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1.SINGULARITY

魔力無しの役立たずは幼なじみに勝てるか

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「……な、なんとかなったな……」

「ありがと、ルジネ」

 ぽすっとメグリを地面に置き、一度大きく息を吐き出すと両手を膝に乗せて乱れた呼吸を整える。

 ギラギラと煌めくネオンも遠く離れた街の外れ、内殻から吸い上げる大量の水を人工河川として流すその橋の上。

「クソ、お前のせいで余計な魔力を消費しちまった。責任取れよ、メグリ」

「なに、なんか言い方がやらしいわね。あ、でも、ルジネにならキスくらいならしてあげてもいいわよ?」

「バ、バカか、お前!? そうじゃねえ、テメエの魔力よこせっつってんだよ」

「なーんだ、そんなことか。でも、知ってる? それ、キスでもできるよ?」

「しねえよ! なんでそんなキスにこだわるんだ、キス魔にでもなったのかよ!」

 今もなお執拗に抱きついてこようとする幼なじみを引き離し、無造作に情緒のへったくれもない味気ない橋の欄干に寄りかかる。ああ、見上げたって月も星も見えやしねえ。

「つーか、お前も【イマジンコード】で結構上位のランカーだろ? あんなの簡単に切り抜けられんだろ、なんで聖遺物使わなかったんだよ」

「ワタシ、ゲーム以外では使わない主義なの」

「そのキモい主義にオレを巻き込むなよ」

 そう、こう見えてもメグリは【イマジンコード】の上位ランカーだ。

 確か、二つ名は、不思議の国。……なんか物騒だな。

 どいつもこいつも、過去の聖遺物を具現化させて戦うゲーム、【イマジンコード】のプレイヤーだ。オレにはさっぱり理解不能だがなぜかこのゲームは大流行している。

 過去に存在した英雄、あるいは神話やおとぎ話の登場人物達が持つ、彼らを未来永劫にわたり語り継がれるような伝説たらしめるアイテム。

 それが、聖遺物。

 それを自身の魔力で具現化させて戦うゲーム。

 今や世界の総人口の9割はプレイヤーなんじゃないかという程の凄まじいゲームだ。もはや、生活の一部になっている人も多いだろう。

 このゲームの革新的なことは、聖遺物をゲーム外でも具現化できる、というところだ。

 自身の魔力と想像力さえあれば一度は憧れた伝説の武器を手にすることができるのだから、まあ、流行るのも無理ないか。

 そして、何もそれが相手と戦うためのものじゃなくてもいいのが生活にも浸透した理由だろう。

 例えば、治癒の魔法の杖だとか、力持ちになれる帯、どこにでも行けるドアに、傷付かない鎧などなど。

 そんな便利なものがあれば、生活にも仕事にも使えるってわけだ。

 ちなみに本業のゲームプレイヤーの中でも、ランカーと呼ばれるゲームの上位者は莫大なスポンサー料や賞金を手にしている。

 スポンサーなしでソロプレイヤーのメグリだって、小遣い稼ぎくらいの認識で結構な額の賞金を手にしているみたいだし。

「なんであんなところにいたんだよ、しかもそんな恰好で」

「いやー、あんな試合見せられちゃったらワタシもちょっと外に出てみたくなっちゃって」

「どいつもこいつも戦闘狂かよ」

 ナノマシンが生成する魔力によるエネルギー問題の解決、サイボーグ技術、機械への肉体換装、そして、意識のヴァーチャル化によって、生身の肉体維持に関心がなくなり、意思を持たないオートマトンによりインフラ維持の仕事もほとんど必要なくなった。食べることにすら興味がなくなってしまったんだから楽しみなんてないんじゃないのか。

 生きるために苦労することがなくなった今、オレ達がやってることといえば、自身の維持、性能向上、科学の更なる発展、芸術審美、そして、娯楽。なんてステキな世の中だ、反吐が出ちゃうね。

 この世界はなんだかんだでディストピアにはならない。

 どんなに規制されたって人々はどこかで楽しむことをやめられない。

 どんなに古臭い物語だってそれを想像する人々の夢は決して終わらない。

 ほとんどなし崩し的にこの世界はこうして与えられた娯楽の中でなんとか人間性を失わずに均衡を保っている。

「ねえ、たまには昔みたいに家に遊びに来てよ、ナチも喜ぶよ」

「アイツ、今思春期真っ盛りだろ、男なんて連れ込んだらあのシスコンにオレが殺されるわ」

 “人間工房”で生まれたオレに家族はいない。幼い自我が芽生えるまでは全部オートマトンが世話してくれたし、それに。

「ルジネの部屋が暗いままだってお母さんが心配してたよ?」

「いつまでも子どもじゃないんだ、いちいちお隣さんに構わなくてもいいって言っとけよ」

 生死を賭けるような普通分娩で生まれてくる子どもの方が稀だ。ついでに面倒な子どもの世話をするような酔狂な家族の存在も。

 つまり、古典文学にしか出てこないような一家団欒の中で育ってきたメグリはだいぶレアキャラってことだな。

 メグリとは家がお隣同士の幼なじみだが、境遇は大分違う。

 普通に人間工房で生まれて、東洋日本地域管理局からあてがわれた何の不自由もない一室に住む、魔法が使えないオレと。

 一軒家で両親と弟という家族と共に過ごし、珍しく母親から産まれてきたはずなのにナノマシンの精製機関が並みの人よりも多いメグリと。

 そんなだから、高校に入学するまではメグリの家族には何かとお世話を焼いてもらっていた。それはまあ感謝はしているよ、今はメグリも含めて少し鬱陶しいけど。

「つーか、オレよりもお前がいない方が心配じゃねえのかよ」

「たぶん今頃家族総出で必死に探し回っているんじゃないかな」

「早く帰ってやれよ……」

 出来損ないで役立たずな赤の他人のオレのことなんかどうでもいいんだ。もう17歳になったんだからいい加減オレのことは放っておいてほしい。まあ、たまに差し入れてくれる料理は美味しくて助かってるけど。

「じゃあな。さっさと帰れよ、オレはちょっと寄るとこあるから」

 メグリにそっぽを向いてさっさとこの場から立ち去ろうとするが、オレの横からぴょこりんッとメグリの鮮やかなスカイブルーの頭が出てくる。

「……なんでついてくるんだよ」

「隠れ家みたいで楽しそうじゃん」

「お前にだけは暴かれたくないんだけど」

 どうしてもついて来ようとするメグリを引き離すことは早々に諦めた。

 だって、なんでもお見通しな魔眼持ちかつ、好奇心旺盛で頑固なこいつからは絶対に逃げられないから。
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