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1.SINGULARITY
幻想(ヴァーチャル)は現実(リアル)を越えることができるか
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「クソ、もう終わっちまったのかよ」
ネオンに照らされた夜の片隅で。
見上げてみると、ついさっきまで街中に爆音で実況されていた試合の結果が華々しく夜空を覆い尽くさんとする巨大なホログラムスクリーンに映し出されていた。
長い金髪に細身の白い鎧を着た王子様みたいなキザ野郎が取り繕った笑顔でインタビューを受けている。あんな子供だましのゲームの何が楽しいんだ。
「オレには幻想なんて抱いてるヒマはないんだ」
オレにはやるべきことがある。
そのために、誰しもがあのゲームに夢中になる今日という日を選んだというのに。
オレは視線を逸らす。今日の目的はこんなところでゲーム観戦することじゃない。17歳というのは青春真っ盛りで、だからこそこんなところでバカみたいに空を見上げている時間は1秒もないんだ。
オレはそんな、バカみたいに空を見上げて熱狂する雑踏をすり抜けながらぼそりと呟くけど、そんな小さな呟きなんて誰の耳にも届くことなく、この騒々しいだけの大歓声の中で簡単に掻き消された。
「確かにここに実存としてある自分自身しか信用しない。魔法なんてただのお気軽なマジックの延長だろうが」
少し前に降っていた雨のせいで濡れた薄暗い路地裏。ここまで来ればもう喧騒は聞こえない。
それのさらに奥に行った片隅にある、何時潰れても(経営的にも、そう、物理的にも、だ)おかしくないようなジャンク屋。
雨に濡れたそのガラスには陰鬱な眼差しでオレを見る、赤い目に黒い瞳孔、無造作に伸びた黒い髪の少年が写っていた。
そんな陰気臭い少年から目を逸らすように、オレはどう見ても怪しい黒いパーカーのフードを目深に被り、できる限り静かに店内へと入っていく。そう、店主に気付かれないように、だ。
幸いにもこの悪趣味で乱雑なジャンク屋のハゲデブオヤジ店主は、今だ興奮冷めやらぬさっきの勝負のハイライトやら解説チャンネルにログインしているようでオレの存在には気づいていない。
さっさとお借りするか。
そう、決して盗むんじゃない、ちょっと借りるだけ。もちろん不要なら返すし、必要となればお金は払うさ、そのうち。
ちょっと前に下見した時に透明化の魔法はセキュリティロックされていることは確認済みだ。こんな店のクセに防犯対策だけはやたらとしてあるのがなんか腹立たしいな。
「お、待たせたな、お嬢さん」
そして、早速オレはお目当ての物を見つける。
ずっと前から目を付けていた掘り出し物。
きっとこの店主の目は完全にガタがきた赤錆まみれのジャンクで出来ているんだろう。
これが何かわからないなんて。
これから感じる尋常ならざる魔力は、凡人以下どころかさっぱりナノマシンを持っていないオレにだってわかるぞ。
……いや、これが何のパーツだったのかオレにもさっぱりだが。
ま、とにかくオレが有効に活用してやる方がこの掘り出し物も本望だろ。
ほとんど薄れてしまった罪悪感が、それでも心臓の鼓動を急かすのをわずかに苛みながら、ゆっくりとそれに手を伸ばした時、
「何か探してるのか?」
「あ、は、はいッ! あ、えーと、これがほしい、かも……?」
トップランカー同士の試合の日、なんて一年に一度の祭典みたいな日に、いや、そもそもこんなところに客がいること自体が珍しいのだろう。
ハゲデブ店主は怪訝な表情で、フードに隠れたオレの顔を、そして、オレが伸ばした手の先を見る。
「あ、はは、いや、違うな、これかなあ?」
なんとか引きつった愛想笑いを作ると、ビクッとしながら適当なガラクタを指差す。
「アンタまだ若いだろ、そんなもん、何に使うんだ?」
「ああ、いや、ほら、これ見てよ、オレ、あんまり魔力なくてさ、」
この場を切り抜けるためとはいえ、自分で言っといて屈辱的な台詞と共に、右手の肘から先を覆うように装着された“幻想籠手(エンチャント・ガントレット)”を掲げてみる。
「…………」
無言でオレを見る何か言いたげな店主の表情。クソ、まだ疑ってるな。
「あ、そうだ、おやっさんも見てただろ、さっきの試合。魔力なくてもさ、オレもあんな風になりたくてさ」
「……まあ、それじゃそれが必要か」
よし、まだいける。店主もあの試合の興奮で少し浮かれてると見た。
思わず出てしまいそうになるほくそ笑みをなんとか愛想笑いで上書きしつつ。
「けどよ、それ買えるか?」
値段を見ると、げ、なんだよ、これ。
適当に指差した先には、到底オレには手が出せそうにないような値札がぶら下がっていた。なんでこんなガラクタにこんな値段付けてるんだ!
