165 / 235
目的、この物語のテーマ
―― 【倫理狂い 】 ――⑦
しおりを挟む
得たものは確かにあって、でも、この喪失感は何なのだろうか。
愚かな行いに対する報いとしては、この代償はあまりにも大きすぎやしないか。
とぼとぼと相変わらずギラギラ下品に彩られた魔法灯街を歩く。こんなはずじゃなかった、いや、【倫理狂い】に一体どんな物語を想像していたのだろうか。今はもう思い出せない。
俯いた視線にさらさらと黒と金色が映り込んで、なおさら陰鬱な気分にさせる。
毒はまだ抜けていない。あの唇の柔らかな感触を思い出しては、ぶるりと痙攣じみた震えが走る。彼女のやわらく濡れている肢体を弄ぼうとあそこに戻りたくなる。ダメ、それに依存してはいけない、ゼッタイ。
なんだかんだで気に入っていたのかもしれない。わたし、という希薄な存在の中で無色透明という色彩を象徴するものだったのかもしれない。
わたしの髪を綺麗だと言ってくれたジーナが今のわたしを見たらなんて言うかしら。優しく慰めてくれるかしら。
ああ、こんな髪、ダンスホールじゃ確かに目立つかもしれないけど、これじゃあ悪目立ちじゃない、低俗がすぎる。どうやったって音に身を任せることなんてできやしない。そんな気分じゃない。
わたしだって王子様が開くお城の舞踏会に行きたいのに。そのためのおしゃれなのに、ワンピースも下着もピアスの穴もコルセットも燃える血も靴も歌声も肌もバッグも、そして、無色透明だった髪も全部台無し。これじゃあ、灰をかぶっていた方がまだマシかもしれない。
だけど、そんな派手なのに陰気で幸薄そうな少女がこんな治安の悪い地下街を歩いていれば、わたしの気分なんて全くもってお構いなしで。
【倫理狂い】にもらったこの髪の色のせいなのか、わたしを買おうとする大人が声を掛ける。
それも1人や2人じゃない、すれ違う大人がわたしを見る視線は、声は、劣情に昂る吐息は、まるで血に飢えた獣。さっき【倫理狂い】に殺到していた群れのぎらついた目だ。今すぐにでも飛び掛かれられて貪り喰らわれそうでとても気持ち悪かった。
ああ、ここにメルトさえいてくれたらあっという間に彼らを焼き払ってくれるのに。いや、わたしがやってもいいのかしら。そんな鬱屈とした感情ばかりが湧き上がってくる。
それでも、この無法街にも一応ルールはあるらしい。合意がなければ襲われないらしく、(いや、襲うのに合意ってわたしにも意味がわからないけど、)無視していれば指一本も触れてこなかったのは救いだった。それもそうか、自由に好き勝手できる【倫理狂い】がいるんだもの、欲望の捌け口としてはそっちの方が楽に処理できるもんね。
……ああ、ダメだ、どんどん考えが卑屈になっていく。
とっととここから出て行こう、こんなところに長くいたらわたしは【倫理狂い】に魅了されて欲望にまみれたただの獣になってしまう。あんなものになりたくない。あの恍惚をいち早く忘れなくちゃいけない。
でも……
わたしはこんなところから出ていけば何事もなかったようにまた冒険を続けられるはずだけど。
だけど、【倫理狂い】は? ここに囚われている彼女に救いはあるのだろうか。
わたしは逃げた。彼女から目を背けた。せっかく“始源拾弐機関”という物語に出会えたのにお話を聞くこともできなかった。どんな物語でも話を聞こうという気にすらならなかった。こんなこと初めてだ、おじいちゃんがいたらきっと怒りだしてしまうだろう。
それでも、もうあそこに戻ろうという考えはまるで浮かばず、どうしてか微かに震える足を無理矢理誤魔化しながら、この怪物の腐敗した臓物じみた地下街の出口を足早に目指すことにした。
……ああ、わたしは何を……
ーー "Ah, my dear children, how come you here? you must come indoors and stay with me, you will be no trouble." ーー
愚かな行いに対する報いとしては、この代償はあまりにも大きすぎやしないか。
とぼとぼと相変わらずギラギラ下品に彩られた魔法灯街を歩く。こんなはずじゃなかった、いや、【倫理狂い】に一体どんな物語を想像していたのだろうか。今はもう思い出せない。
