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2.BADSCHOOL

少年は屋上で見た風景にセンチメンタルを感じられるか

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「おい少年、一つ尋ねたいことがあるのだが、」

「は?」

 屋上を目指してゆらゆら彷徨っていると突然声を掛けられて、やべ、サボってるやつが他にもいたのかと、なんだか幼い声音と相反する尊大な口調に思わず振り返ってしまった。

 そこには不敵な笑みを浮かべながら両手を腰に当てる少女の姿。

 快活そうな大きな赤い瞳に耳が隠れる長さのクセがある白髪のショートカット、メグリと同じくらい小柄な身長と小麦色の肌、それらの特徴とはあまりにも不釣り合いなご立派なお胸のふくらみ。

 そして。

 ぴこりと揺れる頭の上の……ウサギの耳のような白い何か。髪と同じ白色だけど新型の後付けデバイスか何かか? しかし、それにしてもあまりにも一体化しすぎてやしないか?

 動植物のモチーフを直接模した造形は野蛮だとして嫌われている。それらは原始的で、テクノロジーを以て管理されなければ簡単に滅んでしまう脆い物だから。

 そんなものを、頭の上に付けながら堂々としている少女は一体何者なのか。

 こんなやつ見たことない。

「ここはどこだ? どうやら道に迷ってしまったみたいでな」

「は? いや、まあ、ここは学校だ」

「む、ここは……、そうか、外殻で身体改造無しの生身とは珍しくてな、我が同胞かと思ったのだが」

 彼女が着ているのはこの学校の制服じゃない。転校生か。それでも、ここがどこか知らないとかあり得るか? しかもその制服すら全然似合っていない。まるで初めて袖を通したような違和感がある気がする。

「むむ、その心臓の聖遺物は……そうか、少年もやはり」

 ウサギ耳少女はオレの心臓に刺さってる魔剣を見つけて、ぶつぶつと何か呟いていた。

 それにしても、ウサギ耳といいこの制服姿といい、そして、東洋日本地域最大級であるこの卦照(ケテル)学園のことを知らないっていうのは。

 怪しすぎるな。

「では、我はこれで」

「あ、お、おい」

「あ、そうだ、我のことは当局には内緒で」

 訳わからんウサギ耳の少女は人差し指をやたらと形のいい唇に当てて悪戯っぽくそう言うと踵を返してそのまま立ち去ってしまった。ま、触らぬ神になんとやらとも言うし、放っておいた方が身のためだろう。

「……しかし、今日はコスプレイヤーにやたらと遭遇する日か? おお、恐っ」

 そして、オレは屋上へと続く扉の前。

 屋上は立ち入り禁止だけど、今どき屋上に登ってやろう、などという酔狂な中二病患者は滅んで死んじまったらしく。

 もはや電子ロックすらされていなかった。誰かが飛び降り自殺でもしたらそうすんだ、学校の責任だぞ。まあ、きっと飛び降りたって警備ドローンが助けてくれるんだろうけど。

 ああ、それならいっそ……

(おや、主は死にたがりか? せっかくわらわを好きに弄べるのに)

「だからその言い方やめろ」

 どんなに高い屋上から眺めてみたって、ときおり電子的なノイズが走る空は誇らしげにそびえ立つ高層ビル達が無残に切り取っていて何も面白味もない。噂によると天気は龍が管理しているらしいが、そんなもん信じられるか。

 そんなつまらない景色に溶け込むように。

 まるで一枚のイラストのように。

 そこには幼なじみの姿。

 ボブに切り揃えられた青い髪が無機質で生ぬるい風に揺れている。

 何か考え事でもしているのだろうか。フェンスに寄りかかりながら遠くを見つめるその瞳は、いつものメグリとは違う憂いがあった。

「あら、奇遇ね、感傷に浸りたくて屋上なんてとんだ青春クソ野郎じゃない」

「お前、たまにすげー痛烈ド畜生な時あるよな」

 オレに気付いたメグリがにししと笑う。その表情はいつものメグリだった。

「つーか、メグリでもサボるのな」

「え、まあそうね、脳みそに直接学習内容を流し込まれる授業なんてつまらないもん」

「効率は良いんだろうけどな」

 全人類が同じ内容を同じ過程を経て同じ学習装置で勉強する。

 これだけ見ればなんて平等で平和な世界だと思うだろう。

 いや、実際平和になったんだ。

 貧富の差による学習機会の喪失は回避できるし、学力が上がれば生活基準は自ずと向上する。

 知識に違いがないなら、そして、全てオンラインでできるなら。

 もはや国なんて必要ない。

「わたしは紙とペンを使って自分の力で知識を得たいの。ぱらぱらと本をめくるあの感じが好きなの。勝手にインプットされた知識なんて何の役に立つと思う?」

「お前だって時代遅れの古臭い考えじゃん」

「ホントだ」

「さっき図書館に行ってきたんだ、全く似合ってないコスプレイヤーがいたけどそれ以外はおすすめだぞ」

「ふふ、図書館ならもう行ってるわよ。それにしてもルジネに図書館を紹介されるなんて意外ね」

 こんな風にメグリと話すのも久しぶりだった。

 学校に行かなくなってからはずっと疎遠、というかオレの方がなんとなくメグリを避けていた。

 こいつは容赦しない。

 オレの繊細な心情なんてお構い無しに学校に引きずって行くだろう。

 だから、オレはメグリ達一家が寝静まる夜に行動していたんだ。いつもオレの部屋の前にご飯を置いといてくれるメグリの母さんには悪いけど。

 メグリん家、そう、ワンダリング一家はみんなお節介焼きでありがたくて困るんだ。

「なあ、メグリはこの世界をどう思う?」

「どうって言われてもねえ。ワタシはこの世界しか知らないんだもん、そんなのわかんないよ」

「まあ、確かにそうだよな」

「まあ、おとぎ話とか物語の世界に憧れたりはするかな」

「お前の聖遺物みたいに?」

「あれもそうかもね、ワタシが想像するワタシのための物語」

 この世界に足りない物は想像力かもしれない。

 だからこそメグリみたいな少し普通じゃないだけの女子高生が上位ランカーとして君臨していても何ら不思議じゃない。

 想像力は無限大。

 メグリの聖遺物はそう思わせるのに十分だ。

「世界だとか運命だとか、なんとなく壮大なこと言う人ってロクなもんじゃないわよ?」

「それもそうだ、オレも含めてな」

 この世界はこれっぽっちの感傷すらさせてくれないのか、実にいいタイミングで授業終わりのチャイムが鳴る。嗚呼、無常成り、此の世界。

「たまにはルジネも教室行ってみなよ」

「おう、考えとくわ」
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