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◆拾陸
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天蓋城では、突然の総満の乱心に城内は騒然としていた。
「御前様! お考え直しを!」
「ええい! うるさい!」
「どうか、どうかっ!」
「事と次第では、槍の餌食にしてくれるわ!」
「御前様!」
早菜姫もとい美慶に間者をつけて様子を見ていた総満が間者の報告を聞いて激怒し、家宝の槍を持ち出したと聞いて、家臣たちは慌てて総満を止めに入った。
――早菜姫様は何やらむねちかと申す男の名を呼びながらすすり泣いておられます――
普段物に頓着の無い総満は人に対しても然程執着を待たず、相手に思い人がいるくらいでは腹を立てたりはしない。むしろそんな事情がある者等率先して送り帰していた。それが何故か此度は妙に引っかかり、腹を立てたため、家臣たちは驚きを隠せなかった。
(里に男がいたのか! だからあんなに帰りたいと!)
総満自身も何故こんなに腹が立つのか解らず、心が乱れる。
「御前様っ!」
家臣が総満を止めようと苦心していると、当事者である美慶が部屋から出てきた。
「騒がしいですね。そのような物騒なものを振りかざして如何なされましたか?」
美慶は間者が言っていたことがまるで嘘であるかのように毅然とした態度で総満に相対した。
総満は美慶の淡々とした姿勢に乱れた心が落ち着いてゆくのを感じたが、赤くなった美慶の目元は誤魔化せるものではなく、苦々しく眉を顰めた。
「早菜姫、余に何か隠していることはないか?」
「……と、おっしゃいますと?」
「其方、里に情人がいるのではないか?」
そう睨み付ける総満に美慶は笑顔で答える。
「いいえ、そのような覚えはございませぬ」
「では何故、里に執着する」
「私はまだ子供でございますれば……、里は恋しいものでございましょう?」
「ふん、余には解せぬな。…………むねちかとは誰のことじゃ?」
「……親でございます」
「親? ますます解せぬ」
総満はその名が早菜姫の親の名と同名であることには気付いていたが、子が私生活において親を名で呼ぶ道理が解らなかった。
「私には母がおりません故に、父寄りの子になってしまったのです」
「…………余は其方を気に入った。故に正室として娶る、これは決定事項だ。其方を里には帰さない」
「……私を正室になど、もったいのうございます。どうか他の相応しき御方へ――」
「決定事項だと申したであろう」
「私は、訳あって子を宿せぬ身なのでございます。故に――」
「それは残念じゃな、だが子などどうとでもなる。余は其方を選んだのじゃ」
「……後悔なさいますよ」
「余は未だかつて己の行いに後悔したことなどない」
「……しかし――」
「たとえ何があろうと、其方が余の許に留まる限り里は極の保護下に置かれ、飢えることはないと約束しよう」
「何があろうと……でございまするか?」
「何があろうとじゃ」
「天地神明に誓って頂けまするか?」
「無論じゃ。余が生きている間という条件の下だがな」
総満はまだ若い、彼の治世は暫く続くだろう。宗近の歳を考えたら安寧な余生を余裕で過ごすことが出来るだろうことは考えに容易い。
(宗近様の事を考えれば……その方が良いのだろうか……?)
極国は大国だ。その保護下に置かれるという事は絶対的な安定を約束されるという事だ。
「………………あ……りがたき幸せ……」
美慶は手の甲が白くなるほど力を入れて拳を作り、宗近の国を思い、そして己の意に反した言葉を紡いだ。
「で、あろうな」
総満はそう言って口端を綺麗に上げる。
美慶はその顔を恨めしく睨んだが、伝令が総満に告げた言葉に一気に血の気を引かせた。
「御前様っ、坂口豊稔守がおこしになり、早菜姫様にお目通り願いたいと申しておりますが、如何なさいますか」
目をかっぴらく美慶を見た総満は口端を歪ませて言った。
「ちょうど良い。今までのご恩に対する感謝を伝え、袂を分かて」
「……しかし――」
美慶は酷く狼狽し冷や汗をたらす。総満はその姿を愉快そうに眺めると笑顔で言の葉の刃を振り下ろす。
「まさか出来ぬとは申さぬよな。親離れ……巣立ちの時だ」
「…………畏まりました」
美慶は斬首刑を宣告されたかのような面持ちで宗近の許へと足を向かわせた。
「御前様! お考え直しを!」
「ええい! うるさい!」
「どうか、どうかっ!」
「事と次第では、槍の餌食にしてくれるわ!」
「御前様!」
早菜姫もとい美慶に間者をつけて様子を見ていた総満が間者の報告を聞いて激怒し、家宝の槍を持ち出したと聞いて、家臣たちは慌てて総満を止めに入った。
――早菜姫様は何やらむねちかと申す男の名を呼びながらすすり泣いておられます――
普段物に頓着の無い総満は人に対しても然程執着を待たず、相手に思い人がいるくらいでは腹を立てたりはしない。むしろそんな事情がある者等率先して送り帰していた。それが何故か此度は妙に引っかかり、腹を立てたため、家臣たちは驚きを隠せなかった。
(里に男がいたのか! だからあんなに帰りたいと!)
総満自身も何故こんなに腹が立つのか解らず、心が乱れる。
「御前様っ!」
家臣が総満を止めようと苦心していると、当事者である美慶が部屋から出てきた。
「騒がしいですね。そのような物騒なものを振りかざして如何なされましたか?」
美慶は間者が言っていたことがまるで嘘であるかのように毅然とした態度で総満に相対した。
総満は美慶の淡々とした姿勢に乱れた心が落ち着いてゆくのを感じたが、赤くなった美慶の目元は誤魔化せるものではなく、苦々しく眉を顰めた。
「早菜姫、余に何か隠していることはないか?」
「……と、おっしゃいますと?」
「其方、里に情人がいるのではないか?」
そう睨み付ける総満に美慶は笑顔で答える。
「いいえ、そのような覚えはございませぬ」
「では何故、里に執着する」
「私はまだ子供でございますれば……、里は恋しいものでございましょう?」
「ふん、余には解せぬな。…………むねちかとは誰のことじゃ?」
「……親でございます」
「親? ますます解せぬ」
総満はその名が早菜姫の親の名と同名であることには気付いていたが、子が私生活において親を名で呼ぶ道理が解らなかった。
「私には母がおりません故に、父寄りの子になってしまったのです」
「…………余は其方を気に入った。故に正室として娶る、これは決定事項だ。其方を里には帰さない」
「……私を正室になど、もったいのうございます。どうか他の相応しき御方へ――」
「決定事項だと申したであろう」
「私は、訳あって子を宿せぬ身なのでございます。故に――」
「それは残念じゃな、だが子などどうとでもなる。余は其方を選んだのじゃ」
「……後悔なさいますよ」
「余は未だかつて己の行いに後悔したことなどない」
「……しかし――」
「たとえ何があろうと、其方が余の許に留まる限り里は極の保護下に置かれ、飢えることはないと約束しよう」
「何があろうと……でございまするか?」
「何があろうとじゃ」
「天地神明に誓って頂けまするか?」
「無論じゃ。余が生きている間という条件の下だがな」
総満はまだ若い、彼の治世は暫く続くだろう。宗近の歳を考えたら安寧な余生を余裕で過ごすことが出来るだろうことは考えに容易い。
(宗近様の事を考えれば……その方が良いのだろうか……?)
極国は大国だ。その保護下に置かれるという事は絶対的な安定を約束されるという事だ。
「………………あ……りがたき幸せ……」
美慶は手の甲が白くなるほど力を入れて拳を作り、宗近の国を思い、そして己の意に反した言葉を紡いだ。
「で、あろうな」
総満はそう言って口端を綺麗に上げる。
美慶はその顔を恨めしく睨んだが、伝令が総満に告げた言葉に一気に血の気を引かせた。
「御前様っ、坂口豊稔守がおこしになり、早菜姫様にお目通り願いたいと申しておりますが、如何なさいますか」
目をかっぴらく美慶を見た総満は口端を歪ませて言った。
「ちょうど良い。今までのご恩に対する感謝を伝え、袂を分かて」
「……しかし――」
美慶は酷く狼狽し冷や汗をたらす。総満はその姿を愉快そうに眺めると笑顔で言の葉の刃を振り下ろす。
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