俯いた視線にさらさらと黒と金色が映り込んで、なおさら陰鬱な気分にさせる。
毒はまだ抜けていない。あの唇の柔らかな感触を思い出しては、ぶるりと痙攣じみた震えが走る。彼女のやわらく濡れている肢体を弄ぼうとあそこに戻りたくなる。ダメ、それに依存してはいけない、ゼッタイ。
なんだかんだで気に入っていたのかもしれない。わたし、という希薄な存在の中で無色透明という色彩を象徴するものだったのかもしれない。
わたしの髪を綺麗だと言ってくれたジーナが今のわたしを見たらなんて言うかしら。優しく慰めてくれるかしら。
ああ、こんな髪、ダンスホールじゃ確かに目立つかもしれないけど、これじゃあ悪目立ちじゃない、低俗がすぎる。どうやったって音に身を任せることなんてできやしない。そんな気分じゃない。
わたしだって王子様が開くお城の舞踏会に行きたいのに。そのためのおしゃれなのに、ワンピースも下着もピアスの穴もコルセットも燃える血も靴も歌声も肌もバッグも、そして、無色透明だった髪も全部台無し。これじゃあ、灰をかぶっていた方がまだマシかもしれない。
だけど、そんな派手なのに陰気で幸薄そうな少女がこんな治安の悪い地下街を歩いていれば、わたしの気分なんて全くもってお構いなしで。
【倫理狂い】にもらったこの髪の色のせいなのか、わたしを買おうとする大人が声を掛ける。
それも1人や2人じゃない、すれ違う大人がわたしを見る視線は、声は、劣情に昂る吐息は、まるで血に飢えた獣。さっき【倫理狂い】に殺到していた群れのぎらついた目だ。今すぐにでも飛び掛かれられて貪り喰らわれそうでとても気持ち悪かった。
ああ、ここにメルトさえいてくれたらあっという間に彼らを焼き払ってくれるのに。いや、わたしがやってもいいのかしら。そんな鬱屈とした感情ばかりが湧き上がってくる。
それでも、この無法街にも一応ルールはあるらしい。合意がなければ襲われないらしく、(いや、襲うのに合意ってわたしにも意味がわからないけど、)無視していれば指一本も触れてこなかったのは救いだった。それもそうか、自由に好き勝手できる【倫理狂い】がいるんだもの、欲望の捌け口としてはそっちの方が楽に処理できるもんね。
……ああ、ダメだ、どんどん考えが卑屈になっていく。
とっととここから出て行こう、こんなところに長くいたらわたしは【倫理狂い】に魅了されて欲望にまみれたただの獣になってしまう。あんなものになりたくない。あの恍惚をいち早く忘れなくちゃいけない。
でも……
わたしはこんなところから出ていけば何事もなかったようにまた冒険を続けられるはずだけど。
だけど、【倫理狂い】は? ここに囚われている彼女に救いはあるのだろうか。
わたしは逃げた。彼女から目を背けた。せっかく“始源拾弐機関”という物語に出会えたのにお話を聞くこともできなかった。どんな物語でも話を聞こうという気にすらならなかった。こんなこと初めてだ、おじいちゃんがいたらきっと怒りだしてしまうだろう。
それでも、もうあそこに戻ろうという考えはまるで浮かばず、どうしてか微かに震える足を無理矢理誤魔化しながら、この怪物の腐敗した臓物じみた地下街の出口を足早に目指すことにした。
……ああ、わたしは何を……
ーー "Ah, my dear children, how come you here? you must come indoors and stay with me, you will be no trouble." ーー
0
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
神の加護を受けて異世界に
モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。
その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。
そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる