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5.EXCALIBUR

幻想虚空に希望なんて見出だせるのか

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 そう、ただの高校生でしかないオレが出来ることなんてそんなにない。

 ずるり、心臓から引き抜く魔剣。

 澄んだ青空に血飛沫を撒き散らしながら。

 姿勢を無理やり捻って体勢を下に。

 重力方向、真っすぐに。

「はあ!?」

 突然の奇行に甲高く叫ぶルールティアを置き去りに、より速くより下へと落ちていく。

 最高速度で天を墜ちる。ははッ、今ならルールティアも追い付けやしねえな!

 地面はない。そういうフィールドだ。無限に落ちていく、そんな体感。

「うわー、勝手に自滅するやつなんて初めてー!」

 そんなルールティアの叫び声はもうオレには届かない。

 オレはどこまでも墜ちて。

 そしてーー

「おい、誰が自滅するだって? そんなことするなら潔くリタイアするわ!」

「実はすごくスポーツマンシップに則ってる!」

 遥か無限の奈落からせりあがってくる。

 そう、自身の足場と共に。威風堂々、仁王立ちで。

 それは、魔剣の超巨大化。

 もはや、漆黒に蠢く空中庭園だ。

 グリップを掴み、ガードに立つ。

「ハハッ、やっぱりニンゲンなら地に足着いた方がいいに決まってるよなあ!」

(まあ、着いてはいないんじゃがな)

 落下を上回る速度で際限なく巨大化する。

 落下し続けていたとしても、そうすればその場から移動することはない。

 なんて馬鹿げた戦略だ。魔力の無駄遣いにもほどがある。

 だけど、今のオレならできる気しかしない。

 こんなバカみたいな魔力がどこから出てきてんのかとか。

 結局この魔剣は一体何なのかとか。

 いや、マジでなんであの時オレは死ななかったの? とか。

 そういうのは、今はどうでもいい。

 今オレがしなきゃいけないことは、クソみたいにどーでもいいことをごちゃごちゃ考えることじゃねえ。

 ぬるり、もはや漆黒の塔と変わらないほどに巨大な魔剣の柄に右手を突っ込む。どろりとした嫌な感触と(あんッ)艶めかしい喘ぎ声とともに。

 ぐじゅり、粘滑らかな塔から引き抜くは、滴る血で塗り固められた魔剣のカタチ。

 そうだ、元々この魔剣の形は不定形だった。

 ならば、オレの意思でその形を自在に変えられるとしたら。

「うげ、その聖遺物マジキモいんですけどー」

「へ、へへへ、さんざん言われたから、も、もう慣れちゃったんだから!」

(うふふ、わらわにはわかるぞ、主が死ぬほど凹んでおるのが)

 魔剣から魔剣のレプリカを膿み出す、それすらも可能じゃないか。

 もはや、オレの心臓に突き刺さっているこの聖遺物がはたして本当に魔剣なのかすら怪しい。

 魔剣のカタチをした、何か別の異形。

 今までの機能を顧みるに、アウラの正体については案外そう認識していた方がしっくりくるまである。

「はっはーッ、マルチウェポンがお前だけの特権だと思うなよ!」

「さっき思いついた作戦でそんなにイキれるとかマジやばいんですけどー」

 左手を振り払い、撒き散らす汚泥の軌跡、そこから形成される無数の刃。

 ぐじゅり、そのコールタールを無理やり固めたような汚らしい刃が一斉にルールティアに切っ先を向ける。

 そして――

「ぶっ殺してやる!」

 ――射出!

「物騒ー!」言葉とは裏腹、キーキー甲高い笑い声。

 ルールティアは飛来して狂う漆黒の凶刃を反転した視界で見据えて。

 その光景はさながら、ドッグファイト。

 自身へと迫り狂う無数のレプリカを火尖鎗で灼き払いながら、縦横無尽に空中を飛び回る。「そんな攻撃ッ!」シザーズアンドローリングを繰り返し、ひたすらに魔剣からのブレイクを狙う。

