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1.SINGULARITY

逃亡者は理想を騙れるか

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 足早に店を出たオレは手の内の戦利品をくるくる回す。

「所詮魔法なんてまやかしだ」

 “幻想籠手”を見せた瞬間からなけなしの魔力を使った幻覚でジャンク屋からお目当てのパーツをちょろまかす。

 バレたときにはそうする。最初からそういう作戦だった。

 ちょろすぎるな。あそこならもう一回くらいいけるか?

 にやりとほくそ笑むのもそこそこに、

「クソ、もうバレたか」

 まあ、最低限の防犯対策はしているだろうとは思っていたけど、予想外に魔法感知が早かったな。つーか、透明化無効といい、なんだかセキュリティレベルがやたらと高すぎやしないか。なんか映画みたいに裏取引でもしてるのか?

 大通りへと出ようとしたところで反射的に頭を引っ込める。街中をうろつく警備ドローンが違反取締モードになっている。当局への通報も早すぎないか? オレはただのしがない高校生で、ただちょっとガラクタを借りただけだぞ。こだわるポイントが違いすぎるだろ。

 しかしながら、あんなガラクタなんかにバカみたいに法外な値段を吹っ掛けるような店主だ。

 店の商品に並々ならぬこだわりでもあるのだろうか。それとも、あんな無造作に吊り下げられていた物に愛着でもあるのか? もうそれ、ゴミ屋敷の住人の思想だろ。

 どちらにしても悪趣味だ、もう絶対にあの店には行かねえな。

「オレはこんなクソみたいな現実に這いつくばっている場合じゃないんだよ」

 科学が技術的特異点を3度ほど超え、誰しもが絵本で読んだ魔法と科学が大差なくなってしまったサイバーパンクの成れの果て。

 シンギュラリティ以前の古代世界を知らないオレには、世界の何がどう変わっているのかはわからない。

 とにかく、いつからか魔法がある世界が現代に実現してしまった。

 そんなクソみたいな世界に生まれてしまったオレはなんて不幸なのだろうか。

「そんなの幻想だ、しっかり現実を見ろよ、ルジネ」

 今やるべきは自身の境遇を嘆くことじゃない。この現状を打開することだけだ。

 まだ魔力は残ってる。いざとなれば街中ならほんのわずかな時間だけど透明化もできる。

 ま、今回はその心配はなさそうだ。

 幸い、まだまだ大通りは普段よりも人が多い。

 ドローンに捕捉されないように少し早足で大通りを歩く。人混みに紛れたところでドローンの追尾を振り払えるわけもなく。仕方ない。

「攪乱魔法起動」

 攪乱魔法なんて言ってるけど、要はナノマシンを周囲に拡散して電子機器にちょっとした影響を与える霧を発生させるだけだ。電子チャフとほとんど原理は一緒だろ。それを魔法だなんて。

 たった数秒の視界不良、それでいい。この人混みだ、ちょっとした混乱さえ引き起こせば、この場から逃げることも簡単にできるだろう。案の定店主の視界もバグってるし。

「それじゃあな」

 一瞬の恐慌状態に陥る人々を掻き分けてなんとか逃げおおせる。

 これはちょっと想定外だったけど、まあ、結果は上々。

 戦利品は確かにオレの手の内にあるんだからな。

 オレはふと立ち止まる。

 緊張からか少し息切れした呼吸を、湿った空気を大きく2、3度吸って整える。

 夜風と人々の熱狂が入り交じったような空気は、大気中の清浄機能によって瞬時に無害なものに成り果てるせいか無味乾燥としていて何の感慨も得られなかった。

 きっとこの夜は長くなる。

 清浄化された空気とはうらはらに人々の興奮は全くやみそうになかったから。ま、オレには関係ないけど。

 そんなことはどうでもいい、これでオレの籠手をパワーアップできる。

 魔力を精製できないヤツなんて今どき外殻(メイルフィールド)にはいない。

 自然至上主義者や宗教信者みたいな原始人がうろつく内殻(インターシェル)にはもしかしたらいるのかもしれないけど、そんなのと出会う日なんてきっとおそらく永久に来ないだろう。

 ほんの些細な診察料とお好みのパーツ代、それに当局の許可さえあれば改造だって身体換装だって、はたまた電脳転送だっていくらでもできる世の中だ。魔力精製できない身体なら改造してしまえばいい。普通はそう考える。

 だけど、オレはどれもやりたくなかった。

 オレの身体はたったひとつだけで、それを何かと取り替えたりいじくり回したりするのは何か違うような気がした。あ、いや、これは断じて病気じゃない、ただの気の迷いであって身体拡張精神不適合症候群じゃない、そう、ただの気の迷いだ。

