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対立→■■■→再演
―― 砂漠の大蛇のおはなし ――①
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「駅でもないのにこの場所こそが発着点だなんて不思議ね」
それだけ聞くと、なんだか謎かけみたいだ。
エルルカは生来の学者気質なのか興味津々で周りをあちこち歩き回りながら、さらさらの熱い砂を意味もなく触ったりして、「熱いっ」と火傷したりしている。
そう、ここは灼け付くような砂漠のど真ん中。
わたし達はぽつんとそこに立っている、立ち尽くしている。思考さえ干上がってしまった。まるで、陽炎。何もなさすぎて、いや、あるにはあるけど、それは頭上高くで輝く大きな太陽だけで、むしろ今は無くなってくれ、とさえ思う。
いくら手を伸ばしたって太陽に届くはずもなく、握り潰してこの猛暑を終わらせることができるはずもなく。触れることが出来るのは、そう、この熱く灼けた砂だけ。
「魔王、いや、【不浄遺棄地域】から嬢ちゃんがもらった力の導きと、他の神話と比べて比較的残されている文献、そして、この砂漠の遊牧民の伝説だとこの辺りのはずじゃ」
おじいちゃんはすっかりぬるく、いや、もはや温かくなってしまった水筒の水を少しだけ口に含むと、髪が後退して広くなったしわだらけの額の汗を乱暴に拭う。そういえば、死ぬほど暑いのにわたしは一滴も汗を流していない。熱が籠り続けてこのまま爆発したらどうしよう。
「【心励起/仇多羅急行】という物語だけはなぜか、それを記した文献から名前やエピソードが消えたり、突然何も書かれていなかったはずの無関係な書物に記述が現れたりするんじゃ」
「そして、それは【心励起/仇多羅急行】と関係する人の記憶にも影響しているみたいね。関係なかったはずの村に言い伝えが残っていたり、【心励起/仇多羅急行】に由来していたはずの祭事が全くの別物になったりするのよ」
「どういうこと? なんでそんなことが起きるの?」
「わしにもさっぱりわからぬ。じゃが、【不浄遺棄地域】は【心励起/仇多羅急行】が時間を司るものだと言っとった。それが【心励起/仇多羅急行】の物語に起きる歴史改変の影響なのかもしれぬな」
「もしかしたら、私達の記憶も変わっているのかもね」
近くの街で隊商から買った砂の色をした日差し除けの衣装は肌を出来るかぎり露出させないようにゆったりと身体を覆っていて確かに日差しは防いでくれるけど、この日陰もない灼熱の中だと一刻も早く脱ぎ捨ててしまいたくなるほど暑い。けど、
「肌は出すなよ、日差しで火傷するぞい」
おじいちゃんに強めの口調でそう言われて、おとなしく被っていることにした。わたしの身体はずっと冷たかったはずなのに、今は触れたら火傷してしまいそうなほど熱い。わたしは大理石の彫像か何かなのかしら。あるいは、トカゲとか? 少なくともドラゴンではなさそうね。
砂漠で出会った遊牧民の小さな一団は、染色した獣の毛で織られた大きな絨毯をいくつか見せてくれた。それらには、悠久の時を経たのだろうかすっかり色褪せているものと、比較的新しそうなもの、それにまだ織りかけのものとが混在していた。
これは彼らの日用品であるとともに、彼らにとっての歴史書なのだという。絨毯に織られたその不思議な模様のひとつひとつに意味があって、そのひとつひとつに彼らの先祖たちが遭遇した様々な物語がある。すっかり灼熱の太陽に焼けて黒い肌の若い団長は、古ぼけた絨毯を愛でるようにそっと撫でながらそう教えてくれた。そうか、物語には本だけじゃなくてこういう形もあるのか。
彼ら曰く、いくら自分たちの記憶が変わろうと、この絨毯の模様だけは変わらないのだとか。
でも、彼らの記憶が絨毯の模様ごと変わってしまったら、それを確かめようがないんじゃないかしら、と指摘しようとしたけど、おじいちゃんにそっと止められた。「彼らには彼らの歴史がある、それは野暮じゃ」
