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1.SINGULARITY

エフェクトは死を越えることができるか

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「つーか、別にオレは聖遺物がほしかった訳じゃないぞ」

 それに。

 心臓に突き刺すだって?

 まるで本物の魔剣みたいだ。本物だったら死んでしまうぞ。

 いや、待て待て、なんで本物の前提で悩んでるんだ。

 本物なんてあり得ない。いくら魔法が使える世界だからといっても、それはナノマシンが作り出すただの機械じみた幻想じゃないか。

 こんなのただのイベントだ。

 名前も知らない聖遺物だけど、こういうのは聖遺物との契約イベントとしては結構あるらしい。それなら大丈夫じゃないのか?

 だけど、魔力もないオレがあの欠片の力だけでこんな大層な魔剣を召喚できるなんて思えない。バグの可能性もある。そうだとしたら、契約した時点で当局の取り締まりに引っかかってしまう。それは色々と都合が悪い。

「でも、勝手に契約イベントに進むことって普通はないし、ルジネがイメージしたんじゃないの? この聖遺物がほしいって」

 そう、【イマジンコード】は生活に浸透している。ゲームへのログインなんて必要ない。

 必要なのはイメージだけ。

 自分自身が最も強くイメージする最強の幻想。

 たったそれだけで聖遺物なんてイカれた代物を手にすることができるような現実だ。

 たとえ、それを望んじゃいなくとも、だ。

 でも。

 オレはこのクソッタレな現実を否定したい。

 そのための幻想をずっとこの薄汚れた工房で研ぎ澄まし続けてきて、だけど、いつだってそれはただの夢物語だと思い知らされてきた。

 現実を打ち砕く、そのための力がここにある。

 なら、手を出さないなんてあり得ないだろ。

 そうだろ、誰だってこんな世界を変えたいって思うじゃないか。

(そなた、レディを待たせるなんて紳士じゃないのね)

「お前も少し情報をアップデートした方がいいぞ。男女関係はとっくの昔に解決したんだ、女ガー男ガーなんて言うやつは時代錯誤で嫌われるぞ」

(まあ、生きにくい世の中ね)

 魔剣が生きるとか何言ってんだよ。

 少しムッとしながら、そんな文句を聞き流し、作業台の上のクソ重くてびくともしない大剣をオレから迎えに行く。つーか、剣に性別とかあんのかよ。

「ッ……」

 ぞわり、影のように真っ黒な切っ先を胸に当てる。

 たったそれだけなのに、もう直接心臓にその冷たい刃を突き付けているみたいだった。息苦しくなっている気さえする。

 何故か冷や汗と不整脈じみた心臓の鼓動が止まらない。

 こんなのは入手した聖遺物との契約イベントでしかないはずなのに。

(いひひ、さあさあ、早く早く早くわらわを突き刺して頂戴! どうせわらわはそなたの世界でいうところのエフェクトでしかないのだろ? さあさあさあ!)

 頭の中に頭痛じみて反響するその嬌声に煽られて。  

 ずぶりと、一瞬の不可解な痛覚の後、いとも容易くオレの身体を貫く魔剣。

(ーー嗚呼、皮膚も肉も骨も、そして魂さえも必要ない。そなたは楔から外れたのじゃ)

 そんな声が痺れる思考過程に聞こえてきて。

 え? もしかしたら死ぬ?

 大量のどす黒い血を噴き出しながら、おぞましくも生にしがみつこうとして手を伸ばし。

 しかし、叫ぶことも暴れることすらも出来ず、数秒だけ暗闇の中をもがき苦しみながら静かに冷たくなって死ぬ。

 そんな、明確で、不明瞭なイメージが脳裏によぎる。

 もう何もかもが遅い。

 魔剣と詐称する悪質なウィルスの口車にまんまと乗せられてしまった。

 後悔すら愚かしい。

 抵抗すら意味がない。

 最期すらあっけない。

(あはは、そなたにはわらわだけが要ればいい)

 死ぬ? 死ぬ! 死ぬ!

 死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死……………………………………

「ッ!!!!」

 呼吸でも止まっていたのかと思うほんの数瞬。

 大丈夫、オレは死んでない。というか、死ぬはずがない。何故なら、この魔剣はただの想像の産物で、ただのエフェクトなのだから。

「だ、大丈夫? すごい汗よ?」

「あ、ああ。ああ大丈夫、大丈夫だ」

 オレの顔を覗き込んで心配するメグリ。

 今のがエフェクトだって?

 あんなに鮮明な死の形が。

 あんなにどす黒い悪意が。

 あんなに甘ったるい声が。

 だけど、オレはまだ死んでいない。

 メグリはちゃんとオレの目の前にいて、ここはオレの工房で、まだオレの心臓は、

「な、なんだ……?」

「なんだって、それがルジネの聖遺物でしょ?」

 オレの身体のど真ん中、そう、心臓に突き刺さっている魔剣。

 痛くはない。

 だけど、オレの身体の中に異物がめり込んでいる、という明白な違和感。

 いや、これ、オレの心臓大丈夫か?

「なんか、エフェクトじゃなくて本物の血とか噴き出して凄かったわよ」

「は?」

「本当に死んじゃうんじゃないかって思っちゃった」

 そう言われて良く見れば、オレの周囲にはおびただしい量の血が撒き散らされていて、つーか、オレも全身血まみれで、メグリだけは自分の聖遺物でそれを防いだみたいだけど、これだけ見れば完全に殺人現場なんだが。被害者の身体には魔剣が突き刺さっています。

 何がなんだかわからない。

 今、この状況を冷静に判断できない。

 現実なのか幻想なのか、それすらもわからない。

 素人でもわかるくらいに致死量の血を、いや、そもそも、心臓にこんな気色悪いもんが突き刺さっていて。

 オレがまだ死んでいないってことの方が理解できない。

(ーーわらわの銘は■■■■■■じゃ、これからよろしくな、死ぬまで永遠にーー)

「ん? すまん、名前が聞こえなかった」

(あら、ということは、わらわという概念は既に灼き切れてしまっているのだな)

「なんの話だ?」

(うふふ、こっちの話じゃ。なら、わらわの名前はそなたが決めてくださいな)

「なんじゃそりゃ。誇り高き聖遺物サマがいいのか、そんなんで」

(ええ、そなたが付けてくれた名前ならなんでも嬉しいのじゃ)

「お前という概念が良くわからん。うーん、そうだな、」

 何もかも訳のわからないままイベントは進行する。

 さっきまでの惨劇なんてウソみたいだ。

 そして、急にそんなこと言われてもオレにネーミングセンスなんて、ない。もちろん当たり前に皆無だ。

「あ、そうだ、ノワールでいいよ。魔剣、ノワール」

(ダサッ……あ、え、ええ、いいわ、いいわよ、うん、とっても素敵な名前じゃ、ノ、ノワール)

「ちょっと待って、もうちょっと考えさせて」

(じっくり考えてくださいな、わらわはいつまでも待っているぞ)

「つーか、そんなことよりこのバカみたいにデカい剣はなんとかならないのか? 動けないんだけど」

(そうじゃな、主様ならわらわのことを好き放題出来るはずじゃが?)

「言い方やめろ」

 そうして、オレは(もしかしたら)このクソッタレな世界を変えることができる(かもしれない)幻想を手に入れた。


ーー■■■■■ーー
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