 つまりだ、この最低最悪な物語は、どこからどう考えてもオレ自身のただのわがままが招いたことだった。

 だから、それをこのクソみたいな世の中のせいにしちゃいけない、これは全部オレが悪い。このクソったれ世界に生まれちまったオレのせいだ。

 そして、純度100%の生身で、しかも魔力無しなんてそんなバグみたいなヤツがいたら、そりゃまあ何かと突っ掛かられるのは当たり前だろう。

 ただ、オレはやられたらやり返すタイプだった。たとえ全くもって勝ち目がなくても。

 ただ絡まれるから仕返ししてただけなのに、なんか知らんが学校に居場所がなくなっちまった。オレはちゃんと空気は読めるはずだ。あの教室にはオレがいない方がいい。

 勝てないケンカほどアホらしいもんはない。

 だからオレは魔力を貯蔵できる外付けのデバイス、“幻想籠手(エンチャント・ガントレット)”を造り上げ、そして、それを細々と改造しながら日々自堕落に過ごしている。

 そんな日々もついに終わりの時が来たかもしれない。

 今日手に入れたこのパーツさえあれば。

 大通りの片隅で一人、にやりと気持ち悪い笑みを浮かべていると。

「やめてください!」

 その悲鳴じみた叫び声がこのまだ興奮冷めやらぬ喧騒の中でもなぜか耳に届いてしまったのは、それがうんざりするほど聞き覚えのある声だったからだ。

 はあ、アイツはいつも面倒事に巻き込まれてるな。

 思わず吐き出してしまったため息と共にその声がする方を見てみると道路を挟んだ向かい側で小柄な少女が数人の男達に絡まれていた。

 このオレですら心配になってしまうほどまるで成長の兆しのない華奢な身体に、ネオンに映えるスカイブルーのショートボブが、大柄な男達の隙間からかろうじて見える。

 なんだかあどけなさすら残る小さな顔に元々大きな瞳だったオレンジと青色の義眼。それらの(世間一般では)可愛らしいと形容されるべきが今は硬質的な表情となり、キッと彼らを睨み上げている。けど、圧はまるでないな。

 そんな中学生にも見えそうな幼い見た目の制服女子が夜の街を無防備に歩いていれば。

「なあ、お嬢ちゃん、今から俺達打ち上げに行くんだけどキミも来ない? もちろん俺達がご馳走してあげるからさ」

「おれら今気分いいからさ、かわいい子ならいくらでも出せちゃうんだよね~」

「それってガチの制服? キミ現役のガチJK? サイコーじゃん、超かわいいじゃん!」

 まさかこいつらロリコンか? あんなちんちくりんをナンパするとかセンスねえな。

 つーか、それにしてもまだアルコールなんて売ってるのか。あんなモノで酔えるなんて外面だけの安っぽい改造しかしてないのか。それとも新手の脱法パッチか。

 どっちにしろロクなもんじゃないってのはわかる。

 アルコールや違法なパッチなんて規制対象以前の問題だ、子どもでもわかる。

 ハイなテンション極まった男達とはうらはらに、少女の方はまったくもっていたって冷静なままで。

「ワタシ、そういうのじゃないんで」

 びしっとそう言うものの男達は完全に聞いていない。そりゃそうだ。

 そんなスカートの丈を短くした制服なんかで夜の街にいるからだろ、自業自得だ。 

 14年間うんざりするほど見知った顔が酔っぱらいに絡まれている。

 ま、オレには関係ない話だ。アイツだってイマジンコードのランカーの一人だ、なんとか切り抜けられるだろ。

 うまく逃げきったはずだけど、オレだって今追われている身だ、助けたら彼女を含め余計ややこしいことになる。

 すると、男達のナンパに全く興味なくキョロキョロと周囲を見ていた少女の方も、うげ、オレの姿に気付いたらしく。

「あ、ほら、待ち合わせしてたんです、おーい、こっちこっちー」

 ちょ、アイツ、何してくれてんだ!?

 なぜだか嬉しそうに両手を高々と掲げてぶんぶん振り回しては、ぴょんぴょん飛び跳ねている。

 反射的に視線を逸らしてフードをさらに深く被り直す。

「おーい、そこの黒いパーカーのキミー、ほらー、ワタシだよー、幼なじみのメグリだよー」

 ああ、クソ、なんだってこんなクソみたいなタイミングでお前がいるんだ。

 仕方なしにのろのろとそっちに向かう。

 クソ、オレにはやることがいっぱいある、オレを取り巻く世界を変えなきゃいけないんだ。パワーアップはまだしてないんだぞ。

「よう、兄ちゃん、彼女、今から俺達と遊びに行くんだってさ、つーわけでお前はここでバイバイだ、じゃあな」

「オーケー、オレもそんな気分じゃないし、アンタらみたいにアルコールなんかで酔っ払ってるようなちゃちな大人なんかに構ってる暇はないんだよ」

「んだと、おい、ガキがッ!!」

 あっさりと安い挑発に乗ってオレに掴みかかろうとする男。

 すると。

「ねえ、ところでルジネこそどうしてこんなところに」

「あ、バカ、ほら、早く来い!」

 透明化起動。ついでにもう一発撹乱魔法も起動。

 ほんの一瞬の時間稼ぎ。

 タイミング全く噛み合わず。全く空気を読まずに説教が始まりそうな雰囲気を察してそのまま彼女を小脇に抱える。

「あ、あぇ? ちょ、待っれ、ワタシの眼がなんかおかしいんれすけど!?」

「いいから、ちょっとじっとしてろ!」

 少しも連携が取れないまま、もろに撹乱魔法を喰らってじたばたしている少女に悪戦苦闘しながら大通りを人混みに紛れて今度こそなんとか逃げきった。
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