伯爵令嬢を探せ

あくの

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 女将はあの年若い将校が国の偉い人の子供だとは聞いていた。第8騎士団の騎士団長が彼の子供の頃最初に剣を教えた縁で預かることになったのだと言っていた。

『繊細な方だからちょっと気を付けてやってくれ。俺だと何かと目が行き届かない事もあるからな」

第8騎士団の団長はそういって頭を掻いた。

 年若い将校はこんな、言ったら何だが場末の定食屋にいるような人にみえないな、とアイリスを少しまぶしく見た。王宮の女官や令嬢を見たときにも感じないなにか帆の温かい気持ちをアイリスに感じた。
 アイリスはこの辺りでは見ない上等なキャラメルをみて『ああ、この人は貴族の方なんだろうな』と思っていた。アイリスもこのキャラメルは知っていた。ミラが王都から取り寄せる菓子の中に都度都度合って、ミラベルが母親から奪ってアイリスと分けていたからだ。
 ミラはとことん、アイリスに興味はなかった。アイリスが家に来たときはキースの言葉を鵜呑みにしていた。しかし日々過ごしていくとひっそりとマリアベルの世話をし食堂の手伝いをする大人しい子供だったので気にならなくなったのだ。また、勝手に街にでるミラベルがアイリスが家にいると比較的おとなしく家にいるので遊び相手が家にいてよかった、くらいの扱いであった。

 ミラはミラベルには普通の母親であった。ミラベルにしたら少し鬱陶しい、おせっかい焼の母親、でありなんであんなショーモナイおっさん=父親を好きなのか半ばあきれていた。ミラベルにとって父親は一度も好意が抱けない男、であった。
 アイリスからみたら叔父夫婦は不思議なくらい仲が悪かった。下町で見た普通の街の夫婦とはまとってる空気が違っていたがミラがキースを好いているのは見ててなんとなくわかった。それが故にいろんなメイドをつまみ食いしているキースなんかの何がいいのかなぁと不思議であった。
 ミラベルやアイリスがキースのつまみ食いの現場を見てもメイドもキースも悪びれなかった。子供に見られた、としか思っていなかったのだ。


 今日はメイさんの所に行く日だった。アイリスは下町のパン屋で薄い生地のクッキーを買う。今日はミルクを配達してもらえる日なので硬くなったパンでパンプディングを作ってお昼にしようとパン屋に卵を分けてもらう。途中の八百屋や肉屋によってメイさんの食料を整えメイさんの部屋へ向かった。

「メイさん、こんにちは」

「いらっしゃい、アイリス。ほんと、お母さんによく似てきたね。一瞬ルシアかと思った」

「お母さんはもっと女らしいかったよ」

「あんたは背が伸びたからねぇ」

「ミラベルを抜いた時には悔しがってた」

アイリスが笑う。メイさんは未だ見ぬ孫の話をアイリスから聞かせられて楽しい子であるのは理解していた。

「ミラベルちゃんとは仲がいいのねぇ」

「だって最初で最後の友達だし……従妹だからね」

アイリスの笑みは優しい。ミラベルの話をするときのアイリスは優しい顔だった。

「このあたりの子とは友達には」

アイリスは首を横に振る。

「ミラベルのような友達にはなれないかな。みんな忙しいし」

アイリスはお湯を沸かして紅茶をいれる。アイリスはメイさんが別れた夫からの年金で生きていると聞いていた。これは本当でメイさんと別れた時にアイリスの祖父とマリアベルが相談して女性が一人で生きていけるだけの年金を伯爵家から出している。こういう年金の配布は王宮を通じて行われている。
 ノックの音がしてアイリスが出ると定食屋で会った下級将校が立っていた。

「あれ、アイリスちゃん、だよね?」

「こちらのおうちのお手伝いに来てるんです。メイさん、お客さん」

「ああ、上がってもらって」

アイリスは手早く将校の分もお茶を入れた。アイリスは洗濯物を見てくると席をはずした。その間に将校とメイさんは年金の処理を済ませた。

「今日はお茶がある時間に来てくれて助かったよ。いつも心苦しくてね」

とメイさんはアイリスに話す。

「毎月決まっていらっしゃるの?」

「そうだね。このくらいの時間に来てくれるんだ。2月に一度かな」

「そっか。私が来てる時はお茶用意しておくね」

アイリスはすとんと座って冷めたお茶を自分用のカップに注いだ。
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