王様と籠の鳥

長澤直流

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第6章

選択の儀~第1世代~14

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(鉄臭い……)

 ライアナが崖を下ると、無様な姿になり果てた男児達が一部の荒れ果てた大地を赤黒く染めていた。生き残った幼児達は怯えて蹲っている。
 処理班が現場の惨状に息を呑む中、ジョルジュが崖を駆け下り、ライアナに軽く頭を下げた。
 ライアナはジョルジュの姿を確認すると軽く手を挙げ、ジョルジュに指示を出す。
「全ての遺体を回収、火葬しろ。生き残った者で隷属を望む者は回収して行け」
「はっ! 処理班は予定地に穴を掘った後、遺体を回収し火葬の準備をせよ、火葬後は速やかに埋葬する!」
「「は!」」
 処理班が崖下の端で穴を掘り始めると、ジョルジュは蹲って怯える幼児達に聞こえる様に声を張り上げた。
「生き残りし者共よく聞け、儀式の刻は過ぎた。故にここからは隷属か新天地への旅立ちか……2つの道しか残されておらぬ。隷属を望む者はこちらへ集まるがよい!」
 残っていた幼児達は皆隷属を望む者だった。
 新天地を望む者は既に皆、旅立った後のようだ。
 隷属を望む幼児達の中にはユリア達の争いに巻き込まれて他人の血を浴びた者もおり、軽く衣服を汚している者もいれば、全身を真っ赤に染まらせている者もいた。
 ライアナはその姿を見てかつての自分とシェルミーユの艶かしい姿を思い出し、僅かに顔を緩ませた。
 最愛を思うライアナのその顔は色香を纏い、不運にも垣間見てしまった幼女達の顔を別の意味で赤く色づかせる。
 その様子を見てジョルジュは小さく苦笑した。
(無意識に残酷なことをなさる、自覚がないだけに厄介でございますな)
 ジョルジュはその雰囲気を払拭すべく咳払いをした後、幼児達に告げた。
「隷属を望む者達よ。まずは自分を売る術を学べ、その道は消して楽ではない。死んだ方がましだと思う事が大抵と心得よ。たとえ見初められたとしてもすべては主次第、逆らうことなど許されない。個人の所有物となるのだ、隷属するものに人権など無い。主が死んだらお前達の意義も消える。しかと心に刻み、主のために働き、主のために死ね。この願状がんじょうに署名と血判を押した者は2度と結論を覆すことはできぬ。さあ、覚悟が出来た者から前に進め――」
 隷属を望む幼児達は言葉を失った。彼等の行く道は過酷だ。しかしそれ以外に道はない。何もしなくても……いや、何もしないことを選択したが故に彼等には隷属の道しか残されていないのだ。
 彼等がこの儀式で唯一その身を隷属の身に落とさずにあれる方法、それは同世代に見初められての担がれ婚、言わば玉の輿だった。
 ここで取り残されているという事は、それが叶わなかったという事だ。
 だがしかし、この後奴隷選別にかけられる彼等ではあるが、悪い事ばかりとは限らない。
 命懸けで選択の儀に参加する彼等の身分は分け隔て無く1度リセットされるため、参加者の所有者は1度所有権を失うこととなる。故に参加者の所有者は、もしその者に思い入れがある様であれば、必然と再度所有権を獲得せねばならない。だがたとえ元所有者が再度求めたとしても、自分より地位の高い戦士にその参加者が見初められてしまえば、身分の低い戦士は通常従わざるを得ないため、隷属の身分は変わらずとも結果として参加者の生活水準が向上する可能性はあった。
 その最たるところは言うまでも無く現王であるライアナだ。
 ただ、自分の立場をさらに悪くすることもある。
 元所有者よりも身分の低い戦士に選抜された場合や、奴隷選抜で売れ残り、さらに元所有者も所有権を主張しなかった場合だ。
 前者は基本生活水準が低下するだけだが、後者は後ろ盾の無い弱者としてその身分は地に落ちることとなる。最悪、空が白む頃には骸化していることもあり得ない事では無い。
 己が生涯の良し悪しを他者に委ねる、それが隷属を望んだ者達の生き方、さだめなのだ。

