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第二章
神林繁治の正気
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神林邸、書斎――乙夜
館の主である繁治は緊張する使用人達の前で苛立ちを隠さないでいた。
「まだ真弥は見つからないのか……?」
「申し訳ございません。残念ながらまだ確かな情報が入ってこないようです」
真弥が神林の家を出てから一週間がたとうとしていた。
男子高校生二人組の目撃情報などは入ってくるものの、どれも真弥と智輝と断定するには信憑性に欠けるというのが現状だ。
「あのガキのところだ――あのガキのっ!」
真弥を連れ出したのは智輝であると信じて疑わなかった繁治は智輝を見つけたら生かしてはおかないと決めていた。
抵抗しようがしまいが智輝を消すことに心変わりはなく、その命の灯火を消す瞬間を待ちきれない――それが今の繁治の心境だった。
唯一の気がかりは、その時真弥がどんな顔をするのか、ということだった。繁治はそのことを考えるだけで智輝に対する忌々しさが込み上がってくるが、そんなことは捨て置くしかなかった。
智輝の死によって真弥が再び悲しみの檻に囚われるかもしれないが、これは繁治にとって真弥が繁治以外の誰かに頼った結果その相手がどうゆう末路を辿るのかという真弥に対する牽制、戒めでもあるのだ。
(誰しも私から逃げることなど出来はしないのだから……、無論真弥も逃がしはしない――)
それは彼にとっての不可侵領域、それについて繁治は一切疑念を抱かなかった。
「……真弥は今、何をしているのかな? …………真弥に会いたい……っ、真弥真弥真弥――真弥が足りないっ」
誰に同意を求めるでもなく繁治は呟く。
誰が見ても繁治の真弥に対する執着は常軌を逸していて狂気を孕んでいた。
しかし、使用人の誰一人としてそんな繁治を咎めようとする者はいない。皆、彼に忠誠を誓った者同士なのだ。主人が地獄に落ちるのならば皆諸共、そんな集まりだった。普段の彼は優しくどこまでも聡明で気高く尊敬できる主様なのだ。
真弥のことさえ関わらなければ――
使用人達皆が真弥の帰りを期待し、繁治の幸せを望んでいた。
恋い焦がれてようやく手に入れた者を奪われてしまった繁治の絶望と苛立ち、憎悪は底知れない闇を作り出してゆく。
真弥が姿を消してから繁治の闇は色濃くなってゆく一方だった。
しかしそんな中、唯一繁治の心を安らがせるアイテムがあった。
「繁治様、体が冷えますでしょう……こちらを」
そういって東谷が差し出したのは一枚の掛布だった。
繁治が積年の思いを遂げたあの日あの時、真弥のベッドに敷かれていたものだ。
「気が利くな……」
繁治は愛おしそうに掛布を抱き締めると顔を押し付けて深呼吸をした。一週間もたつのに真弥の匂いがする……そんな気がしてあの日の彼の乱れようをまぶたの裏に再現し、繁治は少しだけ幸せな気持ちになった。
(ああ、また真弥の中に入りたい……あの蕩けるような熱い中に……そのためにも早く見つけ出さねば…………どんなことをしてでも)
繁治は落ち着きを取り戻すと、掛布を膝にかけ、再び深呼吸をした。
「吉瀬屋 統一郎の方はどうだ、動きはあったか?」
「水無雲 馨と接触し、組に連れ帰ったようです」
「……だろうな。そのまま、つかず離れず監視を続けろ。必ずあのガキと接触を取るはずだ」
(大切に、大切に見守ってきた母子を……その執着を今更切り捨てられる訳がない)
繁治は統一郎と自分を重ね、口端を上げ自嘲的に笑う。
「東谷、私はいつか同属に殺されるのかもしれないね」
東谷は繁治を凝視したが彼の視線は下一点を見つめていた。
「諦めてくれれば一番楽なんだがな。そうもいかないだろうね…………でもそれはこちらも同じこと、大人しく殺されてやるつもりはない。喰うか喰われるか、命懸けさ」
「繁治様……」
「勝つのは私だ」
繁治は視線を上げ、好戦的な目をして言った。
「真弥は私のものだ」
