伯爵令嬢を探せ

あくの

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 「アイリスさん、いつもありがとう」

年若い上級将校がはにかみながらアイリスに礼を言う。アイリスは皆に食後の珈琲を配膳していた。アイリスはにこっと笑う。そして砂糖壺とミルクの入ったピッチャーをテーブルに置いた。

「これ、みんなで食べてください」

年若い将校が渡したそれはボンボンの小袋であった。

「女将さんと分けますね」

アイリスの言葉に年若い将校は軽くうなずいた。第8騎士団の団長は微笑ましく二人を見ていた。そして思い出したようにアイリスに訊ねる。

「お母さんはお元気かな?」

「母ですか?……誰かとお間違えでは?」

「いや、ルシアさんでしょ、お母さん」

団長はにこにこと笑う。

「そう、です。……もう亡くなって十年以上経ちます」

「それは……。今更ですがお悔やみ申し上げます。ジャン=ジャックは元気なんですか?」

アイリスが不思議そうな顔になる。団長は何か察したようだった。

「その、……お父上は?」

「いません。会ったことないんです。私がいるっていうことは父親がいるんでしょうけど。父親の話を母はしませんでしたから」

アイリスはそういうと頭を軽く下げ、その場を離れた。



 「ジャン=ジャックってあのジャン=ジャックなのかねぇ」

「あの?」

女将が唇をすぼめて頭を振る。

「あんまりいいうわさはないねぇ。……貴族のお嬢さんを食って捨てたとか、女の持ってたアクセサリーを売ってかけの金にしたとか、ま、ろくな男じゃない。顔は悪くない。モノが女中瀬だって聞いたね。いつの間にか街から消えてねぇ」

「消えた?」

「ああ、消えた。消されたのか……やばい筋を踏んだとか。この辺を仕切ってた珍ビラの女に手を出したとか。そのチンピラも同じ時期に消えたんだけどね。アイリスちゃんはかかわっちゃだめだよ、悪い男には」

「男性あんまり……」

アイリスは首を横に振る。

「結婚はしないの?」

「考えたことない」

アイリスはふふっと笑う。

「いい人も見たのよ。男性で。ジャンとかマルクとか。ジャンは私に料理を教えてくれた人だしマルクはおばあ様のお世話をしてくれたし」

「いい男を知ってても男はあんまり、か」

「おかみさんの旦那さんはどんな人なんですか?」

アイリスは女将さんに話を振る。女将さんはにっこり笑う。

「そうだね。声がでかくて体もでかいよ。あとはそうだねぇ……ちょっとアホ?」

女将さんがきっぱり言う。アイリスと女将さんは顔を合わせて笑った。

「ま、あたしにはいい男だよ」

おかみさんはにやりと笑ってアイリスの背中を軽くたたいた。

「いい男見つけるんだよ。男ができたら連れてきな。……このあたりの男なら子供の頃から知ってるからね」

「万が一、できたらね」

アイリスは肩をすくめた。






 その夜アイリスの部屋を意外な人が訪れた。

「やっと見つけた」
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