「王様、私をご所望いただけませんか!」

 1人の幼女が手を挙げて前に出て言った。
 現王であるライアナに見初められ、その寵愛を受ければ一気に民をひれ伏させることも可能となる地位を手に入れることとなる。たとえ幼女と言えど女は女、彼女はライアナとは年が離れているが、強い男は幾つであろうと魅力的に映る。ましてやライアナは老若男女を狂わすほどの男らしい美貌の持ち主でもある、そのカリスマ性に中てられた彼女の目に映る彼は恐怖よりも神々しく輝いて見えた。
「私、今はまだ凹凸の無い体ではございますが、いずれあなた様を魅了できる体つきになります、ですから私を――」
 よほど自信があるのだろうか、幼女はライアナを見つめ続けている。
 ライアナは無表情にその幼女を見やった。
 確かにその幼女は他の者と比べれば器量はいい方ではあった……だがしかし、所詮それだけだ。
 ジョルジュは内心舌打ちをし、溜め息を吐いて言った。
「陛下がお前に魅了させられると本気で思っているのか?」
「させて見せます!」
 その幼女は瞳を輝かせて言った。
 現王が王妃を担いで登った前列があるため、その幼女は自分も見初められれば――という希望を抱いたのであろう。
 見初めた相手がいるにもかかわらず現王が複数の側室をかかえている現状も、その幼女にそう思い込ませた要因の1つであったに違いない。
 実際はその血を残すために無理に拵えた側室達だったが、実情を知らない底辺からすれば各地から側室を迎える現王は無類の女好きに映ってしまっていてもやむを得ないことなのかもしれない。

 だが、ライアナにとってそんなことは言い訳にはならない。

 ライアナは幼女の自信有り気な瞳に無関心な瞳を返し、口を開いた。
「俺は崖を上ろうともせず、かといって新しき地に旅立つこともせず、自ら隷属の道を選び、他人に寄生するしか能の無い奴に魅力など感じないが――」
 そして少し……眉をひそめ、続けて言った。

「そんな風に思われていたなど実に不愉快だ」

 その瞬間、その幼女に王に対する不敬罪が成立。
 ジョルジュが軽く片手を挙げると、待機していた処理班の1人が深く掘られた穴と新天地へと続く道の間へ幼女を連れて行く。
「選択せよ」
 ジョルジュの無機質な声が幼女に決断を促す。
 ほうけ、されるがままになっていた幼女は、そこでようやく自分の置かれている状況を把握し震えだした。
 今さら過ちに気付いたところで彼女にはもうこの国に残るという選択肢は存在しない。
 幼女は覚束無い足取りで、深い穴の縁へと向かわざるを得なかった。
 新天地などへ向かって苦しみを長引かせるより、今この瞬間、一時の苦を選択したのだ。
 幼女は縁へたどり着くと深く息を吸い、処理班の方へと顔を向け、震える手を胸の前で組んで落ち着かせると、目をつむり顎をつきあげた。
 それはまさに首を差し出す姿であった。
 幼女が死を選択すると処理班の剣が風を切り、光を失った双眸が髪をなびかせて空を舞った。
 魂を失った胴体がそれを追うように力なく深い穴へと落ちてゆく。
 その全貌を見て明日は我が身と体を強張らせると同時に、残酷ながらどこか幻想的なその様に目を逸らすことが出来ずにいる幼児達の注意を誘導するため、ジョルジュは手を鳴らし、視線が集まるのを確認して言った。
「残りの者達はどうする?」
 ジョルジュがそう促すと幼児達はおずおずと動き出した。
 全ての血判作業が終わり、漏れがないことを確認すると、ジョルジュは再び口を開いた。
「己の身の上を悲観するくらいなら、己の非力を嘆け。成り上がりたくば足掻いて見せよ、自ずと道は開けるだろう」


 この国で弱者は底辺だ。
 しかし、一度底辺に落ちても己の力で成り上がることは出来る。
 むろん容易い事では無い。
 主人より強くなるか、功績を上げ褒美として王に願い出るか……の2択に概ね絞られるが不可能ではないのだ。
 前者はもちろんのこと後者は王に願い出るため、王国最強の後ろ楯のもとその願いは叶えられる。もちろんその奴隷の主が拒否すれば、後ろ楯となる王と奴隷の主との一騎討ちが認められるが、よほどの事がない限り王を相手に否を唱える者はいない。
 だが、己に見切りをつけて隷属を望む幼児達にはそんな覇気など無く、大概の者は強者の前に頭を垂れ、2度と空を仰ぐ事無くその生涯を終える。

 戦士の素質を持つ者の中にはあっさりと通り過ぎる者もいるが、本来選択の儀とはそう易々と越えられる試練ではないのだ。
 



 処理班が諸々の作業を終えてジョルジュの許に駆け寄り、各々の被害状況等を告げる。
 ジョルジュは全ての報告を受けると、ライアナへ駆け寄り、一礼した。
「陛下、準備が整いました」
 ライアナが手を挙げると処理班のたいまつに火が点され、そのまま前方に手を振るとたいまつは深く掘られた穴の中へと一斉に投げ込まれた。
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