80日間宇宙一周

田代剛大

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第三章 銀河の歌姫――Galaxy Minerva

1979年

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こうして、ライトはレオナ・イヤハートと交際を始めた。

また、ヴィンセントが提案したソフトウェア事業も好調で、倍々ゲームのように増え、EarSE(地球証券取引所)に最年少で上場、ヴィンセントの資産は高校生の時点で20万ドルを超えていた。

そんな巨万の資産を稼いだヴィンセントとは対照的に、ライトは未だに時給5ドルで働いていた。

それでもライトは文句ひとつ言わずに、ヴィンセントが受けた仕事をせっせとこなしていた。

素直な彼は、自分が稼いだ資金は宇宙ロケット製造の積立金になっていると思っていたし、実際そのように共同経営者から聞いていた。

しかし実際は、ヴィンセントはその金を投資ーーそれも設備投資ではなく、キャピタルゲインを狙った“投機”に回していたのだ。

ヴィンセントにしてみれば、自分の会社がわざわざモノを作らなくても、他の会社が作ってくれるし、トレンドさえ読み間違えなければ、資本を増やすのはたやすいことだったのである。



「お~~~~っす!!!」

満面の笑みを浮かべたレオナがガレージに入ってきた。

「どうしたんやレオナ嬉しそうに」

と、コンピュータの回路基盤をハンダづけしながらライト。

どうやら最近の彼は、朝も晩も一日中この作業をしているらしく、目にはクマ、顎にはうっすらと無精髭が生え、デスクには冷めたコーヒーがいくつも置いてあった。

レオナは、突然ガレージのカーテンを開き、薄暗い作業場は一気に明るい日差しに包まれた。

「うわ、いきなりなにするんや!」

「帰ってきた!」

と、目を輝かせてレオナ。

海での一件以来、レオナがこんな表情をするのは久々だ。

「誰が?」

「あたしたちの英雄!!」

ライトは、すぐに誰が帰ってきたかを理解した。

「あ!!!}



パーテーションで区切られたオフィスで経理の計算をするヴィンセント。

「ヴィンセント!」

オフィスに入ってくるライト。

「ちょっとノックくらいしてくれよ!」

慌ててタイプライターを隠すヴィンセント。

「帰ってきた!!」

「え?誰が??」

「アイザック・イエガーや!!」

「なんだって!!??」

慌ててオフィスのテレビをつけるヴィンセント。

テレビには、前人未到のミッションを成し遂げた冒険家が、アンドロメダ宇宙センターでマスコミに取り囲まれている。

《イエガーさん!10年間のミッションお疲れ様でした!!

アルファケンタウルス星系に、未知の生命体は存在したのでしょうか??》

《詳しいことは改めて記者会見で・・・》

「は~イエガーさんは10年経っても若々しいな~なんも変わってへん」

とメロメロの様子のレオナ。

「それは、あれや・・・相対性理論ってやつや」

と、ライト。

「な~にそれ?」

「光の速さに近づけば近づくほど、時間の進み方は遅くなるんや」

「なんで?」

「なんでって・・・それはローレンツ収縮っていう現象が・・・」

「ああ、ちょっと君たち静かにしてよ!テレビが聞こえないじゃないか!」

と、ヴィンセント。

いつになく童心に帰って夢中になっている。

《お願いします!我々の住む宇宙の外にも生命体がいたのかだけでも・・・!》

すると冒険家は口元を緩めてこう言った。

《ああ。存在した。》

騒然となる記者たち。

そして、ガレージでも三人の若者があまりのショックで絶叫していた。

「ええええええええええええええええええええええ!!!????」

「おい、今の聞いたか!!??」

と、ライト。

「あ、ああ・・・!」

メガネを抑えながらヴィンセント。

「あかん、あたし吐きそうや」

これはレオナだ。

「どどど、どんな生物がいたんだろう・・・?」

慌てふためくヴィンセント。

「友好的なやつなのか・・・」

「いや、もしかしたら宇宙戦争仕掛けてくるかもしれんで・・・!」

「ま、まさか・・・それに知的生命体かどうかもわからない・・・」

中継では、取り乱した記者たちにもみくちゃにされながら、車の方へ向かうイエガーが映し出されている。

見かねたセンターの職員や軍服の兵士が、記者たちのあいだに強引に割って入る。

《記者の皆さん落ち着いてください!

