女神様の使い5歳からやってます

めのめむし

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第4章 帝都編2

第60話 奴隷解放

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「ジェフだー! はぁはぁ」

 少年は、力一杯叫んだから、肩で息をしている。

 美羽は素知らぬ顔で少女の方に行く。
少女と目が合うと、美羽がにこりと笑った。
少女は美羽よりもいくつも上のように見えた。
体の大きさも美羽よりずっと大きい。

(でも、美奈ちゃんに見えちゃった。犬耳かな? 犬の獣人かな。私の好きな柴犬の獣人だったらいいな。
柴獣人か)

 くすりと笑う。
それを見た、少女は頬を赤く染め、見つめてしまう。

(なんて優しい顔なんだろう。私のことを安心させようとしているんだ)

 そう少女は思ったが……。
美羽はこの少女が座り込んで、飼い主の引っ張るリードに逆らっている姿を想像している。

(柴犬は頑固なところが可愛いよね)

 全く関係ないことを考えて優しい顔で笑っていた。

「あ、あの」
「うん、君は病気もあるみたいだね。ひどい風邪かな。痩せてるから、きっと栄養が足りてなくて免疫力が低下して、風邪を引いたんだね」
「めんえきりょく?」
「うん、待っててね。すぐ治す」

 美羽が手をかざすと、耳障りな叫び声が聞こえてきた。

「お前、治癒士なんだろう。勝手なことするな! 俺の奴隷だぞ」

 美羽は冷たい目で声の主、ジェフを見た。

「何、あなた。誰?」
「俺はなぁ。帝都でも指折りのゴルディアック商会の三男のジェフ・ゴルディアック様だぞ」
「前も一言一句変わらず同じこと言ったよね。何? そこらじゅうで言って回ってるの? だっさ」
「覚えてるんじゃねえか!」
「覚えてないよ。覚えるほどの価値ないし」
「くっ」

 ジェフは顔を赤くしているが、市場でも酷い目に遭わされている。
迂闊なことができない。
しかし、ここで小さな少女相手に尻尾を巻いて逃げては今後の活動に支障が出る。

「俺の奴隷に触るな。まして、勝手な治癒など許さん」
「この子とこの子のお母さん、怪我してるよ。あなたがやったんでしょ」
「それがどうした。俺の奴隷なんだから、俺がどうしようがお前に関係ない。俺の当然の権利だ」
「奴隷には何をしても許されるの? きんちゃん」
「いえ、帝国には確かに奴隷制度はありますが、帝国法では奴隷の不当な暴行などの行為は禁止されております」
「あなた、違法なことをこの二人にしていたのね」
「だ、だからどうした。俺の奴隷ってことには変わりない。国だってこれくらいは許してくれるんだよ」
「国が許す?」
「ああ、国だってこんなクズの奴隷を守るために人を割くほど暇じゃないのさ。
俺みたいな躾をする奴はごまんといるんだぜ。いちいち関わってられるかよ」
「そうなんだ」
「そうなんだよ。だから、部外者のお前はとっとと失せろ」

 美羽がじっとジェフを見つめる。
ジェフは美しい桜色の瞳に吸い込まれそうな感覚を味わう。
じっと、見つめていた美羽が口を開いた。

「あのさ」
「な、なんだよ」
「この人たちって奴隷なんだよね」
「ああ、その首についている、隷属の首輪がその証拠だ」
「へえ、そうなんだ」

 その返事に、ジェフが息を吹き返したように饒舌になった。

「取ろうとしたって無駄だぞ。魔鋼鉄でできているからな。生半可な力じゃ取れるわけねえ。鍵がないと外れねえし、鍵は屋敷で厳重に保管しているからなぁ。それにな、無理に取ろうとしたら、魔力が暴走して爆発する仕掛けになってるんだよぉ。
それで、そいつの命は終わりだ。もし取ったとしても国に追われるぞ。奴隷制度ってな、この国の大事な制度だからな。奴隷を持つ権利は市民に与えられているんだよぉ」

 それを聞くと、美羽は口を開いた。

「要するにこの首輪がなければ、あなたの奴隷じゃないってことだね」
「言ったじゃねえか。取れるわけねえんだよ。それに取った瞬間「女神の手」……は?」

 美羽は少女の割れた隷属の首輪を手に持っていた。

「これで、あなたの奴隷じゃないってことだよね」
「お、お前、どうやったんだ」

 ジェフは得体の知れないものを見るような目で言う。

「あなたには関係ないじゃない。言う気はないよ」

 実際のところ、神気で首輪の周りに小さな結界を作り、魔力を抑え込んで暴走を防いでから、女神の手で外しただけだ。
神気は魔力を無効化する力がある。
もちろん、強い魔力は抑え込むのに膨大な神気を使うが、隷属の首輪くらいなら、大した神気を使わなくても抑え込める。

 美羽は少女の治癒を始めた。
美羽と少女が桜色に光る。
あたりには桜の花びらが舞う。

 その幻想的な光景に野次馬をしていた者たちが目を奪われる。

「おお、すごく綺麗だ」
「なんか、見ていると心が洗われるようだ」
「見て、この花びら。触れると消えちゃうんだけど、包丁で切った傷が治っちゃった」
「桜色で治癒? もしかして、今話題の天使様じゃないか?」
「ああ、間違いねえぜ。俺も治癒してもらったことあるからな」
「おお、天使様の奇跡が見れるなんて」
「教会も天使様って認めているんだぜ」

