャーの酔いはすっかり冷めた。

「その夏休みにちょっとした出来心で入れちゃった、サザエさんの刺青・・・!
あ・・・あんたは・・・!」

海賊たちが飛び上がった。

「伝説の海賊青ヒゲ・・・!」

「お久しぶりね。ロジャーちゃん。
宇宙最強のテロリスト?それならこっちは、宇宙最強の海賊団をやってみましょう」

ママはポシェットから手帳を取り出すと、パラパラとページをめくった。

「なんだって・・・?もしや四天王を集結させるのか!?」

と、ロジャー。

「お安い御用よ。この宙域周辺の昔の友達に集合をかけるわね」

伝説の海賊青ヒゲ“ピーチ”は、受話器を肩に挟むと、手帳を見ながらダイヤルを回した。

「・・・あ、バーソロミューちゃん?お久しぶりです、青ヒゲです~・・・
デッドマンズチェストの海賊監修の時にはお世話になりました。明日辺り暇?
ちょっと海王星に来れない?」

バーソロミューちゃんというのは、海賊の中で最も多くの財宝を強奪した海賊船「レヴィアタン号」の伊達男――バーソロミュー・ブラックハート船長のことだ。

彼の仕事ぶりはまるで怪盗で、政府に犯罪の予告状を叩きつけた上、誰一人傷つけず、闇に乗じて獲物を奪っていく。

まあキザで女癖が悪いのがたまにキズだが。

今もどこかでお姉ちゃん達とよろしくやっているに違いない。

「え~ボニーちゃん、なにあなた結婚したの?いや~んおめでと~~!ちょっと水臭いわね、教えてくれたっていいじゃな~い!」

ボニーちゃんというのは、女性だけで構成される唯一の海賊船「セイレーン号」を指揮する船長、ボニー・ハンターのことで、男顔負けの豪胆さと、女性特有の冷酷さを併せ持ち、なによりも弁護士だった彼女は、法の目をかいくぐる悪の雄弁家として名を馳せていた。

彼女の裏工作で、何度海賊四天王の死刑が執行されたかわからない。

そのどれもが替え玉だったのだ。

彼女の結婚相手というのはおそらく、かつてから付き合っていた男装の天才メアリー・フィン嬢だろう。

「いいからいらっしゃいドレイクちゃん!」

ドレイクちゃんは、四天王では最年長である。

百戦錬磨の海賊船「ファッティホエール号」の老船長であり、かつては青ヒゲの参謀役、クォーターマスターも務めた大物だ。

青ヒゲとドレイクの冒険譚は数えきれず、彼らがたった4隻で、53隻の艦隊を蹴散らしたことは、海賊たちのあいだでは「歴史に残る偉大な海戦」と語り継がれている。

それもこれも、青ヒゲのとなりに天才的な軍師“ゴブリンシャーク”ことジョニー・ドレイクがいたからこそなのである。

青ヒゲは受話器を置いた。

「はい、三人は来るって言ってくれたわよ。あとはあなただけ」

海賊たちはロジャーの周りに集まった。

「お頭・・・!」

海賊四天王最後の一人――ロジャー・クラージュは、7つの海でもっとも攻撃的な海賊の船長で、海で彼に出会ったら気の毒だが、選択肢は服従か死しかない。

彼が有するクラーケン号は、海賊船の中でも最も火力が高く、並の戦艦ではとても敵わないからだ。

だが、クラージュの最大の武器は兵器ではなく、部下からの人望だ。

部下想いな彼の周りには、彼のためなら命を捨てても構わないという、忠実な荒くれ者が800人もいる。

その結束力は強く、ヒエラルキーのもとに強制的に働かされている軍艦や商船は、人材面からすでに敗北を喫しているのである――



ロジャーは懐からコンパスを取り出した。これを戦友に預けた時のことを思い出す。

20年前、女王直属の衛士だった彼には、怖いものなどは何もなかった。

だが、あの巨大隕石によるカタストロフィーは、海王星に住むすべての男のプライドをことごとく打ち砕いた。

誰もが終末の光景に恐怖し、精神を失調させる中、衛士隊でもっとも勇敢だったロジャーは、自ら小惑星の処理を女王に申し出た。

――誰かがやらなければいけなかったからだ。

ロジャーは、自身を慕う部下500人と共に、隕石の落下地点に向かった。

そして彼は、地獄の釜の中で多くの部下を失った。

焼死、被爆、窒息・・・人間がむごたらしく殺されるレパートリーはあそこで全て見たと言ってもいい。

ロジャーの勇敢な心は、とうとう恐怖で押しつぶされそうになった。

その時、海の墓場でロジャーたちを積極的に支援してくれたのが、青ヒゲをはじめとする宇宙海賊たちだったのである。

処理作業のあと、ロジャーは青ヒゲと海賊の契りを交わし、王宮に戻った彼は、戦友のエガリテにこのコンパスを渡すと、女王に海賊として生きることを告げた。

だが、隕石によってかつての王宮は様変わりしていた。

女王の話では、行政機関のガバナンスは崩壊寸前であり、とてもじゃないが、まともな復興支援は不可能だということだった。

軍艦や商船の中には、被災者に届けるべき物資を中抜きしている輩もいるらしい。

そこで女王は禁断のルートを作った。

海賊の収奪行為を秘密裏に認める、私掠行為許可証を発行したのだ。

海賊船は、腐敗した商船や軍艦を次々に襲い、奪い取った物資を被災地に回した。

もちろん海賊は、れっきとした犯罪組織であり、NPO団体などではない。

多くの利益を自分たちの懐に入れたが、それでもカタギの連中に比べれば、その額は微々たるものだったのだ。

鋼の女性はそれを知っていた。


――海賊になった時、オレは偽善を捨てたはずなんだがな・・・

ロジャーはコンパスをひっくり返し、刻印された紋章を見つめた。

その紋章は、「海の王者」と言われるシャチをあしらっている。

海王星でシャチは「勇気」を表す――
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