その色鮮やかな物語では、この広大な砂漠を這い、千と百夜の時間と記憶を喰らう大蛇が現れるという。
それだけ聞くと、なんだか謎かけみたいだ。
エルルカは生来の学者気質なのか興味津々で周りをあちこち歩き回りながら、さらさらの熱い砂を意味もなく触ったりして、「熱いっ」と火傷したりしている。
そう、ここは灼け付くような砂漠のど真ん中。
わたし達はぽつんとそこに立っている、立ち尽くしている。思考さえ干上がってしまった。まるで、陽炎。何もなさすぎて、いや、あるにはあるけど、それは頭上高くで輝く大きな太陽だけで、むしろ今は無くなってくれ、とさえ思う。
いくら手を伸ばしたって太陽に届くはずもなく、握り潰してこの猛暑を終わらせることができるはずもなく。触れることが出来るのは、そう、この熱く灼けた砂だけ。
「魔王、いや、【不浄遺棄地域】から嬢ちゃんがもらった力の導きと、他の神話と比べて比較的残されている文献、そして、この砂漠の遊牧民の伝説だとこの辺りのはずじゃ」
おじいちゃんはすっかりぬるく、いや、もはや温かくなってしまった水筒の水を少しだけ口に含むと、髪が後退して広くなったしわだらけの額の汗を乱暴に拭う。そういえば、死ぬほど暑いのにわたしは一滴も汗を流していない。熱が籠り続けてこのまま爆発したらどうしよう。
「【心励起/仇多羅急行】という物語だけはなぜか、それを記した文献から名前やエピソードが消えたり、突然何も書かれていなかったはずの無関係な書物に記述が現れたりするんじゃ」
「そして、それは【心励起/仇多羅急行】と関係する人の記憶にも影響しているみたいね。関係なかったはずの村に言い伝えが残っていたり、【心励起/仇多羅急行】に由来していたはずの祭事が全くの別物になったりするのよ」
「どういうこと? なんでそんなことが起きるの?」
「わしにもさっぱりわからぬ。じゃが、【不浄遺棄地域】は【心励起/仇多羅急行】が時間を司るものだと言っとった。それが【心励起/仇多羅急行】の物語に起きる歴史改変の影響なのかもしれぬな」
「もしかしたら、私達の記憶も変わっているのかもね」
近くの街で隊商から買った砂の色をした日差し除けの衣装は肌を出来るかぎり露出させないようにゆったりと身体を覆っていて確かに日差しは防いでくれるけど、この日陰もない灼熱の中だと一刻も早く脱ぎ捨ててしまいたくなるほど暑い。けど、
「肌は出すなよ、日差しで火傷するぞい」
おじいちゃんに強めの口調でそう言われて、おとなしく被っていることにした。わたしの身体はずっと冷たかったはずなのに、今は触れたら火傷してしまいそうなほど熱い。わたしは大理石の彫像か何かなのかしら。あるいは、トカゲとか? 少なくともドラゴンではなさそうね。
砂漠で出会った遊牧民の小さな一団は、染色した獣の毛で織られた大きな絨毯をいくつか見せてくれた。それらには、悠久の時を経たのだろうかすっかり色褪せているものと、比較的新しそうなもの、それにまだ織りかけのものとが混在していた。
これは彼らの日用品であるとともに、彼らにとっての歴史書なのだという。絨毯に織られたその不思議な模様のひとつひとつに意味があって、そのひとつひとつに彼らの先祖たちが遭遇した様々な物語がある。すっかり灼熱の太陽に焼けて黒い肌の若い団長は、古ぼけた絨毯を愛でるようにそっと撫でながらそう教えてくれた。そうか、物語には本だけじゃなくてこういう形もあるのか。
彼ら曰く、いくら自分たちの記憶が変わろうと、この絨毯の模様だけは変わらないのだとか。
でも、彼らの記憶が絨毯の模様ごと変わってしまったら、それを確かめようがないんじゃないかしら、と指摘しようとしたけど、おじいちゃんにそっと止められた。「彼らには彼らの歴史がある、それは野暮じゃ」
その色鮮やかな物語では、この広大な砂漠を這い、千と百夜の時間と記憶を喰らう大蛇が現れるという。
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