「ああ、じゃあ買えないっすね、はは」
そうして、そそくさと店を出て行こうとするオレを、
「おい、ちょっと待て、まさか俺の店で万引きなんてしてないだろうな」
ドスの効いた声で引き留める。ついでに店の防犯カメラの映像にでもアクセスしているのか、眼球が右上の方を向いている。
……おいおい、バレないだろうな。
「その右手の籠手見せてみろ」
オレはゆっくりと振り返ると、銃を突き付けられたみたいに両手を上げる。
「いや、持ってるわけないでしょ、ほら」
「……そうか、疑ってすまんな、また来てくれよ」
「ああそうするよ。今度は大金持ちになってからね」
オレは負け惜しみの捨て台詞を吐き出すと、逃げ出すように今度こそ足早に店を出た。
「……はッ、現実なんてこんなもんよ。全部まやかしだ、子どもだましの魔法なんてクソ喰らえ」
ネオンに照らされた夜の片隅で。
見上げてみると、ついさっきまで街中に爆音で実況されていた試合の結果が華々しく夜空を覆い尽くさんとする巨大なホログラムスクリーンに映し出されていた。
長い金髪に細身の白い鎧を着た王子様みたいなキザ野郎が取り繕った笑顔でインタビューを受けている。あんな子供だましのゲームの何が楽しいんだ。
「オレには幻想なんて抱いてるヒマはないんだ」
オレにはやるべきことがある。
そのために、誰しもがあのゲームに夢中になる今日という日を選んだというのに。
オレは視線を逸らす。今日の目的はこんなところでゲーム観戦することじゃない。17歳というのは青春真っ盛りで、だからこそこんなところでバカみたいに空を見上げている時間は1秒もないんだ。
オレはそんな、バカみたいに空を見上げて熱狂する雑踏をすり抜けながらぼそりと呟くけど、そんな小さな呟きなんて誰の耳にも届くことなく、この騒々しいだけの大歓声の中で簡単に掻き消された。
「確かにここに実存としてある自分自身しか信用しない。魔法なんてただのお気軽なマジックの延長だろうが」
少し前に降っていた雨のせいで濡れた薄暗い路地裏。ここまで来ればもう喧騒は聞こえない。
それのさらに奥に行った片隅にある、何時潰れても(経営的にも、そう、物理的にも、だ)おかしくないようなジャンク屋。
雨に濡れたそのガラスには陰鬱な眼差しでオレを見る、赤い目に黒い瞳孔、無造作に伸びた黒い髪の少年が写っていた。
そんな陰気臭い少年から目を逸らすように、オレはどう見ても怪しい黒いパーカーのフードを目深に被り、できる限り静かに店内へと入っていく。そう、店主に気付かれないように、だ。
幸いにもこの悪趣味で乱雑なジャンク屋のハゲデブオヤジ店主は、今だ興奮冷めやらぬさっきの勝負のハイライトやら解説チャンネルにログインしているようでオレの存在には気づいていない。
さっさとお借りするか。
そう、決して盗むんじゃない、ちょっと借りるだけ。もちろん不要なら返すし、必要となればお金は払うさ、そのうち。
ちょっと前に下見した時に透明化の魔法はセキュリティロックされていることは確認済みだ。こんな店のクセに防犯対策だけはやたらとしてあるのがなんか腹立たしいな。
「お、待たせたな、お嬢さん」
そして、早速オレはお目当ての物を見つける。
ずっと前から目を付けていた掘り出し物。
きっとこの店主の目は完全にガタがきた赤錆まみれのジャンクで出来ているんだろう。
これが何かわからないなんて。
これから感じる尋常ならざる魔力は、凡人以下どころかさっぱりナノマシンを持っていないオレにだってわかるぞ。
……いや、これが何のパーツだったのかオレにもさっぱりだが。
ま、とにかくオレが有効に活用してやる方がこの掘り出し物も本望だろ。
ほとんど薄れてしまった罪悪感が、それでも心臓の鼓動を急かすのをわずかに苛みながら、ゆっくりとそれに手を伸ばした時、
「何か探してるのか?」
「あ、は、はいッ! あ、えーと、これがほしい、かも……?」
トップランカー同士の試合の日、なんて一年に一度の祭典みたいな日に、いや、そもそもこんなところに客がいること自体が珍しいのだろう。
ハゲデブ店主は怪訝な表情で、フードに隠れたオレの顔を、そして、オレが伸ばした手の先を見る。
「あ、はは、いや、違うな、これかなあ?」
なんとか引きつった愛想笑いを作ると、ビクッとしながら適当なガラクタを指差す。
「アンタまだ若いだろ、そんなもん、何に使うんだ?」
「ああ、いや、ほら、これ見てよ、オレ、あんまり魔力なくてさ、」
この場を切り抜けるためとはいえ、自分で言っといて屈辱的な台詞と共に、右手の肘から先を覆うように装着された“幻想籠手(エンチャント・ガントレット)”を掲げてみる。
「…………」
無言でオレを見る何か言いたげな店主の表情。クソ、まだ疑ってるな。
「あ、そうだ、おやっさんも見てただろ、さっきの試合。魔力なくてもさ、オレもあんな風になりたくてさ」
「……まあ、それじゃそれが必要か」
よし、まだいける。店主もあの試合の興奮で少し浮かれてると見た。
思わず出てしまいそうになるほくそ笑みをなんとか愛想笑いで上書きしつつ。
「けどよ、それ買えるか?」
値段を見ると、げ、なんだよ、これ。
適当に指差した先には、到底オレには手が出せそうにないような値札がぶら下がっていた。なんでこんなガラクタにこんな値段付けてるんだ!
「ああ、じゃあ買えないっすね、はは」
そうして、そそくさと店を出て行こうとするオレを、
「おい、ちょっと待て、まさか俺の店で万引きなんてしてないだろうな」
ドスの効いた声で引き留める。ついでに店の防犯カメラの映像にでもアクセスしているのか、眼球が右上の方を向いている。
……おいおい、バレないだろうな。
「その右手の籠手見せてみろ」
オレはゆっくりと振り返ると、銃を突き付けられたみたいに両手を上げる。
「いや、持ってるわけないでしょ、ほら」
「……そうか、疑ってすまんな、また来てくれよ」
「ああそうするよ。今度は大金持ちになってからね」
オレは負け惜しみの捨て台詞を吐き出すと、逃げ出すように今度こそ足早に店を出た。
「……はッ、現実なんてこんなもんよ。全部まやかしだ、子どもだましの魔法なんてクソ喰らえ」
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