ディスカバリー計画の調査結果に関しましては、改めて記者会見を行う予定ですので・・・!》

《イエガーさん!!待ってくださいイエガーさん!!》

《危険ですから、離れてください!!》

そして慌ただしく中継は打ち切られた。

呆然とする三人。

とても現実のようには思えない。

「記者会見はいつなんやろ・・・」

と、ライト。

「あかん待ちきれへん・・・」

落ち着かないレオナ。

「宇宙に生命体はいたんだ・・・」

ヴィンセントが自分に言い聞かせるようにつぶやいた。



その日の夜、太陽系科学学会SSSによる記者会見が行われたが、そこにアイザック・イエガーの姿はなかった。

プロジェクトを指揮したトリエステ・ピカールによると、イエガーは亜光速航行により精神を失調させており、まともな受け答えができなくなってしまったと言うのだ。

記者の質問が飛ぶ。

《そんな!イエガーさんは一体どういう状態なんですか!!》

するとピカールは一枚の紙を記者の前で広げた。

それはまるで、小さな子どもがクレヨンで殴り書きをしたような、わけのわからない抽象的な絵だった。

《これが何に見えますか?》

ざわつく記者。

《一体それが何なんですか?

その落書きが、イエガーさんと何か関係があるんですか??》

《これは彼が描いた、例の宇宙生物のイラストです。》

《これがですか?》

《お分かりでしょう。

これはどう考えてもマトモじゃない。

彼はいつからカンディンスキーになったのでしょう?》

すると記者たちから失笑が漏れた。

《本当にそれをイエガーさんが描いたんですか?》

《ええ。おまけにこの宇宙人から宇宙の住民票ももらったと言ってました。》

ピカールがそう言うと、記者会見場は爆笑の渦に包まれた。

記者会見を見ながらレオナがつぶやいた。

「あたし・・・この人好きじゃない」

「で、でもあんな絵は・・・やっぱり尋常じゃ・・・」

と、ヴィンセント。

「イエガーさんはおかしくなんてなってない!!」

レオナがソファから立ち上がった。

「ねえ・・・ライトはどう思うの??」

心細そうにレオナ。

ライトは腕を組んだ。

「少なくとも・・・昼間の中継ではイエガーさんはまともやったと思う・・・

オレはレオナの言うとおりやと思うよ」

「じゃあ、あの気が狂ったような落書きはどう説明するんだ?」

ブラウン管を指差してヴィンセント。

「あれは、あのおっちゃんが描いたんちゃうか?」

ライトがそう言うとレオナは笑った。

「は~あ・・・君は恋人に甘いなあ・・・」

ヴィンセントは大げさにため息をついた。

「でも、イエガーさんが心配・・・」

自分がいないところで記者たちに笑い者にされていることに、レオナは胸を痛めた。

そして、彼女の予感は的中した。

イエガーはその後、ディスカバリー計画についての自伝を出したのだが、その内容が「宇宙人は英語を喋っていた」だの「結構アメリカ人ぽかった」だの、あまりに荒唐無稽で、子ども騙しもいいところだったのだ。

ついにはイエガーはそもそもアルファケンタウルスすら行っておらず、10年間どこかに潜伏していただけなんじゃないかという、ディスカバリー計画捏造説まで囁かれるようになってしまった。

世間が、アイザック・イエガーの冒険を忘れてしまった頃ー―レオナが、突然意を決したように言った。

三人はその時ちょうどバーガーショップでランチを食べていた。

「イエガーさんに会いに行こう」

「え?」

ハンバーガーをほおばりながらライト。

「本人に直接確認するのか・・・?」

と、ヴィンセント。

「ちゃう。励ましに行くんや。私たちは信じてますって」

「それは名案やな」

と、ライト。

「イエガーさんは今もライトスタッフ空軍基地にいるはずや」

「ちょ・・・ちょっと待ってくれよ・・・あの基地までどれくらいあると思うんだよ・・・

それに僕らはまだ運転免許も持ってないし・・・」

そこまで言ってヴィンセントは顔を青ざめさせた。

「まさか・・・自転車で行くって言うんじゃないだろうね・・・」

「軽い軽い!」

「冗談じゃない!!