 周囲は美羽の話で持ちきりになる。
ジェフはその光景に居た堪れなくなってくるが、それでも後に引けない。

 その間に少女の傷と病は治ってしまった。

「どう? 具合悪くない?」
「すごい、どこも痛くないし、風邪も治ったみたい。ありがとう」
「どういたしまして。もう奴隷でもないから自由だよ」
「私、もう奴隷じゃないの? 自由なの?」
「そうだよ。もう大丈夫。辛かったね」

 少女は涙目になるが、決意したように美羽を見る。
しかし、すぐに申し訳なさそうな顔になり口を開いた。

「あの、ね。ママも奴隷から解放して欲しいんだけど……」

 それを聞いて美羽はにっこりと微笑む。

「もちろんだよ。美羽にまっかせて」

 そう言うと、少女は嬉しそうに笑った。
美羽と少女がほんわかした空気を作っていると、それをぶち壊しにする、耳障りな声が再び聞こえてきた。

「おい、お前、勝手に首輪外して、ふざけんなよ! 訴えてやるぞ。
ゴルディアック商会の力があればお前なんかすぐに投獄されて縛り首だ」

 美羽はチラッと、ジェフを見るがすぐに視線を外し、今度は母親の方に行く。

「大丈夫? 今外してあげるからね」
「でも、あなたが大変な目に遭うのよ。私はいいから、ジェフ様にすぐに謝ったほうがいいわ」

 そう言われると、美羽はふっと笑った。

「私はね、フィーナちゃんに楽しく生きるように言われてるんだ。
こんなことされてるあなたを見たら、私のママがひどい目に遭わされているみたいに思うの。
それをほっといたら、ちっとも楽しくないじゃない」
「フィーナちゃん? ……でも、あなたが心配よ」
「見ず知らずの私のために心配してくれてありがとう。
やっぱりママみたいだ」

 そう言うと、美羽は女性の首に向かって手をかざす。

「おい! 勝手なことをすると、許さねえぞ」

 少年が近寄ってきた。
美羽はそちらを見ないで、一言。

「女神の手」

 そう言うと、美羽の背中から桜色の大きな腕が3本出てきて、一本がジェフを鷲掴みにした。

「ひ、ひ、やめろ。はなせー」

 ジェフは市場でのことを思い出して、気が動転する。

 そのジェフのことは見ないで、美羽は女性の首輪を神気結界で覆い、2本の女神の手で左右から掴んで、引っ張る。

 バキン!

 音を立てて首輪が割れ、女性の首から外れた。

 それから、美羽は女性に治癒をして、あっという間に女性の傷を治してしまった。

「はい、これでもう傷もないし、奴隷でもないし、自由だよ」
「あ、ああ、ありがとうございます」
「ママ!」

 少女が走ってきて、女性にしがみついた。

「アミ! 心配かけてごめんね」
「ううん、ママは悪くない」
 
 二人は無事を確かめ合っている。
そんな二人を微笑んで見ていた美羽だったが、ジェフのことを見て、ため息を吐く。

「ハァ、こっちもどうにかしないとだよね」
「うわぁ」

 そう言って、美羽はジェフを掴んだままの女神の手を引き寄せ、近くに来たジェフと目を合わせた。

「あなた、何歳?」
「な、なんでそんなこと聞くんだ」
「何歳?」
「うぐ……12歳だ」
「12歳ってまだ成人もしていないのに、あんなひどいことして、あんな口汚くなれるの?
これは賢治と同じ道を行くね」
「ケ、ケンジって誰だ」
「誰でもいいよ。でも、あなたはこのままじゃ、ろくな大人にならないよ」
「お、大きなお世話だ」
「まあ、そうだね。でも、今後も奴隷を虐げていたら、許さないよ」
「お、お前、こんなことしてゴルディアック商会が許しておかないぞ」
「私の力を見たでしょ。それにそこのきんちゃんはもっと強いよ」
「い、いくら強いって言っても国だって黙っていないぞ。大勢の兵士に追われるんだぞ」

 ジェフがそう言うと、美羽の雰囲気が変わった。

「ねえ、さっきの奴隷の扱いをこの国が許しているんだったら、こんな国いらないよ。
私ときんちゃんで滅ぼしてもいいかなって思うよ」

 美羽の異様な迫力と殺気にジェフの息が止まる。

「ひっ」

 美羽はしばらくジェフを見つめていたが、不意にニコリと笑う。
凍りついていたジェフの表情もつられて緩む。

「じゃあ、今日はもう帰っていいよ。そこの仲間の人たちも連れて帰っていいよ。でも、この親子の二人は連れていっちゃダメ。
もう二度と関わったらダメ。ゾルディアック商会もそれに関係する人たちも二人に近づいたら、まとめて潰すからね」
「……」

 ジェフは口に言葉が出ない
美羽はもう一度念を押す。

「分かった?」
「あ、ああ、分かった。」

 それを聞いて、美羽はジェフを解放すると、ジェフは護衛を連れて慌てて走り去った。

 それを見届けると、美羽は親子に振り返って言った。

「初めまして。私は小桜美羽。女神レスフィーナちゃんの御使いだよ」

 美羽は輝くような笑顔を母娘に向けた。
母娘はその美しさにただただ見惚れていた。
 
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