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7.REALEFFECT

幻想魔剣は真の聖剣に打ち克てるのか

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 オレの手には、魔剣の欠片。

 あの時の悪夢がフラッシュバックする――

「――契約破棄だ、全部元通りにしろ」

「いひひ、そんなことをわらわが許すと思うかや?」

「やるんだよ、そうしたらお前に新しい世界を見せてやる」

 ウォアムリタクーシャはオレの言葉に大層驚いたようで大きく目を見開いた。

「……あっは、あははいひひおほほ、そんなことを言ってくれる者がおるとはなあ!」

 ウォアムリタクーシャは無邪気な子どもみたいに闇の中を涙が出るほど笑い転げている。

 つとその可憐な指で拭った涙が楽しくて流れたものなのか、嬉し涙なのか、それとも悲しみの涙なのか、オレにはよくわからなかったけど。

 それがハッとするほど美しく思えたのは気のせい……じゃないな。

「あー、こんなに笑ったのは初めてじゃ。えへへ、良かろう、主が見せてくれるという世界をこの目で確かめてやろうぞ」

 上気した嘲笑、にやりと邪悪に笑む。うん、さっきまでの悪魔みてえなウォアムリタクーシャだ、そっちの方がいい。その姿でいちいちあんな少女みてえな笑顔を見せられたらこっちの心臓が保たねえんだわ。

「ただし、つまらぬ世界なら承知せぬぞ?」

 ――そして、今この瞬間、クソッタレでサイコーな現実へと引き戻される。

 契約破棄、その契約内容をリセットすることで肉体を契約前の元の状態に戻す。現実が嫌いなオレが取る唯一の、そして、喜んで享受する最後の選択肢。ははッ、魔力がすっからかんなんて、なんて清々しい! アタマ空っぽの方が夢詰め込めるだろ!

(あはははは、サイコーじゃない、そのイカれた幻想に手を貸してあげる!)

 強く握りしめた手。この左手には血まみれの魔剣のかけら。

 流れる血が電子の光となってナノマシンへと変換される。この魔剣はオレが望んだカタチになる。そういう契約だ。

 つまり、魔力の源であるナノマシンへと変容することも可能。

 無尽蔵の魔力炉。

 それを幻想籠手に突き刺す。

 その瞬間、ノイズが奔り、血のようにどす黒い魔力が溢れ出す。今までの血飛沫じみた不気味な魔力じゃない。実にシステマティック、人類の最先端の叡智を組み込まれた幻想。

 これがナノマシンが作り出す現代の魔法。

 本物の魔力がナノマシンへと変換、現在の魔力となって幻想籠手に流れ込む。

 オレはその様を見て、ようやくそのプロンプトを唱える。

「ファンタズム・セットアップ、」

 そう、この最上級にイカれた幻想の名は――

「――魔剣、アウラ」

(いひひ、わらわをそう呼ぶとは、主もずいぶんと酔狂よな)

「黙れ、オレは誰しもが想像した魔剣の聖遺物を具現化しただけだ、■■■■■■■■なんて知らん」

 心臓から引き抜かれる漆黒の魔剣。血飛沫のエフェクトともに形成される身の丈ほどもある幅広の剣身。死の恐怖はない、あれは紛れもない失血死だった。これはそう、ただのエフェクトだ。

「こうあるべきだという願いの集束、【イマジンコード】で発現したリアルタイムの伝説、人々のイメージが創造した新たなる聖遺物」

 それは聖剣の在り方とよく似ていた。

 違うのは、人々が魔剣に対してイメージするのがずいぶんとネガティブな感情だということだったけど。

 そう、人々はかつて見た。数多の聖遺物を屠る不気味な魔剣、アウラの伝説を。

 オレが具現化したのは、魔剣だ。誰も名前を知らない契約の聖遺物なんてゲームじゃ使いものにならねえ。

「今さらゲームのアイテムなんて呼び出して何をしようっていうんだい?」

 心底呆れ果てた、というつまらなさそうなため息。バチバチと迸る赤黒い呪縛を纏ってなお、ゆっくりと立ち上がる。

「キミも見ただろう、幻想じゃボクには勝てないよ」

「ハッ、現実なんてどうでもいい、オレはこの世界が想像した究極の幻想で世界を変えたいんだ!」

「幻想は幻想だ、それは決して叶わぬ」

 かちゃり、勝利の光が白熱する切っ先をオレに向けるアーサー。その言葉こそがアーサーが否定したかったこと。

 かつて、理想だけで世界を統治しようとした者がいた。

 だけど、それは叶わなかった。

 何千年もの時を越えて蘇りし怨霊が吐く無念の言葉。

 たった数言しかないその言葉が、ずしりと重く感じるのはなぜだろうか。

「太古の昔より人々は願い続けたのだ、この聖剣は不朽不滅なのだと」

 本物の聖剣を手にしたランカー1位と、幻想の魔剣を手にしたオレ。どう見ても勝ち目なんてない。

 けど、それでも、過去の栄光に囚われた古臭い亡霊に負ける気はまるでしなかった。

「今この世界を生きる人々が具現化した聖遺物だぞ、最先端の伝説が負けるわけねえだろ」

 オレはもう一人じゃない。

 勝手にそう思ってるだけかもしれないけど、オレには仲間がいて、(アンチだけど)観客がいて、そして……

(うふふ、わらわをそんなふうに見ておるとは、主もずいぶんおませさんじゃな、童貞のクセに)

「最後のは余計だろうが」

 そう、何故かオレの脳内にガンガン話しかけてきやがるコイツもいる。

 勝手に一人きりだと思っていた世界は、雨に濡れた路地裏みたいに汚くて真っ暗でネオンの明りだけがギラギラしていた。

 今は違う。

 オレを取り巻く灰色都市は、この(計算され尽くされているだろうけど)眩しい青空のように晴れ渡っている。

「オレは誰も守れなかったクソッタレな現実を今、この幻想で越えてやる!」

 ぬるり、不定形に蠢く魔剣の切っ先をアーサーに向ける。オレの言葉は何も重苦しくはねえだろうけど、オレの信念だけは、オレの大切なモンだけは決して曲げねえ。

「ボクはカムランの丘をやり直す、この世界はそのための舞台で、そのための転生だ!」

「この世界はオレ達のモンだ、古い人間が口出しも手出しもすんじゃねえ!」

 どちらからともなくゆっくりと駆け出す。

 次第に速度を上げる。互いの表情さえ見えるところまで迫る。そう、これは純粋な思いのぶつかり合いだ。

「アウラ! 聖剣に勝て、そういう契約だ!」

(あはは、契約は絶対じゃ、良かろう、主が見せてくれる世界のためじゃ!)

 全身全霊を以って振り下ろされる二振りの剣。

 魔剣と聖剣。

 最新と最強。

 未来と過去。

 幻想と現実。

 相反する思惑と願いの全てが仮想フィールドの中心で激突する。
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