その瞳には十二年前から消えることのない暗い焔が揺らめき続けていた。
館の主である繁治は緊張する使用人達の前で苛立ちを隠さないでいた。
「まだ真弥は見つからないのか……?」
「申し訳ございません。残念ながらまだ確かな情報が入ってこないようです」
真弥が神林の家を出てから一週間がたとうとしていた。
男子高校生二人組の目撃情報などは入ってくるものの、どれも真弥と智輝と断定するには信憑性に欠けるというのが現状だ。
「あのガキのところだ――あのガキのっ!」
真弥を連れ出したのは智輝であると信じて疑わなかった繁治は智輝を見つけたら生かしてはおかないと決めていた。
抵抗しようがしまいが智輝を消すことに心変わりはなく、その命の灯火を消す瞬間を待ちきれない――それが今の繁治の心境だった。
唯一の気がかりは、その時真弥がどんな顔をするのか、ということだった。繁治はそのことを考えるだけで智輝に対する忌々しさが込み上がってくるが、そんなことは捨て置くしかなかった。
智輝の死によって真弥が再び悲しみの檻に囚われるかもしれないが、これは繁治にとって真弥が繁治以外の誰かに頼った結果その相手がどうゆう末路を辿るのかという真弥に対する牽制、戒めでもあるのだ。
(誰しも私から逃げることなど出来はしないのだから……、無論真弥も逃がしはしない――)
それは彼にとっての不可侵領域、それについて繁治は一切疑念を抱かなかった。
「……真弥は今、何をしているのかな? …………真弥に会いたい……っ、真弥真弥真弥――真弥が足りないっ」
誰に同意を求めるでもなく繁治は呟く。
誰が見ても繁治の真弥に対する執着は常軌を逸していて狂気を孕んでいた。
しかし、使用人の誰一人としてそんな繁治を咎めようとする者はいない。皆、彼に忠誠を誓った者同士なのだ。主人が地獄に落ちるのならば皆諸共、そんな集まりだった。普段の彼は優しくどこまでも聡明で気高く尊敬できる主様なのだ。
真弥のことさえ関わらなければ――
使用人達皆が真弥の帰りを期待し、繁治の幸せを望んでいた。
恋い焦がれてようやく手に入れた者を奪われてしまった繁治の絶望と苛立ち、憎悪は底知れない闇を作り出してゆく。
真弥が姿を消してから繁治の闇は色濃くなってゆく一方だった。
しかしそんな中、唯一繁治の心を安らがせるアイテムがあった。
「繁治様、体が冷えますでしょう……こちらを」
そういって東谷が差し出したのは一枚の掛布だった。
繁治が積年の思いを遂げたあの日あの時、真弥のベッドに敷かれていたものだ。
「気が利くな……」
繁治は愛おしそうに掛布を抱き締めると顔を押し付けて深呼吸をした。一週間もたつのに真弥の匂いがする……そんな気がしてあの日の彼の乱れようをまぶたの裏に再現し、繁治は少しだけ幸せな気持ちになった。
(ああ、また真弥の中に入りたい……あの蕩けるような熱い中に……そのためにも早く見つけ出さねば…………どんなことをしてでも)
繁治は落ち着きを取り戻すと、掛布を膝にかけ、再び深呼吸をした。
「吉瀬屋 統一郎の方はどうだ、動きはあったか?」
「水無雲 馨と接触し、組に連れ帰ったようです」
「……だろうな。そのまま、つかず離れず監視を続けろ。必ずあのガキと接触を取るはずだ」
(大切に、大切に見守ってきた母子を……その執着を今更切り捨てられる訳がない)
繁治は統一郎と自分を重ね、口端を上げ自嘲的に笑う。
「東谷、私はいつか同属に殺されるのかもしれないね」
東谷は繁治を凝視したが彼の視線は下一点を見つめていた。
「諦めてくれれば一番楽なんだがな。そうもいかないだろうね…………でもそれはこちらも同じこと、大人しく殺されてやるつもりはない。喰うか喰われるか、命懸けさ」
「繁治様……」
「勝つのは私だ」
繁治は視線を上げ、好戦的な目をして言った。
「真弥は私のものだ」
その瞳には十二年前から消えることのない暗い焔が揺らめき続けていた。
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