「あっは、超イイ感じじゃん!」

 華麗に空を舞うシャンデル、その重量も重力すらも感じさせないループ、青空に軌跡を描く魔力出力と高機動のヴァーティカルローリング。

 最前線、最高速度の攻防、13秒先どころか一瞬先すらも予測不能な夜明けの空。そう、ただひたすら東を目指して征く。

 その空中戦闘機動だけじゃない。縦横無尽に飛び回りながら、あり得ない反射速度と認識不能な角度で武器を振り回すその動きは明らかに人間離れしている。

 つまり、この動きに付いてこれるような身体構造にしている。駆動部の関節強化はそのためか。それに見えないところも色々弄ってやがるな。

 マジでどいつもこいつもランカーってのは戦闘狂ばっかりだ。ま、こいつに至っては身体に聖遺物そのものを埋め込んでんだ、よっぽどのイカレ女だ。

 高らかな笑みとともに、魔剣を引き連れながらこちらに突っ込んで狂うルールティア。その楽しげな笑顔、マジでやべぇ。

 ほとんど上半身を仰け反らせ、身体が軋むほど引き絞る両腕、ドドドドド、盛大に振動する打撃武装、乾坤圏。

 そして、放たれる最高速度。

 この魔剣の場から離れられないオレは咄嗟に魔剣を作り出してガード。けど、その凄まじい衝撃に「ぐッ……」堪らず魔剣から吹き飛びそうになる。それを、ずぷり、足場に無理やり両足を埋めて耐える。その代わり、全身を受け止めきれない衝撃が「がッ」激しく苛む。

 ……だけど、もうこれで終わりだ。オレは必死にルールティアの両腕を掴む。「うぇ、離してよ」ルールティアのすぐ背後には魔剣のレプリカが迫っている。

 魔剣がルールティアを刺し殺す。

 そう思っていたのに。 

「うわ、やっぱりそれって、血ー? キモ」

 混天綾、腰の飾り布がはためく。不定形の魔剣がばしゃりと弾けて消える。

 クソ、液体を操る聖遺物か、つーか、あれ、血だったのか。勝手にオレの血使いやがってたのか。(うふふ、ここまで気付かなかったのもどうかと思うぞ?)

 苦し紛れのクセにちゃんと全部の聖遺物を活かしてきやがる。

 やっぱり上位ランカーは強いな。

 ルールティアはついでのように燃え盛る車輪でオレに蹴りを入れると、ふわり、そのまま距離を取る。

「残念、アタシを捕まえたのはすごいけどねー」

「オーケー、やっぱお前と踊るにはそいつらなんかじゃ釣り合わねえよなぁッ!」

 ぎしり、際限なく巨大化していた魔剣がぐらりと傾ぐ。

「お前の戦い方は参考になるな。オレだってそういう感じでカッコよくなりてえわけよ」

 オレの両足の下には、どろりと漆黒を滴らせる魔剣のレプリカ。

 魔剣は空中で自在に動く。なら、それを足にへばり付ければオレだってルールティアみたいに空を飛べるんじゃないか。

「……なんでもアリなの、その聖遺物」

「オレは想像力豊かなんでね」

 ゆっくりと振り上げる。

 この仮想無限的に拡大し続ける青空さえも覆い尽くす暗黒。

 この全容すら計り知れない超巨大な構造物が大気との摩擦熱で灼熱しながら落ちてくる様は、まるでコロニー落としだ。異形の星を墜とす愚行にさえ等しい。

 どう足掻いても、最高速度で回避しようにも逃れられない。この星を両断するどころか、あまりにも大きすぎるその刃では叩き割ってしまそうなほどだ、どこに逃げ場なんてあるものか。

「……アンタ、マジ頭おかしいって」

「はは、お前にだけは言われたくねえな!」

 もはやルールティアは空を翳らせる漆黒を見上げて、逃げることを諦めてしまっていたみたいだ。

 自身の死のカタチをしかと視認する。ニヤリと笑うその顔には確かに恐怖が浮かんでいた。

 バチバチと空にノイズが走る。明らかな許容限界。

 眼下、乱れる空。

 ここはオレが望んだ世界じゃない。

 仮想フィールドの青空なんかで何感傷に浸ってんだ。

 ただなんとなくそんな気がするだけの、そう、ただそれだけの漠然としたくだらねえ焦燥だ。

 うんざり吐息、そんなクソみてえな気分を振り払うように。

 フィールドの異常を告げる甲高い警告音を背に高らかに嘲笑う。

「はッ、ざまあみろ!」

 今この瞬間だけは、この広くて狭苦しい空はオレだけのためにある。オレは誰よりも高い!

 ぬるり、頬を撫でるエラーコードだらけの風を掻き消して。バチバチと輝く電子の波がオレを鬱陶しい七色に染めていく。

 足掻く。

 もはや途方もないサイズになった大剣を振り上げた両手に感じる退屈なホログラム。

 オレは! 澄んだ空がほしいんだ、こんな隙間なく合理化された息苦しい空なんかじゃなくて!

 ノイズ混じりの虚空に向かって魔剣を振り下ろす。

 ゆっくりと墜ちていく切っ先から零れ落ちる光の粒子。オレは遥か先にあるマクロの無限を見上げる。

 空に旋律(戦慄)が走る。

 完璧にプログラミングされたその先にあるものはきっとーー

(而して、八つ当たりは済んだかや?)

「……そんなんじゃねえよ。ただまあ、頭はスッキリしたかな」
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