呪具屋闇夜鷹

karon

文字の大きさ
9 / 17

老いた俳優

しおりを挟む
 俳優たちが劇場入りを始める時間、その時間にいつにない緊張感が漂っていた。
 無論本番前の俳優が緊張しないわけがないのだが、今日に限って種類の違う緊張感が漂っていた。
 原因は一つ、劇場の前に待ち構えていたのが警察官たちだったからだ。
 警察官たちの何かを探るような視線は、たとえ何もやましいことがなくても、居心地の悪さを感じさせずにはおかない。
 警察官たちは一様に鍛えられたいかにも頑健そうな身体つきと、いかつい顔立ちをしていた。そばに近寄ろうとするだけで威圧感に負けそうになるのだ。
「こんなことはいずれ起きることさ」
 そう冗談めかした口調で一人の老いた俳優が、悠然と警察官に近寄って行った。
「何がお目当ては薄々察しておりますがね、おそらくアリアン・テッドのことでしょうな」
 そして優雅に一礼する。
「それではお話を伺いましょうか?」
 品の良い笑みを浮かべた彼はそう言って、警察官に笑いかけた。
 彼を担当したのは、中堅どころと思われる恰幅のいい警察官だった。
「貴方は落ち着いていますな」
 いかにもおどおどと警察官を見ている若手俳優と違って彼は悠然と構えている。
「いやいや、私とて最初は彼らと同じようなものでしたよ、二度目ともなればね」
 悪戯っぽく片目をつむってみせる。
「二度目といいますと」
「歳月とは酷いものですな、知らぬものなしといわれた伝説の歌姫の名も今は色褪せた。わざわざ言わねば、誰も彼女の名など思い出さなくなって久しい。イレーヌ・マデア、私にとっては忘れられぬ名ですよ」
 警察官にとっては耳慣れぬ名だった。
 その時点で、未成年で、親の同伴なしで劇場などに入れなかったので、その名前も聞いたことがあるような気がするどまりだった。
「あの時はこれよりもっと大騒ぎでしたねえ」
 かつてを懐かしむような目で虚空を見る。
「あの、それはともかくですね」
 はるか昔に終わった事件よりも、最近起こった事件だ。
「アリアンですか、まったく惜しい女優を亡くしたものですね」
 再びその俳優は視線を宙にさまよわせる。
「まさかマルテネスと同一人物だったとは、マルテネスは、あの容姿ですからね、結構キャラを作ることが多かった。わざと大仰なことをやっているような感じだったかな、案外アリアンのほうが彼女の演技の本質に近かったのかもしれない」
 女優としてのアリアン・テッドに対する批評はあまり事件とは関係がないような気がする。しかしあえてそれを押し殺して話を聞き続けた。
「そう言えば、あの顔を作ったのは闇夜鷹だそうですね。いや、いい仕事をしている。先代と比べてやや見劣りするという噂ですが、実力は確かなようですね」
 闇夜鷹の名前は、一般人はあまり縁がない。呪具屋という仕事は、公務員になっている以外は、法外な報酬を要求する。あまり一般的でない人を相手に商売をしているという印象だ。
「呪具屋ですか」
「偉大な先代がいると、二代目以降は苦労するものなのですね、二代目も十分すぎるほど、優秀な呪具屋と思えるのですが」
「それはわかるような」
「ですが先代は動きが派手だった。ああ、でもそう言えば、マルテネスとイレーヌ、演技と歌の差はあれ、立場は同じだったな」
 昔を思い出すように、老俳優は目を細めた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

処理中です...