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part9

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「六ヶ原高校は元々、音大を目指す人たちがたくさん集まっていた高校だそうですね」
「かなり昔の話だけど、そうらしいな」
 音楽の道を進むために、音楽に励むために毎日精進する、そういう学生がたくさん集まったから、昔は「音大を目指す学生のための高校」と六ヶ原高校は認識されていた。
 音楽室が二つ存在するのもその名残だ。
「だから、この高校の合唱部も吹奏楽部も、ともに毎年、コンクールで良い成績を収めることができています。そんな吹奏楽部に在籍する先輩たちには頭が上がらないですし、音楽的にも人間的にも尊敬できる先輩方がたくさん存在するのは、紛れもない事実です」
 ずいぶんと説明口調だが、淡々と語る日枯ひがらし の言葉に、ただ耳を傾ける。

 彼の言うとおり、六ヶ原高校の音楽系の部活のレベルが高い。そこに在籍する先輩たちのレベルも同様に高い。
 しかし、日枯ひがらし が言いたいのはそういうことではないのだろう。
 彼の説明口調には心がこもっていない。それは今までの日枯ひがらし の言葉が本題に対する前置きであるからにほかならない。
 だから、彼の言葉の続きを邪魔してはいけないのだ。平田は再び窓際に寄りかかる。

「僕はそういう環境で音楽が出来る『今』の時間が好きなんです。でも、幸か不幸か、たまにとんでもない人が普通に隣に座ってきて、普通に演奏してしまうことがあるんです」
「とんでもない? それ、どういう意味だ?」
「なんと表現すれば、いつも自分でも分からなくなってしまうんです」
 その言葉とは裏腹に、原稿用紙を読み上げるかのように、彼の口からはすらすらと言葉が出てきた。

「とても、不思議な音を奏でる人が僕の周りには現れるんです。気がついたら、そういう音を持っている人が隣に座っているんです」
 それは、とても不思議な音色なんです。
 日枯はどこか宙を眺めるように目を細める。

「その人が奏でる音は、僕の脳の奥に直接伝わる。そしてストレートに感情を揺り動かされるんです。例えば、その人が楽しい曲を弾けば、僕は楽しい気持ちに満ち溢れます。昔の楽しかった思い出を引き出させる、そんな音」
「逆に、悲しげなメロディーを弾けば、聴き手の自分自身もその感情に共感させられてしまうのか?」
 共感、なるほど。と日枯ひがらし は納得したように頷く。
「平田先輩のその言葉、とてもいい表現ですね」
「その人が物悲しいメロディーを弾けば、僕は悲しい思い出に、悲しい感情に包まれてしまいます。でも、その人が、例えばですが『花』に関係する曲を弾けば、その人が何の種類の花をイメージしているのか、その花の色まではっきりと伝わってきますし、その人が弾きながら思い浮かべた情景は、その人が持っている楽器を通して、確実に僕の頭の中に届いてくるんです」

 まるで超能力みたいですよね。
 日枯ひがらし は笑ってみせた。

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