王様と籠の鳥

長澤直流

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第6章

選択の儀~第1世代~12

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 1位通過者の異例の行動によってざわつく会場に、血まみれの手がたどり着く。その手がユリア達であることに民衆は気付いたが、さして気に留める様子は無い。通常道理、彼らはその他大勢の戦士として出迎えられる。たとえ彼らが現王の血を継いでいようがいまいが関係ない。なぜならば1位以下の儀式達成者は皆同等に歓迎されるが、それ以上でも以下でもないからだ。民衆は新たな戦士に労いと称賛の歓声を上げるが、自分に関係ない戦士に対してはただそれだけ、……つまりは無関心なのだ。

「やはり、何があるかわからんな……」

 ジョアンナはそう呟いて溜め息を吐いた。
 実力の拮抗した者同士の戦いは、互いに限界を越えようといい刺激になる場合と、足の引っ張り合いになる場合とがある。
 今回は後者なのだろう。

「無様ですね」

 己の力量を知り、打ちひしがれ、彼の御方を諦めてくれたら……そう願い、ジョアンナはユリアのもとへと歩み寄った。
 しかし、息子のユリアの瞳は怒りに燃え、他方を見ていた。
 その先には同じ様に怒りに燃えた瞳でユリアを睨み返すサラの目があった。

「サラに妨害されたのですね?」
「……でも、勝ちました。僕の方が先に――」
「あなたの敗けですよ」

 ユリアは目を見開いてジョアンナを振り返り、動揺した後に彼女を睨みあげた。
「サラが何を目的にあなたを妨害したのかはわかりませんが、あなたはここで1番に上がって来なければならなかった。それを阻止された時点であなたの敗けなのです」
「それは――っ」
「もちろん、彼女も完全勝利とはならなかったようですがね……」
 ジョアンナはサラの瞳の中に諦めと後悔と苛立ち……そして憎しみの情念からくる暗い闇に気付き、視線をユリアに戻した。
「諦めなさい、何はともあれ1位になれなかったあなたに見込みはない」
 続々と他の子供達が試練を乗り越えていくたびに上がる歓声の中、ユリアはジョアンナの言葉に愕然とし、顔を曇らせた。
「嫌だ嫌だ嫌だ、嫌っ――」
「いい加減になさい!」
 声をあらげたジョアンナに民衆の視線が一瞬集まったが、次々と立ち上がる戦士達の誕生に注目が集まり再び会場が湧きだす。

「あなたは1位通過できなかった……、王候補にはなれなかったのです」

 悔しそうに地面を見つめる息子にジョアンナはこめかみを押さえ、溜め息を吐いた。
「……1位通過者おうこうほは今どこに……?」
「あちらに――」
「!――」
 ジョアンナは物見台へと視線を移す。
 ユリアが驚き目を瞬いて物見台を注視すると、1人の少年がジョルジュと共に下りてきて宮殿へと向かって行くところだった。
 周りは儀式の熱気に当てられて気付いていない。

「彼は……本土の者ではありませんね」
「彼の者は領土出身の民のようですが、中々の面構えで並々ならぬ思いがあるのでしょう。見事1番に試練を達成してみせましたよ」
「……物見台には王妃様がいらっしゃるはずなのに王様がそれをお許しになったと?」
「……そうです。少なくとも王様は彼の者の謁見をお許しになられた」
「……」

 ユリアはジョアンナの言葉をにわかには信じられなかった。
「……あなたは負けたのです、自覚なさい」
 ユリアとジョアンナの間に互いに飲み込めない沈黙が流れ双方が睨み合う中、ユリアには別の2つの視線がじりじりと寄せられていた。
 一方は愛を、もう一方は憎しみを、どちらの目も執着の色で真っ黒に染まってしまっている。
「……ざまぁないわね」
 サラはほくそ笑んで言った。
「……」
 ユリアは憎しみを込めてサラを見据える。
 サルメはただ俯き沈黙するのみだ。
 ユリア、サラ、サルメ、3人の複雑な思いが絡み合い、殺気が立ち込める。
「お止めなさい、あなたたち!」
「口出ししないでください、これは兄弟間ぼくたちの問題です」
「そうですわ。……1度どちらが上かはっきりさせた方がいいみたいね」
「……」
 ジョアンナが窘めるも、睨みあう両者……、サルメはただ俯き沈黙していたが、視線だけは2人を捉えていた。
 暫し睨み合っていたユリアとサラが、選択の儀の幕切れの鐘が鳴ると同時に互いに掴みかかり、殴り合おうとした瞬間、その拳の軌道は第三者の手によって阻まれてしまう。
「無関係な者まで巻き込む争いしか出来ないひよっこは家に帰ってさっさと寝たほうがいい」
 そう言って微笑んだのは先程1位通過者を宮殿へ連れて行ったジョルジュだった。
「放せ、ジョルジュ!」
「放しなさい、ジョルジュ!」
 2人はジョルジュの腕を振り払おうとしたがピクリともしない。
「いけません、いけませんよ。既にあなた方は選択の儀を終え、子供を卒業し、1戦士となったのですから……ね。目上の……強者に対するその態度、いくらライアナ様のご子息とはいえあなた方はライアナ様ではないのですから……」
 殺されても文句は言えませんよ……、ジョルジュの笑顔はそう訴えていた。しかし頭に血が上った子供達にはそれを察することは出来ない。
 前王ジョルジュに対してあまりにも無礼な態度をとる2人にジョアンナは最悪の結末を回避しようと子供達に代わって慌てて深々と頭を垂れた。
「申し訳ございません、ジョルジュ様。無知なる未熟者達故、此度は平にご容赦願いたく……」
「母上様!」
 ジョアンナのその姿を見てもなお、非難めいた眼差しをジョルジュに向けるユリア達にジョルジュは溜め息を吐いて2人を解放した。ジョルジュから解放されたユリアとサラは殴り合いこそしないが、いまだ睨みあっている。
 そんな2人を尻目にジョルジュはジョアンナへ憐れみの目を向けて言った。
「ジョアンナ様……、貴女の顔に免じて私の件は不問とします……ただ、それ以外のことはかばいきれませんので……」
「――っ!」
 ジョアンナは奥歯を噛み締めた。不意にそこにいない絶対的王者からの圧を感じた様な気がしたからだ。
(こんなところで目をつけられるわけにはいかないというのにっ!)
 ジョアンナは不手際を起こした子供達を忌々しく思った。
(その血に傲っているのか、危機管理能力が足りていない、死に急ぐつもりか!?)
 当人達が事の重大さに重きを置いてないこと自体大問題だった。
 ジョルジュはライアナが即位するまで王を務めていた男、実質この国の2番目に強い男なのだ。その人物に対する子供達の目に余る態度にジョアンナはめまいを覚えずにはいられない。
 睨み合い続けるユリアとサラ、危ぶむ大人たち、それぞれの思惑が渦巻く中、その空気を切り開くかのように異例の鐘が一際大きく鳴り響いた。
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