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part8

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 軽快な曲だった。
 そして優雅で上品。

 跳ねるリズムとスタッカート。
 楽しげな曲を真面目な顔をして演奏する日枯ひがらし 。
 彼の顔が薄い陽光に照らされて、表情がよく見えた。

 そうか、みぞれはもう振り終わったのか。
 平田が窓から空を見上げると、灰色の雲と雲の隙間から、茜色の夕空が顔をのぞかせていた。
 軽快なステップを踏むような日枯ひがらし の鍵盤運びは、この薄暗い夕焼け空を優雅に引き立ててゆく。

 2分くらいもしないうちに、曲を弾き終えた日枯ひがらし はふぅっと一呼吸をした。
 そして、平田は思わず、小さく拍手してしまう。
「ピアノ上手いな。驚いた」

「そう言っていただけると嬉しいです。でも、何ていうか、僕の演奏は下手の横好きの域を超えないというか、ずっと普通の音色のままというか」
 うまく表現できないけど、そんな感じ。
 そう言って日枯ひがらし は苦笑いをする。
「メインでやってるのはフルートなんだろ? それともピアノも他人よりも高みを目指しているのか?」
「ピアノで誰かに勝とうなんて思っていないですよ。もっとも、フルートでもコンクール目指してるわけでもないですし」
「なら、それくらい弾ければ十分だと思うけどな」
「そうですか?」
「俺からしたら、フルートもピアノもそつなくこなせているよくに思うが?」
「そつなく、ですか」
 日枯ひがらし の顔が少しだけ曇った。
「別に僕は特別な演奏、とりわけ誰かと比べた時に、圧倒的な演奏技術を得たいとは思っていません。部内の人間関係や小さな政治こそ、そつなくこなせれば楽だなってくらいのことは考えていますが、演奏は楽しければ、それでいいんです」
「今の技術力があれば、他の人に合わせるのも楽しいだろ? それこそ、そつなく初見の曲でも入り込めるんじゃないか?」
「そうですね……」
 日枯ひがらし はあまり嬉しくなさそうに、「そう言ってもらえて、ありがとうございます」と頭を下げる。
「でも、僕の周りには僕よりもずっと凄くて、ずっと才能に溢れた人が集まっちゃうから、僕もつい躍起になってしまうんです」
「それは、吹奏楽部の中の話か?」
「ええ、もちろん吹部の中には凄い人たちがいっぱいいます」
 日枯ひがらし は顔を上げた。

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