あんな砂漠の真ん中まで自転車で行くなんて正気の沙汰じゃないよ!!

金なら僕が出すから、タクシーで行こうよ・・・」

すると、地図を広げながらライトが言った。

「あかんわ、この砂漠ガススタンドがほとんどないから、タクシーやバスは行けへんで」

「せやせや。

ライトスタッフ基地は軍の飛行機で行くんやもん。

ファイヤーフォックス砂漠は、よく核実験やってるから」

得意げなレオナ。

「そんなところに自転車で行くっていうのか!!」

「よ~し、そうと決まれば早速しゅっぱ~つ!」

腕を上げるレオナ。

「な・・・何も決まってないよ!!!」

こうして、夏休みを利用して三人は自転車でライトスタッフ空軍基地まで旅をした。

砂漠まではヒッチハイクが効いたが(ピックアップトラックが自転車ごと送ってくれた)、問題はファイヤーフォックス砂漠の400キロにも及ぶ道のりだった。

ライトは地質図を利用して、砂漠に散在している水源をあらかじめチェックし、日差しの強い昼は休み、夕方から夜にかけて水源から水源に自転車を走らせることにした。

ちなみに、ヴィンセントが「人生最悪の夏休み」と振り返る、この経験は、後のライトの冒険に大いに役立つことになる。

なんにせよ、脱水症状にもならずに無事にライトスタッフ基地にたどり着いた三人は、ついに子どもの頃からの憧れの英雄に出会うことが出来たのだ。

彼らはイエガーとの出会いで、自分の夢をもう一度確認した。

レオナは言った。

「あたし、絶対にパイロットになる!」

ライトも情熱を取り戻した。

「オレも宇宙ロケット作る!!」

そしてヴィンセントに圧力をかけた。

「オレはいつまでコンピュータ組んでりゃええんや!ロケット作らせろ!」

こうして、ライト&レイセオン社は本格的に宇宙ロケットの開発を始めた。



その数年後ー―

新聞の見出しを飾っていたのは、彼女ー―レオナ・イヤハートだった。

《地球連邦軍初の女性パイロットが誕生!偏見に打ち勝つ!》

軍に入隊したレオナはとうとう、今まで誰にも成し遂げられなかったことを実現させた。

一方のライトは、ヴィンセントとの会社を土星の経済特区に移転することに伴い、地球の大学を中退。

そして、潤沢な資金をもとに華奢なレオナでも操縦しやすいような戦闘機Tー72を開発した。

彼らの会社の資産は、この頃には5億ドルを超えていた。

滑走路に自分が開発した機体が運ばれてくる。

隣にいるレオナは「すげ~!」と嬉しそうにはしゃいだ。

「ずいぶんかかっちまったけど・・・」

「あたし、君と出会えて本当に幸せ!」

レオナはライトに抱きついてキスをすると、まるでクリスマスのプレゼントを待ちきれない子どものように、慌てて戦闘機のコックピットによじ登った。

そしてフライトゴーグルをかけて、ライトの方に向かって親指を立てた。

「よっしゃ~こっちは準備できたで~!」

ライトが翼の下で最終点検を行なう。

問題なさそうだ。

飛行場の周囲には、会社の役員や開発に携わったスタッフ、そして軍の上層部が、ライトが設計した新型戦闘機を興味深く観察している。

ヴィンセントは彼らにTー72のアピールポイントを説明していた。

「この戦闘機は戦争を変えますよ!

なにしろ、女子どもにだって簡単に操縦できるんですから!

言うまでもなく人口の半分は女性です。

これからは積極的に女性も戦場に送り込むべきなんです!」

戦闘機から離れ、親指を立てるライト。

「よし、いける!」

戦闘機から離れるライト。

「よ~し、みんな離れてくれ!」

唸り声を上げるジェットエンジン。

「レオナ・イアハート出撃~!」

滑走路から勢いよく離陸する戦闘機。

それを見送るライト。

ついに、子どもの頃約束した夢が叶ったんだー―

彼の心は達成感で満たされているはずだった。

しかし、空の彼方に消えていく戦闘機を見つめながらライトは、どこか切ない気持ちになった。

レオナがあのままどこか遠くに行ってしまうようなー―そんな気がした。
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