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終章
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狭い馬車に、家族四人詰め込まれて、はじめて父の領地を出て、王都に向かう。
王宮主催の園遊会。貴族の顔合わせだ。その際令嬢や子息を連れてきて、顔つなぎをする習慣があるのだという。
そのため家族全員で王宮に向かう。テオドラは窓際に張り付いて見慣れない風景に釘付けになっている。
少しずつ、街並みの形が変わってくる。
「王宮に行くの?」
「いや、その前に、泊めてもらう予定の館に行く。そこで身支度をしてから王宮に向かう」
王都に家を持っている貴族と持っていない貴族がいる。
テオドールの家は持っていない方だった。
祖父の知人だという人の館は王都の真ん中にあり、その途中の街並みにはテオドールもテオドラを押しのけて釘付けになった。
「ちょっとテオドール、見えないでしょ」
テオドラがテオドールの襟首を引っ張る。
「さっきからずっと見てただろ」
襟をつかむテオドラの手首に爪を立てた。
「いったい、何すんのよ」
テオドラがテオドールの頭をはたいた。
「いい加減にしろお前ら」
父親の鉄拳制裁が二人を襲った。
少なくともあの父親はテオドールに無関心だったが、手を挙げることはなかった。こういうときはどっちがよかったのか考えてしまう。
知り合いの館で、着替えを済ませ、正午から始まる園遊会会場に四人そろって立っていた。
「うわー広い」
テオドラが歓声を上げる。その広い庭園が、王宮では四季に合わせて四つあるという。それが途方もない気がした。
「まあ、素敵」
セシリアが、バラの生け垣を見つめて感嘆のため息をこぼす。
「テオドール、あちらにブランコがあるよ」
テオドラが、子供を想定した遊具がある場所に目をつけた。
「あちらで遊んでいろ、ただし行儀よくな」
そう言って二人はバラ園を歩くつもりらしい。
「王族なんかも来てるのかしら、王子様が私を見るかしら」
テオドラがきゃらきゃらと笑う。
「王子様はとっくに成人してるよ、お前みたいなチンチクリンに目を止めたらそっちのが危ない……」
いつも通りの憎まれ口の応酬をしていたテオドールの視界をよぎったものがある。
花の匂いとは違う、どこかで嗅いだ甘い香り。
まっすぐに背を伸ばし、テオドールの脇を通り過ぎていく人。
テオドールは思わず後を追った。
花壇をあるかなしかの表情で見るとはなく眺めているその横顔は、間違いなく、あの母親だった。
テオドールが視界に入ってもみじんも表情を変えることなく。ただそこに佇んでいる。
テオドールの横を通り過ぎて、小さな幼児を抱いた男性が母親に近づいて行く。
茶色い髪の端正と言っていい容姿の背の高い男だった。
母親に声をかけ。幼児を手渡す。母親は、幼児を抱いて少し笑った。
テオドールは立ち尽くしたまま目の前の光景を見ていた。
「ちょっとテオドール、何明後日のところに行っちゃうのよ」
テオドラが後ろからテオドールをどつき倒す。
「ちょっと母様かと思っただけで」
「ちょっと、馬鹿じゃない、あの人が着ているのは薄緑色でしょう。今日お母様のお召しは空色だったじゃない」
半目でテオドラはテオドールをねめつける。
「とに、男ってどうしてドレスに疎いのかしら」
淑女ぶって気取って肩をそびやかす。
「今更お嬢様ぶっても遅いと思うが」
「言ったわね」
そして二人の追いかけっこが始まる。
走り出したテオドールの耳元に時の妖精の笑い声が聞こえた気がした。
王宮主催の園遊会。貴族の顔合わせだ。その際令嬢や子息を連れてきて、顔つなぎをする習慣があるのだという。
そのため家族全員で王宮に向かう。テオドラは窓際に張り付いて見慣れない風景に釘付けになっている。
少しずつ、街並みの形が変わってくる。
「王宮に行くの?」
「いや、その前に、泊めてもらう予定の館に行く。そこで身支度をしてから王宮に向かう」
王都に家を持っている貴族と持っていない貴族がいる。
テオドールの家は持っていない方だった。
祖父の知人だという人の館は王都の真ん中にあり、その途中の街並みにはテオドールもテオドラを押しのけて釘付けになった。
「ちょっとテオドール、見えないでしょ」
テオドラがテオドールの襟首を引っ張る。
「さっきからずっと見てただろ」
襟をつかむテオドラの手首に爪を立てた。
「いったい、何すんのよ」
テオドラがテオドールの頭をはたいた。
「いい加減にしろお前ら」
父親の鉄拳制裁が二人を襲った。
少なくともあの父親はテオドールに無関心だったが、手を挙げることはなかった。こういうときはどっちがよかったのか考えてしまう。
知り合いの館で、着替えを済ませ、正午から始まる園遊会会場に四人そろって立っていた。
「うわー広い」
テオドラが歓声を上げる。その広い庭園が、王宮では四季に合わせて四つあるという。それが途方もない気がした。
「まあ、素敵」
セシリアが、バラの生け垣を見つめて感嘆のため息をこぼす。
「テオドール、あちらにブランコがあるよ」
テオドラが、子供を想定した遊具がある場所に目をつけた。
「あちらで遊んでいろ、ただし行儀よくな」
そう言って二人はバラ園を歩くつもりらしい。
「王族なんかも来てるのかしら、王子様が私を見るかしら」
テオドラがきゃらきゃらと笑う。
「王子様はとっくに成人してるよ、お前みたいなチンチクリンに目を止めたらそっちのが危ない……」
いつも通りの憎まれ口の応酬をしていたテオドールの視界をよぎったものがある。
花の匂いとは違う、どこかで嗅いだ甘い香り。
まっすぐに背を伸ばし、テオドールの脇を通り過ぎていく人。
テオドールは思わず後を追った。
花壇をあるかなしかの表情で見るとはなく眺めているその横顔は、間違いなく、あの母親だった。
テオドールが視界に入ってもみじんも表情を変えることなく。ただそこに佇んでいる。
テオドールの横を通り過ぎて、小さな幼児を抱いた男性が母親に近づいて行く。
茶色い髪の端正と言っていい容姿の背の高い男だった。
母親に声をかけ。幼児を手渡す。母親は、幼児を抱いて少し笑った。
テオドールは立ち尽くしたまま目の前の光景を見ていた。
「ちょっとテオドール、何明後日のところに行っちゃうのよ」
テオドラが後ろからテオドールをどつき倒す。
「ちょっと母様かと思っただけで」
「ちょっと、馬鹿じゃない、あの人が着ているのは薄緑色でしょう。今日お母様のお召しは空色だったじゃない」
半目でテオドラはテオドールをねめつける。
「とに、男ってどうしてドレスに疎いのかしら」
淑女ぶって気取って肩をそびやかす。
「今更お嬢様ぶっても遅いと思うが」
「言ったわね」
そして二人の追いかけっこが始まる。
走り出したテオドールの耳元に時の妖精の笑い声が聞こえた気がした。
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