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5.EXCALIBUR

この空の青さは幻想世界でも有効なのか

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「おっとっと」

 ルールティアが無駄にゆっくりとコアユニットをまたジャージの下に収める。おい、その人を小馬鹿にしたようなニヤニヤ笑いを今すぐやめろ。

「ま、アタシ的にはギャラリーも盛り上がるし、あのままでもよかったんだけどねえ~?」

 と、とにかくだ、これで対戦相手を直視できない、とかいう圧倒的不利な状況からはなんとかなりそうだ。(うぶな童貞とはメンドクサい生物よな)「だまらっしゃい」

 だけど。

 結局、オレが空を落ち続けている、という状況は依然として変わっていない。

 姿勢すら上手く制御できず、相変わらず息苦しいままだ。

 とてもじゃないけど勝負どころの話じゃない、それ以前の問題だ。

 それでも。

 なぜか、オレには降参するという考えはひとつも思い浮かばなかった。

 世界を変える。

 オレはそのために【イマジンコード】をプレイしている。

 ここで引き下がるなら、オレの世界はこのままだ。なんとなくそんな気がするんだ。

「っていうかー、ルジネってさー、パッと見さ、身体改造してないじゃん。マジ? もしかして、身体拡張精神不適合症候群?」

 燃え上がる飛行ユニット、風火輪と、その手に持つ長大なプラズマランス、火尖槍の熱気を感じる。墜落しながらもなおその温度を、その熱風を感じるのだからそれらの聖遺物が凄まじい出力なのは確かだ。

「……んなはずねえだろ」

「それじゃあ、なんで身体改造しないのー?」

 ルールティアがつんッと、……こ、恋人みたいに(斯様なわけがあるかや)オレのほっぺをつつくと、ようやく姿勢制御のコツも掴みかけてきて、せっかく落ち着いて(落下して)いたオレの身体はまたぐるぐる回転して彼女の元から無様に離れていく。

 ルールティアの外見には特に変わったところはない。しいて言えば、関節の駆動部が少し機械化しているくらいか。それでも、ここまで未機械化をボロクソに言うからにはどこかしらの身体改造はしているんだろう。というか、していないオレの方がおかしいんだが。

 まあ、最近少し話題にはなっていた。

 あの内殻のイカれた宗教団体によるテロ事件は、ほんの一瞬だけホログラムを通過した。もちろん管理局の情報統制によって、あの世界を壊してしまうかもしれなかった事件は他愛もない爆発事故に成り下がってはいたけど。

 だけど、そのたった一瞬で。

 ありとあらゆる情報が世界を駆け巡った。

 アンダーグラウンドなネットワークによって、あの時一体何が起きたのか、みんながうっすらわかってしまった。

 そう。

「内殻の野蛮な原始人じゃないんだからさー、肉体に意味を見出すとか超ダサいじゃん」

 あれは事故なんかじゃなくて、内殻からの侵入者が起こしたテロ事件だったのだ、と。

 今まで地面の下に何がいるか、なんて全くもって気にしていなかったオレ達外殻の住人が。

ほんの少しだけ内殻には何があるのか関心を持った。

 もちろん、内殻について誰がどう思おうがそんなのはそいつ次第だ。

 ルールティアに悪意なんてない、あ、いや、言葉にはあったかもしれないけど、こいつは特に何も考えていないだろう。

 だから、そんな言葉なんて気にしなくても良かったんだ。どうせ、オレは内殻のことなんて良く知らない。外からギャーギャー騒いでいるその中にいるようなただの部外者でしかないんだ。

 だけどさ。

 なんとなく、カチンときてしまった。

 きっと、オレは自分の仲間をバカにされた気がしてしまった。

 まだ、ほのかを仲間だと思っている。そのことをまだモヤモヤ考えている。

 そんな、煮え切らない、何一つとして吹っ切れていないオレ自身のことを。

 そう、オレが。

「お前なんかがそんな簡単に内殻を騙るんじゃねえ! オレは最近ちょっと色々あって内殻の話題にはナイーブになってんだぞ!」

「知らんけど!?」

 ああ、クソ、せっかく気持ちよくスカイダイビングかましてたっていうのに。

 何なんだ、このクソッタレな気分は。世界が変わるとかほざいてたやつを飛行装置無しでこの仮想フィールドに放り投げてやりたい。

 オレはどう足掻いたって世界を変えられてねえんだぞ!

 ああ、そうだな、そうだよ。

 今はごちゃごちゃ考えてる場合じゃねえ。

 目の前の物事に集中しろ。

 相手は完全武装の人型汎用兵器だ、一瞬でも見失えばあっという間に穴だらけで墜落だ。ただのしょーもない撃墜数にカウントされるのだけはごめんだ。

 けどさ。

 ただ墜落しているだけのオレに何ができる?

 この心臓にぶっ刺さった魔剣に何ができる?

 いや、そんなのは初めからわかってんだ。

 ああ、そうだよな、オレらができることなんてたったひとつじゃねえか。

(いひひ、主は死を超越したのじゃ。ならば、その力はさらに強まっていようぞ)
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